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スペースシャトルと日本の有人宇宙活動の歩み 日本人宇宙飛行士のリーダーシップに期待 JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部グループ長 山口孝夫

スペースシャトルのミッションで大きく成長

シャトル引退は新技術を学ぶチャンスとなる

世界に信頼されるコマンダーを育てたい

さらに拡がる日本人宇宙飛行士の活躍の場

スペースシャトルのミッションで大きく成長

Q. 現在どのような仕事をされているのでしょうか?

ロシアで訓練を行う古川宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA/Victor Zelentsov)
ロシアで訓練を行う古川宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA/Victor Zelentsov)
「きぼう」運用管制室
「きぼう」運用管制室
スペースシャトル飛行再開ミッション(STS-114)での野口宇宙飛行士(提供:NASA)
スペースシャトル飛行再開ミッション(STS-114)での野口宇宙飛行士(提供:NASA)

宇宙飛行士の訓練と支援のほか、宇宙服の研究を行っています。宇宙飛行士の訓練はアメリカやロシアなど海外で行われることが多いため、国際調整をしながら、宇宙飛行士ごとの訓練メニューやスケジュールを考えます。宇宙飛行士の支援は、彼らが安心して宇宙に滞在できるようにするのが目的です。例えば、宇宙飛行士から技術的な情報がほしいと要望があれば、必要な情報を提供します。また、地上で留守をあずかる家族に宇宙飛行士の様子を伝えるなど、家族が心配しないよう心理面での支援を行います。

Q. スペースシャトルのミッションで日本が学んだことは何だと思いますか?

スペースシャトルのミッションを通して、有人宇宙船の運用と安全確保、宇宙飛行士の訓練方法、宇宙実験のやり方、国際調整の進め方など、多くの知識と技術を得ることができました。特に、有人宇宙船と宇宙飛行士を安全に打ち上げて帰還させるという、安全確保の手段とその審査方法について学んだことは、日本のこれからの有人宇宙活動にも大きく貢献すると思います。そして何より、「きぼう」の運用に従事する職員やエンジニアの知識や技術が向上し、優秀な人材がたくさん育ったことも大きな財産になったと思います。

Q. 日本の宇宙飛行士はシャトルミッションを通じてどう成長したと思いますか?

1992年〜2010年の間に、7人の日本人宇宙飛行士が、延べ13回、スペースシャトルに搭乗しました。それぞれのフライトにおいて、日本人宇宙飛行士は優れた能力を発揮してミッションの達成にも大きく貢献したと思います。海外の宇宙飛行士と比べても、技量や能力にほとんど差がないほどに成長したと思います。特に、日本人の手先の器用さ、チーム行動能力の高さ、ミッション遂行能力と責任感は海外からも評価されています。
例えば、日本人のロボティクス操作の技量はトップクラスで、若田宇宙飛行士はNASAでロボットアーム操作の教官となり、NASA をはじめ各国の宇宙飛行士の訓練を担当するまでになりました。また、野口宇宙飛行士は技術的に優れているというのは分かっていましたが、性格が明るいので、コロンビア事故後の飛行再開ミッションに搭乗した時はムードメーカーになり、「皆をなごませてくれる。そういった部分も素晴らしいね」という人間的な面でも高い評価を得ました。
やはり、地上での訓練だけでなく、スペースシャトルに搭乗して実際に宇宙へ行き、帰還することによって、宇宙飛行士は技術的にも精神的にも一皮も二皮もむけて成長します。また、スペースシャトルでの経験を重ねることによって、最初のうちは自分の仕事で精一杯だったのに、次第に、クルーの中でいかに貢献するべきか、自分が宇宙へ行くことでその成果を社会生活にどう生かせるのかを考えて飛行するようになります。そういう意味で、宇宙飛行士の視野も広がったと思います。

シャトル引退は新技術を学ぶチャンスとなる

Q. シャトルミッションで特に印象に残っているミッションは何でしょうか?

帰還した直後のスペースシャトル「ディスカバリー号」(STS-114)(提供:NASA)
帰還した直後のスペースシャトル「ディスカバリー号」(STS-114)(提供:NASA)
STS-114の打ち上げ。この後にスペースシャトルの外部燃料タンクの断熱材が剥離した(提供:NASA)
STS-114の打ち上げ。この後にスペースシャトルの外部燃料タンクの断熱材が剥離した(提供:NASA)

一番印象に残っているのは、2005年7月の野口宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトルの飛行再開ミッションです。コロンビア事故の後、約2年半ぶりの打ち上げということだけでなく、私が今の部署に移って初めて担当したミッションでしたので、大変緊張したのを覚えています。
当時、野口宇宙飛行士は絶対に飛ぶという確固たる意思を持っていましたので、私たちも飛ばせたいと思っていました。でも自分たちの目でスペースシャトルの安全を確認するまでは飛ばすわけにはいきません。ですからJAXA内で検討チームを立ち上げ、NASAの再発防止策を1点、1点確認し、時にはNASAの現場に行って確かめました。それで大丈夫だという判断となったので、JAXAは野口宇宙飛行士のスペースシャトル搭乗を決心したのです。
でも、やはり打ち上げの時はドキドキしましたし、帰還するまでは安心できませんでしたね。しかも、このSTS-114ミッションでは、打ち上げ後に外部燃料タンクから断熱材の一部が剥離(はくり)したり、スペースシャトルの耐熱タイルが一部損傷したりしました。ミッションは問題なく最後まで行われたのですが、その報告を聞いた時は緊張が一気に高まりました。地球に帰還するまでは、いつ何があっても対応できるようにずっと身構えていたという感じでしたね。

Q. スペースシャトルの事故で得た教訓は何でしたか?

有人宇宙飛行にはリスクがあるというのは分かっていましたが、何か1つ見逃すことによって大事故につながるというのを改めて実感しました。事故の後は、JAXA内部でも、これまで以上に徹底的に飛行前の準備を行っています。あらゆる不具合を想定し、それについてどう対応するかの手順を皆で話し合い、その手順を訓練でシミュレーションして確認する。というような危機への備えを万全にしているのです。
また、コロンビア号の事故をきっかけに、私たちは家族の支援について見直しました。ミッションで何か起きた場合には隠さず、正直にすべて話すように心がけました。ですからSTS-114ミッションの打ち上げ後に断熱材が剥離した時も、電話ではなく直接家族と会って、家族が理解するまできちんと説明しました。やはり一番怖いのは「隠す」ことだと思いますし、きちんと話すことで家族も私たちを信頼してくれます。しかし、家族から質問をされて生半可な返事をしたら不安にさせてしまうため、何を聞かれても答えられるよう、私たちにも勉強が必要でした。家族支援のあり方を変えたのも、事故から得た1つの教訓だと思います。

Q. スペースシャトルの引退が、日本の有人宇宙活動にどのような影響を与えると思いますか?

古川宇宙飛行士らが搭乗するソユーズTMA-02M宇宙船
古川宇宙飛行士らが搭乗するソユーズTMA-02M宇宙船(提供:JAXA/NASA)

宇宙飛行の機会が少なくなることが一番大きな影響です。でもこれからの宇宙飛行士はロシアのソユーズ宇宙船に搭乗しますので、アメリカだけでなく、次はロシアの有人宇宙技術を学べる良い機会になると思います。ソユーズ宇宙船は翼のあるスペースシャトルと異なり、カプセル型の宇宙船です。ソユーズ宇宙船の訓練やフライトを通して、カプセル型の有人宇宙船の技術を蓄積したいと考えています。また、日本人が国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する機会を最大限に利用し、顕著な成果を出す必要があるとも考えています。

  
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