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次期X線天文衛星ASTRO-H 宇宙の謎への挑戦 ブラックホールと銀河形成の関係を突き止める 東京理科大学 理学部 第一部物理学科 准教授 松下恭子

見えない光で宇宙の大部分を見る

高エネルギーを放出するブラックホール

銀河の成長を促すブラックホール

高速で噴出するジェットの構造を解明

隠れて見えなかったブラックホールを発見

見えない光で宇宙の大部分を見る

Q. 先生はX線天文学を専門とされていますが、X線天文に惹かれた理由は何でしょうか?

X線で見た天の川銀河の中心。中心から右上と左方向に広がるガスが赤く見える。赤は低エネルギー、青は高いエネルギーを示す。(提供:NASA/CXC/MIT/F.K.Baganoff et al.)
X線で見た天の川銀河の中心。中心から右上と左方向に広がるガスが赤く見える。赤は低エネルギー、青は高いエネルギーを示す。(提供:NASA/CXC/MIT/F.K.Baganoff et al.)

X線は人間の目には見えない光です。その光が、可視光で見られない天文現象をいろいろ見せてくれるのに惹かれました。X線は多くの情報を提供してくれますが、その情報が宇宙の大部分に関係するのもいいですね。可視光を出す星はとても美しく、宇宙の大事な構成要素でもありますが、宇宙全体を知るには星以外も見ないと分かりません。いろいろな波長で、いろいろな宇宙の姿を見ることが必要だと思いますが、私の場合はエネルギーが高い現象に興味がありましたので、X線がぴったり合ったという感じです。

Q. X線はブラックホールの観測に適しているのでしょうか?

ブラックホールの近傍は非常にエネルギーが高いため、X線で観測するとよく見えます。特に暗いブラックホールは、X線でしか見つからないと思います。一方、明るいブラックホールは、可視光や赤外線、電波など他の波長でも見ることができますので、それらを組み合わせて観測することも重要だと思います。

高エネルギーを放出するブラックホール

Q. そもそもブラックホールとは何でしょうか?

四角内は、銀河NGC 7793の外縁部にある、超新星爆発で形成されたブラックホール。(提供:X-ray(NASA/CXC/Univ of Strasbourg/M. Pakull et al); Optical(ESO/VLT/Univ of Strasbourg/M. Pakull et al); H-alpha(NOAO/AURA/NSF/CTIO 1.5m))
四角内は、銀河NGC 7793の外縁部にある、超新星爆発で形成されたブラックホール。(提供:X-ray(NASA/CXC/Univ of Strasbourg/M. Pakull et al); Optical(ESO/VLT/Univ of Strasbourg/M. Pakull et al); H-alpha(NOAO/AURA/NSF/CTIO 1.5m))
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(左上)ニュートン衛星が観測したおとめ座銀河団。(右上)左上の写真からブラックホールのジェットを抽出したもの。(下)電波による観測画像に、X線で見えるジェットを白で示した画像。左方と下方にのびる2本の電波ジェットと、X線で見えるジェットが一致している。(提供:E. Belsole, Service d'Astrophysique, CEA Saclay, France)
(左上)ニュートン衛星が観測したおとめ座銀河団。(右上)左上の写真からブラックホールのジェットを抽出したもの。(下)電波による観測画像に、X線で見えるジェットを白で示した画像。左方と下方にのびる2本の電波ジェットと、X線で見えるジェットが一致している。(提供:E. Belsole, Service d'Astrophysique, CEA Saclay, France)

ブラックホールとは、密度が非常に高く、強力な重力場を持つ天体です。光でさえもその重力場から出てくることできないので、ブラックホール自身は光を出しません。ですから直接観測はできませんが、ブラックホールに吸い込まれるガスが超高温になり、X線などのエネルギーを放出して明るく輝きますので、それがブラックホールの存在を教えてくれます。全てではありませんが、ほとんどの銀河の中心にブラックホールが存在します。
これまでの観測により、2種類のブラックホールの存在が知られています。1つ目は、超新星爆発の後にできるブラックホールです。太陽の30倍以上の大質量の星が、その一生を終えるときに超新星爆発を起こすと、中心部が自己重力に耐えられず、極限まで収縮してブラックホールになります。この時のブラックホールは太陽の10倍程度の質量です。
2つ目は、太陽の百万倍〜数億倍以上の質量がある巨大ブラックホールです。この巨大ブラックホールについては、どのようにできるのかは今もまだ謎です。

