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次期X線天文衛星ASTRO-H 宇宙の謎への挑戦

宇宙の新しい姿を見てみたい

Q. 先生のこれまでの研究における代表的な成果を教えてください。

地球から約50億光年の距離にある銀河団RXJ1347-1145。○で囲まれた領域に2億度を超える高温ガスが発見された。左はすばる望遠鏡による画像(提供:国立天文台)、右はチャンドラ衛星による画像(提供:NASA)。

銀河団ガスがどこまで高温になれるかというと、従来はせいぜい1億度くらいまでが限度と考えられていました。しかし、我々はX線と電波による観測を組み合わせることで、それよりもはるかに高い2億度を超えるガスを発見しました。この2億度以上のガスがどのようにしてできたのか。これは、銀河団と銀河団が“毎秒”4000km程の猛スピードで衝突し、ガスの一部が急激に圧縮されて加熱されることで、もともと1億度くらいだった温度が上昇したと考えられます。銀河団同士が衝突し合体することで、より大きな銀河団へと成長する過程を捉えたのだと思います。それにしても4000km/秒という速さは、従来の理論予想を大きく上回るもので、私自身も大変驚きました。

Q. ASTRO-Hを使ってどのような研究をしたいですか?

ASTRO-Hは、これまでのX線天文衛星の中で最も高性能のスペクトル測定ができますので、銀河団ガスのエネルギー分布を詳細に調べたり、ガスの速度を初めて直接測定したりすることができると期待しています。先ほど2億度以上の高温ガスを生み出すためには4000km/秒の衝突が必要だろうと話しましたが、ASTRO-Hはこのような推定値を「測定値」にすることができるかもしれません。これによって、銀河団の形成やガスの加熱過程についての理解がさらに深まり、宇宙の進化についての研究が進むだろうと期待しています。
新しい衛星を打ち上げるということは、私たちが「新しい目」を持つことになりますので、今まで見えなかったものが見えてくるはずです。ぜひ、宇宙の新しい姿を見てみたいと思います。

新しい観測方法に果敢に挑戦した「あすか」

Q. これまでの日本のX線天文衛星の成果で特に印象に残っていることは何でしょうか?

ローサット衛星で撮られた「暗い銀河団」AX J2019+1127のX線像。「あすか」はこの領域から約1億度の高温ガスを発見した。白っぽいほどX線の強度が強い。(提供:Hattori et al.(1997)Nature 388, 146)
ローサット衛星で撮られた「暗い銀河団」AX J2019+1127のX線像。「あすか」はこの領域から約1億度の高温ガスを発見した。白っぽいほどX線の強度が強い。(提供:Hattori et al.(1997)Nature 388, 146)

チャンドラ衛星で観測したAX J2019+1127。銀河団ではなく、いくつかの小さな天体が別々に輝いていることが分かった。(提供:Chartas et al.(2001)The Astrophysical Journal 550, L163)
チャンドラ衛星で観測したAX J2019+1127。銀河団ではなく、いくつかの小さな天体が別々に輝いていることが分かった。(提供:Chartas et al.(2001)The Astrophysical Journal 550, L163)

私は1990年代の中頃、大学院生としてこの分野の研究を始めましたが、その当時はちょうど日本のX線天文衛星「あすか」が活躍していた時期になります。研究を始めたばかりの時期にリアルタイムで接したという意味で、「あすか」の成果は印象に残っていますね。
「あすか」の成果はたくさんあるので1つを選ぶのは難しいですが、可視光では見えない「暗黒銀河団」を発見したという報告が特に強烈に印象に残っています。当時、先ほどお話した重力レンズ効果は観測されるものの、それを引き起こしているはずの天体がなぜか見えないという不思議な領域が存在していました。この場所を「あすか」がX線で調べたところ、約1億度の高温ガスが発見され、銀河団であると解釈されたのです。もしこれが銀河団だとすると、それまでX線で発見されたどの銀河団よりも遠方に位置することになります。この天体はX線では輝いて見えますが、本来可視光で観測されるはずの銀河が見えないため「暗い銀河団」と呼ばれて話題になりました。
しかし大変残念なことに、実はこの解釈は数年後に間違いであることが分かりました。同じ場所をアメリカの新しいX線衛星「チャンドラ」で観測したところ、これは銀河団ではなく、いくつかの小さな天体がそれぞれ別々に輝いていることが分かったのです。それ以前のX線望遠鏡の性能では1つ1つの天体を区別できず、全体をまとめてぼやっと観測してしまったんですね。
結果には恵まれませんでしたが、重力レンズ効果とX線観測を組み合わせて未知の天体を探るという「方法」は斬新で、その後も広く応用されています。この一連のことからは、従来にない新しい方法を積極的に試すことの重要性や、観測機器のメリットを活かすと同時にデメリットを補うことの必要性など、さまざまな深い教訓を残してくれたと思います。

天文学とは究極の探究である

Q. X線天文学の魅力は何だと思われますか?

北山先生

X線天文学の魅力の1つは、基礎的な物理法則などの理論と、観測データを直接比較しやすいことだと私は考えています。私が目指しているのは実証的な研究で、つまり理論だけでも観測だけでもなく、その両方を組み合わせて検証することです。X線で見る銀河団のガスは、その温度や速度が銀河団の形成過程と密接につながっていて、観測データと理論を直接付き合わせることがある程度可能です。このように、理論と観測の間の距離が比較的近いことが、大きな魅力だと思います。

Q. 今後の目標を教えてください。

X線に限らず、天文学とは「究極の探究」であると思います。別の言い方をすると、宇宙は「知りたい」という探究心の究極の対象だと思います。その中で、宇宙の進化とその中でのさまざまな天体形成を1つに結ぶのが、私にとっての大きな目標です。そのためにもまず銀河団をさらに理解して、その中にある銀河や星、ひいては生命へとつなげていきたいですね。

北山哲(きたやまてつ)

東邦大学理学部物理学科、准教授。博士(理学)
1993年、東京大学理学部物理学科卒業。1998年、同大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、2001年より東邦大学理学部物理学科講師、2004年より同学科助教授。専門は観測的宇宙論、銀河・銀河団の形成と進化。

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