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次期X線天文衛星ASTRO-H 宇宙の謎への挑戦 宇宙の進化解明の鍵となる銀河団に迫る 東邦大学理学部物理学科 准教授 北山哲

誕生直後の宇宙は超高温の世界

銀河団の質量のほとんどを占める暗黒物質

X線で銀河団の形成を明らかに

宇宙の新しい姿を見てみたい

新しい観測方法に果敢に挑戦した「あすか」

天文学とは究極の探究である

誕生直後の宇宙は超高温の世界

Q. 先生が専門とされている研究は何でしょうか?

私の専門は「観測的宇宙論」です。宇宙論は、宇宙がどのようにして始まり、現在に至るまでどのように変化してきたのか、今後どうなるのかを研究する学問ですが、その中で特に観測によって実証できるテーマについて研究するのが観測的宇宙論です。主な観測手段は、可視光や電波、X線などの電磁波(広い意味での光)で、宇宙空間に存在するさまざまな天体や物質などを調べます。
宇宙空間を電磁波が伝わるのには時間がかかるため、遠い宇宙を見ることは、それだけ昔の宇宙を見ることになります。宇宙の誕生は約140億年前だといわれていますが、電磁波では誕生直後の宇宙を直接見ることはできません。最も遠くを見られるマイクロ波でも、誕生から38万年後の宇宙までが限界です。それよりも早い時期は、宇宙の密度と温度が非常に高いため、電磁波が通りません。ですからそれ以前の宇宙については、現状ではさまざまな理論を組み合わせて推測するしかありません(将来は、重力波やニュートリノなどによって観測できる可能性があります)。
つまり私の専門は、誕生後38万年以上経った宇宙の進化を、観測データに基づいて研究することで、特に銀河や銀河団の形成に関心を持っています。

Q. 宇宙はどのように始まって、どう成長していったと考えられているのでしょうか?

マイクロ波観測衛星WMAPが観測した、初期宇宙の密度のゆらぎを反映した全天の温度分布。赤がわずかに高温な領域で、青がわずかに低温な領域。(提供:NASA/WMAP Science Team)
マイクロ波観測衛星WMAPが観測した、初期宇宙の密度のゆらぎを反映した全天の温度分布。赤がわずかに高温な領域で、青がわずかに低温な領域。(提供:NASA/WMAP Science Team)
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宇宙はものすごく高温で高密度の状態、いわゆるビッグバンで始まりました。そこから膨張して、物質がどんどん冷えていき、その過程でいろいろな天体が生まれ、私たち生命も誕生したと考えられています。
天体ができたのは、宇宙の物質の密度にわずかな「むら」、つまり陽子や電子など粒子の分布に「むら」があったからです。これを「密度ゆらぎ」と呼びます。密度が高い領域はその分だけ重力が強くなりますので、周囲の物質をどんどん引き集めます。物質が集まるとその部分の密度が高くなり、さらに重力が強くなって多くの物質を集めるというように、最初は小さな塊だったのが段々大きくなり、そこから銀河や銀河団が誕生したというわけです。実際に、マイクロ波による観測からは、誕生から38万年後の宇宙にわずかな密度ゆらぎが確かに存在していたことが見つかっています。
しかしこのような大まかなシナリオは描けているものの、観測される星や銀河、銀河団のさまざまな性質には、まだよく分かっていない点もたくさん残されています。また、直接観測することができない宇宙のごく初期の時代も、多くの謎に包まれています。

銀河団の質量のほとんどを占める暗黒物質

Q. そもそも銀河団とはどんな天体なのでしょうか?

激しい衝突の最中にある銀河団1E 0657-56。銀河団どうしの衝突。大きい銀河団の中を小さい銀河団が突き抜けている様子。赤がX線観測による高温ガスの分布で、青が光の重力レンズで検出された暗黒物質の分布。(提供:X-ray: NASA/CXC/CfA/M.Markevitch et al.; Optical: NASA/STScI; Magellan/U.Arizona/D.Clowe et al.; Lensing Map: NASA/STScI; ESO WFI; Magellan/U.Arizona/D.Clowe et al.)激しい衝突の最中にある銀河団1E 0657-56。銀河団どうしの衝突。大きい銀河団の中を小さい銀河団が突き抜けている様子。赤がX線観測による高温ガスの分布で、青が光の重力レンズで検出された暗黒物質の分布。(提供:X-ray: NASA/CXC/CfA/M.Markevitch et al.; Optical: NASA/STScI; Magellan/U.Arizona/D.Clowe et al.; Lensing Map: NASA/STScI; ESO WFI; Magellan/U.Arizona/D.Clowe et al.)
重力レンズ効果の説明図。銀河団の暗黒物質の重力により、後方にある銀河の光の軌道が曲げられて、あたかも同じ銀河が複数存在するかのように見える。光がどれだけ屈折しているかを調べれば、暗黒物質の分布を測定できる。(提供:NASA/CXC/M.Weiss)
重力レンズ効果の説明図。銀河団の暗黒物質の重力により、後方にある銀河の光の軌道が曲げられて、あたかも同じ銀河が複数存在するかのように見える。光がどれだけ屈折しているかを調べれば、暗黒物質の分布を測定できる。(提供:NASA/CXC/M.Weiss)
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星がたくさん集まった集団が銀河であり、さらにその銀河が数十個から数千個集まった天体が「銀河団」です。銀河団は宇宙最大の天体であり、それが宇宙にどのように分布しているか、どのように進化してきたかなどを調べることで、宇宙全体の進化の謎に迫ることができます。
ただし、銀河団は銀河だけが集まってできているのではありません。実は、銀河団に含まれる銀河を全てあわせても、銀河団の重さのせいぜい数%にしかなりません。残りは何かというと、1千万度を超えるような高温のガスがだいたい15%くらいで、あとの約80%は暗黒物質になります。