Q. 先生が専門とされる研究は何でしょうか? 代表的な研究成果を教えてください。

私の主な研究テーマは銀河や銀河団の形成史で、それに関連して銀河の中心にあるブラックホールを研究しています。これまでの成果としては、ヨーロッパのX線天文衛星「ニュートン」による、おとめ座銀河団の研究があります。この銀河団の真ん中には銀河M87という大きな銀河があり、その中央に太陽の質量の約1億倍もある巨大ブラックホールが存在します。このブラックホールから、非常に高いエネルギーのガスが噴き出しているのをとらえました。ブラックホールというのは、その強力な重力で周囲のものを何でも吸い込みますが、それと同時に、非常に高いエネルギーを周りに供給しているのです。
一方、銀河団の中心部はガスの密度が濃いため、X線の放射が強くエネルギーを放出しています。普通は、エネルギーを放出し続けると次第にエネルギーを失い、ガスが冷えて温度も低くなるはずなんですが、銀河団の中心部ではX線の放射が続いています。そのためには何か熱を与えるものが必要ですが、その候補の1つが、質量の重いブラックホールです。銀河の中心にある巨大ブラックホールがエネルギーを放出し、周囲のガスを温めていると考えられています。それを裏付けるような成果になったと思います。

銀河の成長を促すブラックホール

Q. ブラックホールが銀河形成にどう影響していると考えられていますか?

ブラックホールの想像図(提供:ESA/NASA/AVO/Paolo Padovani)
ブラックホールの想像図(提供:ESA/NASA/AVO/Paolo Padovani)
矢印は、天の川銀河の近くにある矮小銀河Henize2-10にある、超大質量のブラックホール。銀河の総質量と比較して、ブラックホールの質量が大きい。(提供:X-ray (NASA/CXC/Virginia/A.Reines et al); Radio (NRAO/AUI/NSF); Optical (NASA/STScI))
矢印は、天の川銀河の近くにある矮小銀河Henize2-10にある、超大質量のブラックホール。銀河の総質量と比較して、ブラックホールの質量が大きい。(提供:X-ray (NASA/CXC/Virginia/A.Reines et al); Radio (NRAO/AUI/NSF); Optical (NASA/STScI))
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銀河の形はその多くが中央が膨らんだ円盤型をしていますが、その中心部の膨らみを「バルジ」と言います。いくつかの銀河を対象に、巨大ブラックホールの質量とその母銀河のバルジの質量を測定した結果、この2つが比例関係にあることが分かりました。これは、巨大ブラックホールの形成と銀河の形成が密接に関係していることを意味します。おそらく銀河と巨大ブラックホールは一緒に成長していったと思われます。
考えられるシナリオはこうです。宇宙の大きさが今の半分か3分の1くらいだった100億年くらい前に、巨大なブラックホールはまだ成長過程でした。そのどこかのタイミングで、ブラックホールはとても活発になり、高いエネルギーを放出して、星の形成を促しました。星がどんどんできれば銀河も大きくなっていきます。ブラックホールが成長すると同時に銀河も成長していったのです。また、ブラックホールの成長につれて吹き出す高エネルギーのジェットが、星の材料となるガスを吹き飛ばすこともあったかもしれません。詳しいメカニズムはまだ分かっていませんが、銀河と巨大ブラックホールの共進化が考えられています。

Q. ブラックホールと銀河はどちらが先にできたのでしょうか?

それは「ニワトリが先か卵が先か?」と同じような議論ですね。ブラックホールと銀河はどちらが先にできたかまだ分かっていません。最近の観測で初期の小さな銀河に、超大質量のブラックホールが発見されました。これは先ほどお話したブラックホールと銀河の質量の相関関係から見ると、銀河の大きさに比べてブラックホールが大きすぎるんですね。また、その銀河の内部で星が活発に形成されていることも分かっています。ですから、ブラックホールの方が先だと考える人がいるかもしれませんが、1つの銀河を調べただけでは結論を出せません。ブラックホールがない、あるいは検出されていない銀河もありますからね。また星と星、あるいは銀河と銀河が合体してブラックホールができた可能性も考えられますので、この議論はまだ当分の間続きそうです。

  
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