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「はやぶさ」が流れ星となった瞬間 国立天文台「はやぶさ」大気圏再突入観測隊メンバー渡部潤一

オーストラリアで見た感動的な光景

Q. 「はやぶさ」大気圏再突入観測隊とは何ですか?なぜ「はやぶさ」の帰還をご覧になりたいと思ったのでしょうか?

流星となった「はやぶさ」(提供:KAGAYA)流星となった「はやぶさ」(提供:KAGAYA)

「はやぶさ」大気圏再突入観測隊は、小惑星探査機「はやぶさ」の大気圏再突入をオーストラリアで観測するために、国立天文台の有志を中心に編成されました。観測隊メンバーは7名で、プロの写真家の方もいます。
「はやぶさ」の帰還を観測したいと思った理由は、私たち、国立天文台が地上から観測している流れ星の研究につながるからです。流れ星とは、宇宙空間にあるチリの粒が地球の大気に飛び込んできて、大気の空力加熱で高温になり発光する自然現象です。しかし、落ちてくるチリの成分は詳しく分からないため、どんな物質がどのくらいの明るさで光っているのかは想像するしかありません。一方「はやぶさ」は、カプセルも含めて、探査機の材質と質量が分かっています。「はやぶさ」が地球の大気圏に突入して、どのように発光するのかを観測すれば、流れ星の謎を解くカギになると思いました。つまり、「はやぶさ」は「人工流星」なんです。せっかく日本の探査機が人工流星になるのですから、このチャンスを逃すわけにはいきません。ぜひこの目で見てみたい!と思い、観測隊を組織しました。

Q. 2010年6月13日、「はやぶさ」のカプセルが大気圏に再突入する様子を教えてください。また、実際に帰還をご覧になった感想はいかがでしたか?

「はやぶさ」の最後の姿。火球の左下に見える点はカプセル(提供:飯島裕)「はやぶさ」の最後の姿。火球の左下に見える点はカプセル(提供:飯島裕)

私たちは、「はやぶさ」のカプセルが着地する砂漠の近く、オーストラリア中南部のクーバーペディ郊外で「はやぶさ」の帰還を待ちました。そして私は、公式発表されたスケジュールをもとに、「現在、何時何分何秒。大気圏再突入まであと何分」といったカウントダウン情報をアナウンスしていました。「はやぶさ」を待つみんなの気持ちはひとつだったと思います。
「はやぶさ」は、日本時間の19時51分にカプセルを分離し、その3時間後に、カプセルとともに大気圏に再突入する予定でした。刻一刻と近づきつつあるその瞬間を待ちわびていると、ほぼ予定どおりの時刻に、西の空から光の点が見え始めたのです。「はやぶさ」に違いありません。私の目はその光に釘付けになりました。流星のごとく尾を引いた光は、どんどん明るくなって周囲の雲を明るく照らし、天の川を横切っていきます。先行していた小さな点がカプセルで、探査機本体は明るく光りながら、その後を追いかけるように動いていきました。その後、カプセルの後ろにいた本体は、大気圏再突入に耐えられず、バラバラになって燃え尽きました。一方、カプセルと思われる光は、夜空に消えていきました。光が見えてから消えるまでの間は、40秒ほどの短い時間でしたが、めったに見ることができない光景を目の当たりにすることができ、とても興奮しました。
当日の天気は大変よく、人工流星、「はやぶさ」の画像だけでなく、データもきちんと取れました。これは、本当にラッキーだったと思います。オーストラリアまで行ってよかったと心からそう思いました。また、JAXAが発表した情報をもとに、どちらの方向から「はやぶさ」が来るというのを予測していましたが、ほぼ予測どおりの場所に光が現れましたので、探査機の軌道制御の技術はすごいと改めて感心しました。7年間の長い旅路を終えた「はやぶさ」の最後の日に立ち会うことができたのは、とても素晴らしい経験だったと思います。

興味の種をまき、自信を育てた「はやぶさ」

Q. 先生は天文学の広報にも貢献されています。「はやぶさ」が一般の方をここまで引きつけた理由は何だと思われますか?

小惑星探査機「はやぶさ」(提供:池下章裕)小惑星探査機「はやぶさ」(提供:池下章裕)

