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宇宙実験で広がる未来への可能性〜「きぼう」日本実験棟での実験の成果〜 宇宙で見えてきた生命の新しい力 東京大学 特任教授 産業技術総合研究所 幹細胞工学研究センター センター長 生命科学実験 DomeGene実験代表研究者 浅島誠

3億年の歴史を持つカエルで人間の原型を知る

Q. 先生がご担当された「両生類培養細胞における細胞分化と形態形成の調節(DomeGene)」の概要を教えてください。

アフリカツメガエル
アフリカツメガエル

DomeGene(ドームジーン)実験では、アフリカツメガエルの腎臓からとった「A6」という細胞を宇宙で培養して、細胞がどんなかたちを作り、どんな働きをするのか、また遺伝子レベルでどのように変化するかを調べます。
アフリカツメガエルは発生生物学の研究者の間で、世界的によく用いられているモデル生物の1つです。発生生物学とは、私たちの体がどのような仕組みで作られるかを明らかにする学問です。特に腎臓の細胞は、カエルが水中から陸上に上がったときに、最も大きく変化した細胞なので、それが宇宙でどう機能するのかを見たいと思います。また、肝臓の細胞も一緒に持っていき、宇宙でどう変化するかを調べます。
生命誕生以来38億年もの間、私たちは地球の重力を受けてきました。私たちの体の中には、重力によって安定している遺伝子がたくさんあります。重力で非常に活性化するものや、減少するものなど、宇宙と地上で同じ細胞を比較すれば、それらがどういう意味をもつのかが分かります。宇宙へ行って重力がなくなった時に、細胞にどのような変化が起きるかを調べれば、今まで気づかなかった生命の新しい力が見えてくると思います。

Q. なぜカエルの腎臓細胞を選んでのですか?

カエルの腎臓のA6細胞ドーム構造
カエルの腎臓のA6細胞ドーム構造

顕微鏡画像。微小重力環境で培養した腎臓細胞(上)、人工的に作り出した重力環境で培養した腎臓細胞(中)、地上で培養した腎臓細胞(下)。丸印がドーム構造(提供:JAXA/東京大学)
顕微鏡画像。微小重力環境で培養した腎臓細胞(上)、人工的に作り出した重力環境で培養した腎臓細胞(中)、地上で培養した腎臓細胞(下)。丸印がドーム構造(提供:JAXA/東京大学)

私は1989年に細胞の分化を誘導するタンパク質「アクチビン」を発見しました。そして、そのアクチビンを使って、世界で初めて、試験管の中で未分化細胞から心臓や腎臓などの臓器を形成することに成功しました。それにより、臓器がどうやってできるのか、遺伝子発現の順序まで分かるようになりました。特に腎臓の培養細胞に関しては、20年以上研究を続けてきましたので、たくさんの知識を持っています。宇宙実験の場合、地上での基礎データがどれだけ多くあるかによって初めて宇宙と比較できると思いますので、そう意味で腎臓を選びました。
また、人類は誕生してから200万年程ですが、カエルは3億年という長い歴史を持っています。水中から陸上へと体を適応させてきてカエルの細胞を見れば、最初から陸上にいる人間にはない、あるいは隠れていて見えない仕組みがあるはずです。そういう意味で、カエルを見れば、人間の原型を知ることができると思います。
もちろん、人とカエルには大きな違いがあることは十分承知しています。しかし、カエルと人間の腎臓を比べると、臓器形成に必要な遺伝子は非常によく似ています。例えば、人間の腎臓には、尿を生成する「ネフロン」という基本構造があり、1つの腎臓に約100万個のネフロンが存在します。一方、カエルの子ども、オタマジャクシの腎臓には1個のネフロンがあります。100万個と1個のネフロンはまったく違うと言われるかもしれませんが、腎臓形成の初期に使われている遺伝子や、最初の因子が同じなら基本的に似ていると思います。このようなことからも、ぜひ腎臓の培養細胞を使って、宇宙で腎臓形成がどうなるかを調べたいと思いました。カエルの腎臓ができる仕組みが詳しく分かれば、腎臓が機能しなくなって人工透析を受けているような方たちの治療法を見つけるヒントを、何か見つけられる可能性があると思います。 Q. これまでに分かっている実験の成果を教えてください。 地上でカエルの腎臓のA6 細胞を培養すると、半球型のふくらんだ構造、「ドーム」構造を作りますが、実験の結果、宇宙の無重力環境ではドームの形がうまくできませんでした。細胞骨格も含めて、形を作るということは生命の本質的なことに寄与しますので、形を作る遺伝子がなぜ宇宙では働かなかったのか?その原因を調べる必要があります。
これまでの分析で、宇宙で起きた次のことが分かっています。まず、形を作るような遺伝子がうまく働かなかったこと。次に、ガン遺伝子が非常によく働いていたこと。さらに、代謝系がまったく違う遺伝子や、地上では見られない遺伝子が働いていたこと。現在、この4つの点に注目をして、分子レベルから形態レベルまで含めて詳しく調べています。
特に面白いのは、地上では出てこなかった遺伝子が宇宙で出てきたという点です。この遺伝子は、今、地上では使われていないけれども、昔は使っていた可能性があります。その遺伝子が活性化したために、新しい遺伝子がまた別の働きをしたということも考えられるのです。最近分かってきたゲノムを読むと、働いていない「ジャンク(価値のない)遺伝子」と呼ばれるものがありますが、実は、その遺伝子にも意味があるということが最近分かっています。今回の結果は、このこととも関係していると思います。
また、この実験では、宇宙に遠心機を持っていって人工的に作った1G環境で培養した細胞とも比較しました。その結果、宇宙の1G環境では、ドームができたものの、地上よりも小さいドームがたくさん作られました。つまり、同じ1Gの環境でも、宇宙と地上では何かが違うということです。現在検証中ですが、どのようなことが分かるのか楽しみです。また、肝臓についても現在分析を進めています。
生命科学実験では、私たちのほかに、植物科学や放射線科学分野でも大きな成果が出ています。

