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宇宙実験で広がる未来への可能性〜「きぼう」日本実験棟での実験の成果〜 タンパク質の真の姿を知れば社会に役立つ JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙環境利用センター 主任開発員 タンパク質結晶生成実験担当 佐藤勝

応用利用分野の実験とは

Q. 「きぼう」日本実験棟で行われている応用利用分野の実験の目的は何でしょうか?

応用利用分野の実験では「出口の見える実験」を目指しています。つまり、実験で得た成果を医薬品や新素材など地上の製品開発に応用したり、私たちの生活改善に利用するなど、社会に還元できるような具体的な成果を出すということです。例えば、タンパク質の結晶生成実験や、ナノスケルトン、ナノテンプレートといったナノ材料を用いた実験を行っています。さらに、公募での利用以外に、成果を占有することができる有償での利用の枠組みを設け、企業や大学などより多くの研究者にも参加していただけるようにしています。

Q. 佐藤さんのご担当は何でしょうか?

タンパク質結晶生成装置(PCRF)
タンパク質結晶生成装置(PCRF)

私は、「きぼう」日本実験棟で行われるタンパク質結晶生成実験のとりまとめ役として、JAXA内や外部のさまざまな機関との調整を行っています。「きぼう」を利用したタンパク質結晶生成実験は、JAXAが結晶を搭載する装置を用意し、サンプルの受付から選定、結晶化条件の検討、宇宙での実験、帰還後の結晶観察、X線回析データ取得まで、実験の一連のプロセスを一括してサポートしています。そのため、準備から実験の実施までを約5ヵ月という短期間で行うことができます。
タンパク質結晶生成実験で用いる装置は、「きぼう」日本実験棟の流体実験ラックにあるPCRF(Protein Crystallization Research Facility)と呼ばれるものです。最大144種類のタンパク質が搭載できる結晶生成容器を6つ入れることができます。この容器は、15cm×10cm×7cmほどのお弁当箱くらいの大きさなので、とてもコンパクトです。タンパク質の結晶はとても小さいため、小さなスペースでさまざまな実験を同時に行えるのが良いところです。また、容器は繰り返し使用可能で、中身を取りかえれば、いろいろな目的の実験が何度でもできます。そのような利点もあって、「きぼう」でのタンパク質結晶生成実験は、2009年7月から2012年にかけて、半年に1度の割合で計6回行う予定です。すべての実験の流れがスムーズに進むよう、全体をコーディネートして、実験を成功させるのが私の役目です。

生命の源、タンパク質の構造と機能を理解

Q. 宇宙でタンパク質の結晶生成実験を行う利点は何でしょうか?

地上で生成されたタンパク質の結晶は、クラスタ状(結晶と結晶がくっついた状態)になっている
地上で生成されたタンパク質の結晶は、クラスタ状(結晶と結晶がくっついた状態)になっている

宇宙で生成されたタンパク質の結晶は、きれいな結晶になっている
宇宙で生成されたタンパク質の結晶は、きれいな結晶になっている

タンパク質は、遺伝情報に基づいて作られたアミノ酸が立体的に結合したもので、各々固有の機能を持っています。タンパク質は、人間の体だけで10万種類以上、自然界では約100億種類も存在するといわれています。タンパク質は私たち生命の源なのです。
皆さんは「DNA」という言葉を聞いたことがあると思いますが、DNAは核酸(DNAを構成する最小単位の分子)が結合した単なる情報であり、簡単にいうと、生命の設計図だと思ってください。タンパク質を構成する分子の種類や数、配列などが示された設計図から、例えば、髪の毛をつくるケラチン、皮膚のコラーゲンといったさまざまなタンパク質が作られて、体の中でいろいろな働きをしています。また、タンパク質は立体的な構造をしていて、その形が、機能に大きく影響していると言われています。ですから、タンパク質の機能を理解するためには、タンパク質そのものの構造を調べる必要があります。現在の技術では、タンパク質の分子を集めて結晶を作り、その結晶にX線を当てると、タンパク質の立体的な構造が分かります。
ところで、タンパク質は全体で機能しているのではなく、ある一部分で化学反応が起きることで、固有の機能を発揮します。ですから、タンパク質の機能を知るためには、どのような化学反応が起きているかを調べ、その化学反応を起こす炭素や水素の位置を知ることがとても重要になってくるのです。そして、その位置を正しく細かく見るためには、高品質の結晶が必要です。質が高い結晶というのは、分子を顔だと思っていただくと、すべての顔が一定の方向を向いてきれいに並んでいる状態の結晶です。そこで注目されるのが、宇宙の微小重力環境なのです。
宇宙では、濃度の違いで水溶液が上下左右に流れる「対流」や、重力の影響で重いものが下に沈む「沈降」が起きないため、タンパク質の分子同士がきれいにそろって並びます。ですから、質の高い結晶ができ、非常に細かいところまでタンパク質の構造が分かります。