Q. 暗黒物質とは何ですか?

可視光やX線といった電磁波は全く出さないのですが、質量は持っていて、周囲に重力を及ぼしている未知の物質のことです。暗黒物質の正体についてはさまざまな候補が提案されていますが、現在のところはっきりと分かってはいません。

Q. なぜ暗黒物質があると分かるのですか?

暗黒物質を電磁波で直接捉えることはできませんが、銀河団の中の暗黒物質が周囲に重力を及ぼしている証拠が、少なくとも3つ存在します。
1つ目は、銀河の運動です。銀河団に含まれる銀河は決して静止しているのではなく、毎秒数百km〜1000kmという速さで飛び回っているのですが、その運動が暗黒物質の重力によって強く影響を受けていることが観測されています。これは地球の公転運動の速さが太陽の重力によって影響されるのとほぼ同じ原理です。
2つ目は、先ほど述べた高温ガスの存在です。暗黒物質がなければ、高温ガスは銀河団から外に飛び出してなくなってしまうはずですが、実際にはそうならずに銀河団中にとどまっていることから、暗黒物質の重力によって引きつけられていることが分かります。
3つ目は、重力レンズ効果と呼ばれる現象です。これは、我々から見て銀河団の向こう側にある天体からやってくる光が、暗黒物質の重力によって、あたかもレンズを通過した時のように曲げられるなどして観測される現象です。

X線で銀河団の形成を明らかに

Q. 銀河団の中に高温ガスがあるのはなぜでしょうか?

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた銀河団PKS 0745-191の中心にある巨大銀河。(提供:NASA/STScl/Fabian, et al.)
ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた銀河団PKS 0745-191の中心にある巨大銀河。(提供:NASA/STScl/Fabian, et al.)
「すざく」がとらえた銀河団PKS 0745-191の中心から500万光年までの領域に広がる高温ガスのX線放射。中心に表示されているのは上の画像の領域。(NASA/ISAS/Suzaku/M.George, et al.)
「すざく」がとらえた銀河団PKS 0745-191の中心から500万光年までの領域に広がる高温ガスのX線放射。中心に表示されているのは上の画像の領域。(NASA/ISAS/Suzaku/M.George, et al.)

銀河団が巨大な質量を持っているからです。質量が大きいということは重力も強いことになります。一方、ガスの温度というのは、ガスの粒子(銀河団では主に陽子や電子)の平均的な速さを表しており、温度が高いほど速さは大きくなります。銀河団の強い重力によって宇宙空間のガス粒子が引き寄せられると、粒子は大きな速さで運動をするようになりますので、温度が高くなるのです。

Q. 宇宙に銀河団は何個あるのですか?

現在までに数万個の銀河団が見つかっています。観測の進歩に伴って、今後さらに数は増えると思います。

Q. 銀河団を観測するのにX線は有効的なのでしょうか?

はい。暗黒物質でない普通の物質は、温度ごとにさまざまな種類の電磁波を放射します。例えば、私たちの身体は絶対温度にして約300度で赤外線を出していますし、太陽の表面は約6000度で可視光を放射しています。銀河団中の高温ガスは、1000万度以上の温度で大量のX線を放射して輝いています。銀河団に含まれる物質の大半は暗黒物質ですが、残念ながらこれは直接見ることはできないので、次に多く含まれる高温ガスを見るのに最も有効な手段の1つがX線というわけです。X線の観測データからは、高温ガスの密度や温度、組成といったさまざまな情報を得ることができ、それらは銀河団の形成を明らかにするための貴重な手がかりとなります。

Q. 宇宙の進化を語るうえで、X線天文衛星はどのような役割を果たしてきたのでしょうか?

X線で主に観測されているのは、誕生してから約10億年以降の宇宙ですが、この時期にはいろいろな天体が宇宙の中に現れてきます。それらの天体は宇宙の進化とともにできたものなので、その性質を詳しく調べれば宇宙の進化についての手がかりを得ることができます。これはちょうど、化石を調べることで過去の地球の歴史が分かるのと似ています。例えば銀河団のX線観測からは、宇宙初期に存在した密度ゆらぎがその後どのくらい増大して今に至っているのか、宇宙には全部でどれほどの物質が存在するのか、などについての情報が得られています。

  
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