国際宇宙ステーションは人類共通の財産

Q. 「きぼう」での実験を行って、どのような感想をお持ちですか?

筑波宇宙センターにて、DomeGene実験での顕微鏡による細胞を観察する様子
筑波宇宙センターにて、DomeGene実験での顕微鏡による細胞を観察する様子

地上で微小重力環境を模擬する「クリノスタット」という機械がありますが、私はそれを使って、何度もカエルの腎臓を培養する実験を行いました。中には、このような機械があるのだから、わざわざ宇宙に行って実験をする必要はないとおっしゃる方もいますが、実際には、地上での実験結果とは違うデータを、宇宙実験から得ました。ある面で似ている部分もありましたが、やはり、宇宙に行かなければ分からないことがたくさん出てきたのです。これは、宇宙実験をしたことで初めて分かったことです。地上で高性能の機器を使って実験をしたとしても、宇宙にはそれを超えたシステムや環境があると思いました。
また、今回実験をしたことによって、宇宙ではカエルの腎臓細胞にドーム構造ができないことが分かりました。それには何が影響しているのか?細胞骨格がうまく働かないのなら、それを働かせるためにどんな仕組みが必要なのか?と、私の頭の中では次々と疑問がわき、研究したいことがどんどん出てきます。研究を続ければ、新しい知見を生み出し、新しい学問の創出へとつながるでしょう。そういう意味でも、国際宇宙ステーション(ISS)は人類共通の財産であり、今後どのように利用していくかが重要になってくると思います。 Q. 今後どのように「きぼう」日本実験棟を利用していくべきだと思われますか? できるだけ長くISSを運用していただき、もっと多くの方たちに「きぼう」を使ってほしいと思います。しかし、そのためには、「きぼう」の実験に参加しやすい環境を作ることが重要です。例えば私の場合、実験の公募から実施まで15年もかかりました。途中でスペースシャトルの事故などがあって、ISSの建設が遅れたというのもありますが、正直に言って、宇宙実験を待ちわびる辛さはありました。もちろん、その15年間は無駄ではなく、実験や解析方法などに改良を重ね、技術は格段に進歩したと思います。しかし、3〜4年待てば自分の実験ができるとなれば、やってみたいと言ういろいろな分野の人はたくさんいると思います。また、アジア地域との共同研究など、「きぼう」の幅広い活用方法も考える必要があると思います。 Q. ISSに関する議論で、具体的な実験成果がなかなか出てこないと指摘されることについてどう思われますか? 「きぼう」日本実験棟での実験はまだ始まったばかりです。データを解析して、どんな意味があるかを調べ、それが本当に正しいかどうかを検証するのには時間がかかります。また、皆さんは実験後すぐにサンプルが私たちの手元に戻ってくると思っているかもしれませんが、帰還するスペースシャトルに搭載できる荷物の量には制限があり、遅れて戻ってくることが多いんです。DomeGene実験の場合も、2009年3月末に実験が終了してから半年後にサンプルが私の手元に戻ってきて、それからやっと解析を始めることができました。
そして、最近になっていろいろなことが分かってきましたので、DomeGene以外のほかの実験についてもこれからどんどん面白い結果が出てくることでしょう。植物における重力感受性因子の解析、放射線と発ガンのメカニズム、骨や筋肉代謝などはすでに大きな成果が出ていますが、これからはISSを使った研究成果は加速度的に増えるでしょう。ようやく始まったばかりの実験の成果をすぐに求めるのではなく、それを蓄積していけるかどうかが日本の国力だと思います。

  
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