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日本人初めての宇宙長期滞在を達成して 〜若田宇宙飛行士による国際宇宙ステーション長期滞在〜

宇宙から見るわが故郷、美しい地球

Q. ミッションを振り返って、特に印象に残っていることは何でしょうか?

ISSから見た千島列島での火山噴火(提供:NASA/JAXA)
ISSから見た千島列島での火山噴火(提供:NASA/JAXA)

宇宙という新たな環境にもすぐに慣れる、人間の適応能力のすごさに大変驚きました。無重力の閉鎖環境で、最初はぎこちなくISSの中を浮遊しながら移動していましたが、数週間ほど経つと、海の中を全速力で泳ぎ回るマグロやイルカのように、無重力の中をすいすいと移動できるようになり、必要があれば直ちに安定した姿勢で停止することもできるようになりました。地上とはまったく異なる宇宙の無重力環境にも、人間の身体が本当に早く適応できるということを実感しました。
また、美しい地球を見ていて、思いがけない現象に遭遇したことも印象に残っています。例えばオーロラや、千島列島で起きた火山の大噴火など、生きている地球、美しい地球の光景に出くわしたときは大きく感動しました。

Q. 宇宙ステーションの窓から地球を眺めていて感じたことは何でしょうか?

ISSから見た日本の富士山(提供:NASA/JAXA)
ISSから見た日本の富士山(提供:NASA/JAXA)

宇宙は暗黒の世界です。その吸い込まれるような黒さを持つ宇宙に、地球は浮かんでいます。宇宙から見る地球はとても美しく、そのような故郷を持っていることがいかに幸運であるかを感じ、地球を見る度に、その故郷を守っていけなければならないという思いを新たにしました。どんなに仕事が忙しくても、いかに宇宙での生活環境が地上と違っていても、目の前に母なる惑星があるというのは、大きな意味で精神的な支えになっていたと思います。
地球はさまざまな表情を持っています。例えば、日本の富士山もとても美しい光景でしたが、地球から離れた火星への宇宙飛行の場合、故郷の青い地球を数ヵ月間見ることができません。今後、人類が有人宇宙活動を展開していく中で、有人火星探査のように長い期間、地球から遠く離れ、すぐ近くに美しい地球が見えないことは、心理的にもとても厳しい環境になるのではないかと思います。このことも、毎日地球を見ながら生活をしていて感じたことです。

帰還して感じた、地球への愛しさ

Q. 帰還直後はどのようなことを思われましたか?

帰還直後のSTS-127クルー記者会見に参加する若田宇宙飛行士(提供:NASA)
帰還直後のSTS-127クルー記者会見に参加する若田宇宙飛行士(提供:NASA)

スペースシャトルがケネディ宇宙センターに着陸し、ズシリと重力を感じたときに「本当に地球に帰ってきたんだなあ」と実感しました。そして、スペースシャトルのハッチが開いて、草の香りがシャトルに入ってきたとき、地球に迎え入れられた気がしました。例えば、そよ風を受けて、優しい風が顔を通り過ぎていくときの心地よさというのは、宇宙ステーションでは感じられません。草木などの地球の緑が、いかに私たちの心に優しい存在であるかというのを改めて知りました。地上で見る緑は、宇宙から見るのと違って、生命に満ちあふれていることを肌で感じさせてくれます。地上に降り立って、空気を吸い込んだときの心地よさは、地球という素晴らしい故郷を持っていて良かったという思いを再認識させ、地球の命に対する愛しさを強く感じました。これが、帰ってきて最初に印象づけられたことの1つです。
宇宙に滞在した4ヵ月半は、実験や装置のメンテナンス、広報活動などさまざまな業務があって忙しかったため、あっという間に過ぎました。1週間か2週間の出張から帰ってきたような感じです。地上での日常生活とは異なる特殊な、そしてある意味では過酷な環境での仕事だったこともあって、宇宙での4ヵ月半は夢の中の出来事のようにすら感じられました。

Q. 宇宙に長期滞在をすると骨や筋肉が弱くなると言われていますが、実感としてはいかがでしょうか?

運動する若田宇宙飛行士(提供:NASA)
運動する若田宇宙飛行士(提供:NASA)