Q. 「きぼう」でのタンパク質の結晶生成実験は、地上での暮らしにどう貢献しますか?

タンパク質の反応部位が「カギ穴」で、化学反応を止める化合物が「カギ」
タンパク質の反応部位が「カギ穴」で、化学反応を止める化合物が「カギ」

まずは、新しい医薬品の開発に貢献します。さきほど、タンパク質は全体で機能するのではなく、ある部分で化学反応が起きると固有の機能を発揮すると申し上げました。この化学反応が起きる部分を「反応部位」と呼んでいます。この反応部位に、タンパク質の機能をストップさせるような化合物を入れると、働きが止まり、病気は進行しません。これを、「カギ穴」と「カギ」の関係に例えて言うことができます。タンパク質の反応部位が「カギ穴」で、化学反応を止める化合物が「カギ」です。
タンパク質の構造を調べることによってカギ穴の形が詳しく分かれば、その形に合うカギを作って、カギ穴に栓をすることができます。すると、通常、カギ穴に何かが入って化学反応を起こして機能していたのに、何も入ってこられないので、タンパク質は機能できなくなります。動きが止まれば、病気の進行も止まります。つまり、カギというのは、病気を引き起こすタンパク質の働きをおさえる化合物であり、治療に適した医薬品のことです。カギ穴にぴったり結合するカギを見つけることができれば、副作用が少ない医薬品を開発することができるのです。
また、タンパク質の実験は、環境にやさしい廃棄物処理にも役立ちます。プラスチックは自然に分解されませんが、タンパク質の中には、プラスチックを分解する機能を持つものがあります。それを利用すれば、環境負荷の少ない廃棄物処理ができます。さらに、食糧を使わないバイオエネルギーの開発に貢献します。食糧とならない草やわらを分解して糖を得るタンパク質がありますので、それを使ってエネルギーを生産します。もしこれが実現すれば、日本の食糧自給や自然エネルギー開発の問題解決にもつながると期待されています。そのほか、燃料電池の触媒としてタンパク質を利用するなど、タンパク質の結晶生成実験には、私たちの暮らしに貢献する新しい可能性があります。

難病治療薬、バイオ燃料などの実現に向けて

Q. 医薬品の開発分野では、これまでどのような成果が出ていますか?

筋ジストロフィーに関連するタンパク質とこれにより軽減された筋萎縮(提供:大阪バイオサイエンス研究所 裏出良博先生)クリックすると拡大画像表示
筋ジストロフィーに関連するタンパク質とこれにより軽減された筋萎縮(提供:大阪バイオサイエンス研究所 裏出良博先生)

ガンの増殖の抑制に関連するタンパク質(提供:熊本大学 山縣ゆり子先生)クリックすると拡大画像表示
ガンの増殖の抑制に関連するタンパク質(提供:熊本大学 山縣ゆり子先生)

バイオエネルギー生産への応用を目指すタンパク質(提供:株式会社丸和栄養食品 伊中浩治先生)クリックすると拡大画像表示
バイオエネルギー生産への応用を目指すタンパク質(提供:株式会社丸和栄養食品 伊中浩治先生)

ナイロンオリゴマーを分解するタンパク質(提供:兵庫県立大学 樋口芳樹先生)クリックすると拡大画像表示
ナイロンオリゴマーを分解するタンパク質(提供:兵庫県立大学 樋口芳樹先生)