実は、よく分からないというのが正直なところです。過去に、機器のトラブルにみまわれた「アポロ13号」が無事に帰還して世界中が感動したという例はありますが、これは人の命にかかわる有人ミッションなので、不思議ではありません。しかし、「はやぶさ」は無人の探査機です。今回、「はやぶさ」を擬人化して応援していらっしゃる方がたくさんいましたが、皆さんが、探査機にこれほど思い入れを持つことに大変驚きました。おそらく、「はやぶさ」が満身創痍の状態で飛行を続け、どんな危機をも乗り越え、起死回生でよみがえってきたところに、日本人のメンタリティーがうまく合ったのではないかと思います。
ニュースで「はやぶさ」のことを知って、応援しようと思ってくれた方がたくさんいましたが、これは、作為的にやろうとしてもできることではありません。誰かにけしかけられたわけでなく、「はやぶさ」の魅力が人々の心を引きつけ、ブームをつくったのです。そして、プラネタリウムや映像業界の方たちがその波にうまく乗って、「はやぶさ」の番組を作ったことが、相乗効果としてかなり効いているのではないでしょうか。
では、1998年に打ち上げられた日本で初めての火星探査機「のぞみ」のときに、盛り上がらなかったのはなぜでしょうか?「のぞみ」は途中でトラブルを起こしても、火星の近くまで行くことができました。しかし、火星の周回軌道に投入することができず、ミッションは失敗に終わってしまいました。この時に、「のぞみ」に関心を持ってもらえなかったのが不思議です。それはきっと、「はやぶさ」が持つ、地球に帰ってくるという特殊性が大きく影響しているのだと思います。

Q. 「はやぶさ」人気をどのような分野にどう活かしていけばよいと思われますか?

チリに建設中のアルマ望遠鏡(提供:国立天文台)チリに建設中のアルマ望遠鏡(提供:国立天文台)

今回の「はやぶさ」の活躍によって、日本の子どもたちは、惑星探査などの日本の宇宙の技術に自信を持ったと思います。例えば、皆さんは、オリンピックで日本人の選手がメダルを取ると誇りに思うと思いますが、同じように、「はやぶさ」によって、子どもたちは、日本の科学や技術に感動し、それを誇りに思いました。「日本ってすごい!」と感じたと思います。そのように思えると、次は、「今度は自分たちがやってやろうじゃないか」という気持ちになると思うんですね。このような気持ちを育て、子どもたちに「何か」に興味を持ってもらうことが、一番大きな活かし方だと思います。
日本の未来を担う子どもたちを育てることは重要課題です。しかし、現代のようにネットワークが網羅され、社会のシステムが安定化すると、人までもが安定化を求めるようになり、決められた道だけを進めばよいと思う子どもが増える可能性があります。すると、クリエイティブな仕事をしたいと思う人が減ってしまいます。それを防ぐためにも、教育をおろそかにしてはいけませんし、子どもが自信を持てるような施策を打ち立てていくことが大切だと思います。子どもたちに、「自分たちもやってみたい」「自分たちにもできるかもしれない」という関心を持ってもらえれば、必ず次につながっていくと思います。そういう意味で、「はやぶさ」はとても効果的だったと思いますので、この感動が冷めないうちに、次のスターを作っていきたいですね。
例えば、国立天文台には「すばる望遠鏡」や「アルマ望遠鏡」というスターがいます。私たちは、自分たちの施設を一般公開するほか、観望会の実施や、4次元シアターの公開、夏休みにはジュニア天文教室を開くなど、さまざまな広報活動を行っています。そういった機会に、すばる望遠鏡などスターの話をするわけですが、面白さや楽しさ、謎を前面に出すよう心がけています。特に、「分かっていないこと」をはっきり言うよう気をつけています。「これが分かりました」と成果を一方的に伝えるだけでは、それを聞いた人は、「もう分かっちゃったんだから、他にやることはない」と思ってしまいます。分かっていないことがあるから、自分でも調べてみようと思うわけですからね。このように、科学にしろ医学にしろ、いろいろな分野にスターがたくさんいると思いますので、それらを利用すれば、子どもの理科離れの解消にも役立つと思います。とにかく、皆さんが驚いたり、興味を持ったりしてくれることが第一だと思っています。

  
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