「あかり」の場合、打ち上げ時には望遠鏡に蓋がついています。これを軌道上で開けなければなりませんが、この望遠鏡の蓋を開けるという作業は、後戻りがきかない作業です。とても緊張しました。
「あかり」の望遠鏡は、赤外線を感知するためにとても冷たくしておかないといけません。絶対温度で6K(ケルビン)、摂氏でいうとマイナス265度ぐらいまで冷却されています。それを維持するのが大変です。蓋を開ける前であれば、望遠鏡は蓋で守られていますから、太陽や地球の方向を向いても大丈夫です。しかし、一旦蓋を開けてしまうと、望遠鏡はむき出しになりますから、一瞬たりとも明るいもの、熱いものを見ることができません。太陽を見ることは、もちろん論外。地球も赤外線で見ると大変に明るく、大きな熱源ですから、望遠鏡を向けることは一切許されません。一方、蓋といえども30kgの重さがありましたので、それを吹き飛ばすとその反作用により衛星自身も向きを変えてしまいます。それでも、蓋が開いたときに太陽の方を向かないよう、反動をあらかじめ計算して、衛星の姿勢を制御しなければなりませんでした。
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製作中の赤外線天文衛星「あかり」。上部に望遠鏡の蓋がある |
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「あかり」の運用室 |
蓋を開けないかぎり天体は観測できませんから、天文学者としては、一日も早く蓋を開けて観測を開始したいと思っていました。当初は2006年2月22日の打ち上げから2週間後に蓋を開ける予定でした。ところが、衛星の姿勢を決めるセンサーの一種である太陽センサー軌道上では使えなくなってしまっていることが分かりました。そこで、急遽、そのセンサーを使わなくても姿勢を制御できるよう、衛星に搭載されたソフトウェアを書き換えました。観測者としては一刻も早く蓋を開けて観測を始めたいと思っていましたが、先にお話しましたように、一旦蓋を開けると二度と後戻りができませんから、慎重に動作確認試験を行い、新しいソフトウェアが大丈夫であるという自信を得てから、蓋を開けました。それは打ち上げから約2ヶ月が経過した4月13日のことでした。月並みな言い方ですが、無事に蓋が開いた時は、本当に心からほっとしました。
このように、打ち上げ直後にはひと時も気が休まることがありませんでしたが、蓋開けの後は、極めて順調に観測を続けています。
「あかり」の運用室は相模原キャンパスの衛星運用棟にあります。ただし、相模原で「あかり」のデータを受信しているわけではありません。衛星からのデータは相模原ではなく、鹿児島県の内之浦をはじめとして、世界中のアンテナで受信しています。打ち上げ直後の初期では、オーストラリア、チリ、スペイン、ノルウェイ、スウェーデンのアンテナを使っていましたが、今は内之浦とスウェーデンのアンテナが主体です。相模原には「あかり」のデータを受信できるアンテナはありませんが、世界中のアンテナとつながって「あかり」を運用しているわけです。
特に内之浦局では、「あかり」からのデータを受信するのみならず、「あかり」にコマンドを送りますので、実時間での運用となります。「あかり」は地球上の昼夜境界線に相当する領域の上空を飛んでいます。したがって、内之浦が「あかり」と交信ができる時間は、朝と夕方の2回あります。夕方はまだしも、朝の交信は5時ごろから始まることもあります。ですから、当番制で、朝4時すぎに起きて運用室に来ます。私も、今朝は朝の当番をつとめました。早起きが辛い時もありますが、「あかり」の元気な姿(=正常なデータ)を目にすると、ほっとします。
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