実用化に向けて最も進んでいるのは、大阪バイオサイエンス研究所の裏出良博先生による研究で、「筋ジストロフィー」という病気に有効な薬ができつつあります。筋ジストロフィーとは、筋肉が萎縮し、機能を失っていく難病で、根本的な治療法がないといわれてきました。ところが、筋ジストロフィーの進行に関するタンパク質の結晶を宇宙で生成し、解析を行ったところ、タンパク質の機能に関与する水分子の存在が明らかになりました。タンパク質の反応部位(カギ穴)の形が分かっただけでなく、それに結合する化合物(カギ)の様子も分かったのです。このように、タンパク質の結晶と化合物が結合する構造を見るためには、特に質の良い結晶が必要なため、高品質の結晶ができやすい宇宙で実験をしたからこそ生まれた成果なのだと思います。裏出先生は製薬企業と協力して、筋ジストロフィーに有効な薬物候補となる化合物を開発し、筋ジストロフィーを発症させた犬に投薬したところ、非常によい結果が出ています。今後さらに研究を続け、早期に医薬品として認証を得ることを目指しています。
そのほかにも、横浜市立大学の朴三用先生は、インフルエンザに有効な画期的な薬の開発を目指してDNA情報の複製に関連するタンパク質の研究を行っています。インフルエンザは毎年冬になると流行する病気ですが、インフルエンザウィルスの種類に応じた予防接種が必要です。また、インフルエンザウィルスによっては、既存の医薬品が効かない薬剤耐性をもったウィルスがどんどん増えています。朴先生はウィルスの中でDNAの情報の複製するタンパク質の構造を解明されました。このタンパク質はインフルエンザウィルスの種類が異なっても同じ形をしており、このタンパク質の構造を詳しく調べることで、さまざまなインフルエンザウィルスの種類によらず、その機能をおさえる新しい医薬品の開発が可能になります。
また、熊本大学の山縣ゆり子先生は、ガンの増殖に関連したタンパク質の研究を行っています。このタンパク質の機能をおさえると、ガンの増殖が止まり、ガン細胞を小さくすることができます。宇宙実験で生成されたタンパク質の結晶によって、その詳細な立体構造が明らかになり、カギ穴に合いそうな化合物(カギ)の研究も進んでいます。
このほかにも、医薬品の開発に関連するさまざまな宇宙実験が行われており、実用化に向けた期待が高まっています。 Q. 医薬品開発のほかに、どのような成果が出てきましたか? 例えば、丸和栄養食品の伊中浩治先生が行ったバイオエネルギーの生産に関連する研究があります。この実験では、植物細胞の細胞壁や繊維の主成分であるタンパク質を分解する、セルラーゼという酵素の詳細な構造を明らかにしました。最近、地球環境にやさしいバイオエネルギーが注目されていますが、その中のバイオエタノールは、トウモロコシなどの食物に化学的な処理をして作っています。しかし、セルラーゼという酵素をつかったエネルギーの生成は、食物ではない草、わら、樹木、廃材などの植物繊維を分解してエネルギーの原料を作るのが特徴です。これが実現すれば、原料を得る食糧の増産も兼ねることができるので、日本の食糧問題の解決にもつながると思います。伊中先生は、3〜5年程度での酵素の実用化を目指しています。
また、兵庫県立大学の樋口芳樹先生は、ナイロン(プラスチック)製造の際に出る副産物(従来捨てていたもの)を分解し再利用することを可能にするタンパク質の研究を行っています。具体的には、工場などでナイロンを作るときに出る副産物のナイロンオリゴマー(原料のモノマーが複数繋がった物質)を分解する酵素の構造と機能を研究しています。私たちは生活の中で、自然に分解されにくい人工繊維やプラスチックなどを多く利用していますが、これらの廃棄物を効率よく分解して原料に戻す酵素ができれば、自然環境保護にも貢献できます。この酵素は、廃棄物の処理だけでなく、逆(合成)反応の触媒として、工業的に利用することも視野に入れて、開発が行われています。

  
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