骨については、弱くなったという実感はありません。宇宙環境では、地上にいるときのように1Gの重力の負荷がかかりませんので、骨のカルシウム成分が、骨から血中や尿の中に溶け出し、地上の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の患者の約10倍の速さで骨の密度が低下するケースも報告されています。地上での骨粗鬆症と、無重量による骨密度低下の現象はメカニズムが違いますが、骨のカルシウム成分の減少は尿路結石の原因にもなります。そこで、今回のミッションでは私自身が被験者となって、宇宙で骨がもろくなる現象を予防するための薬を定期的に服用する日米共同実験に参加しました。今はまだデータ解析中であり、実験の成果を確定させるためには1人だけのデータでは不十分で、今後何人もの宇宙飛行士による実験の参加が必要となるため、この薬の成果があったかどうかという有意なデータ取得には時間が掛かります。しかし、地上に戻ってきて自身の骨密度の測定を行ったところ、宇宙へ行く前と比べて低下はなく非常に良好な結果になっていました。
筋力に関しては、宇宙で毎日2時間の運動を行っていましたが、その中で、自分の体力がほとんど落ちていないことを実感していました。無重力空間でも足腰を踏ん張ってウエイトリフティングに似た運動ができる機器がありますが、それを使って持ち上げる重量のデータや、自転車漕ぎやルームランナーによる有酸素運動の状況を観察しながら、体力がほとんど落ちていないことが軌道上でもはっきり分かりました。私は地球に帰還してすぐに歩くことができましたが、過去の短期宇宙飛行直後の前庭や三半規管といった平衡感覚を司る器官の反応と、今回の飛行中に基礎体力が維持されている事から考えて、宇宙にいるときから、おそらく帰還したときに問題なく歩行できるだろうと予想していました。そういう意味で、宇宙で規則正しく運動することは、軌道上での健康状態を維持するとともに、帰還してからのリハビリテーションの期間を短くするためにも、いかに重要なのかを身をもって知ることができました。

私たちの日常生活をもっと豊かに

Q. 実際に宇宙に滞在してみて、ISS計画がある意味は何だと思われますか?

ISSにそろった5極の宇宙飛行士(提供:NASA)
ISSにそろった5極の宇宙飛行士(提供:NASA)

世界15ヵ国が参加しているISS計画は、科学技術分野における、これまでにない高いレベルの国際協力プロジェクトだと思います。今後人間が「宇宙」という広大な未知なる世界で、人類としてのフロンティアを開拓していく中で、国際協力は不可欠です。そういう意味で、ISS計画を成功させるという共通の目標をもって、世界の多くの国が協力してプロジェクトを進めていることは、今後の科学技術面における国際協力の形として、とてもよい試金石ともなっていると思います。
私がISSに滞在している間に、初めて3人から6人による運用体制へと変わり、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、カナダ、日本というISS計画に参加している5つの宇宙機関からの宇宙飛行士が、軌道上で一堂に会しました。6人体制の実現はISS計画における非常に重要なマイルストーンですが、そのときに5極の宇宙飛行士が全員そろったことは、国際協力の素晴らしさを象徴するような出来事だったと思います。

Q. 日本人が宇宙に長期滞在することは、地上にいる私たちの生活にどう貢献するのでしょうか?

「きぼう」の細胞培養装置で作業する若田宇宙飛行士(提供:NASA)
「きぼう」の細胞培養装置で作業する若田宇宙飛行士(提供:NASA)

「きぼう」では、ライフサイエンスや材料実験、芸術実験、広報・普及、教育活動など、宇宙空間で得られる環境を使ったさまざまな取り組みが行われています。実験などで得られる新しい知見や技術は、地球での生活をより豊かにしてくれる貴重な成果になっています。
例えば医学的な面では、私が宇宙飛行士として初めて被験者となって、地上での骨粗鬆症に対する治療薬として使われているビスフォスフォネートと呼ばれる薬を定期的に服用して、無重力環境下での骨密度低下の防止にどういう効果を発揮するかを調べる日米共同実験に参加しました。この薬の効果が分かれば、宇宙長期滞在における骨密度低下の予防だけでなく、地上で骨粗鬆症に苦しむ多くの方々の問題を解決するためにも、貴重なデータを提供してくれると思います。
その一方で、宇宙で誰も服用したことがない薬を投与されることは、ある意味、とても勇気のいることです。私が被験者として承諾した理由は、事前にきちんと説明を受けて納得できたことだけでなく、この研究に日本の研究者が参加しているということも大きかったと思います。日本人宇宙飛行士が、日本や海外の研究者による実験に参加して、日本が宇宙医学研究の分野でも世界をリードしていくことに貢献することは、日本人が宇宙に長期滞在する意義の1つだと思います。

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