地上で生成されたタンパク質の結晶は、クラスタ状(結晶と結晶がくっついた状態)になっている
宇宙で生成されたタンパク質の結晶は、きれいな結晶になっている
タンパク質は、遺伝情報に基づいて作られたアミノ酸が立体的に結合したもので、各々固有の機能を持っています。タンパク質は、人間の体だけで10万種類以上、自然界では約100億種類も存在するといわれています。タンパク質は私たち生命の源なのです。
皆さんは「DNA」という言葉を聞いたことがあると思いますが、DNAは核酸(DNAを構成する最小単位の分子)が結合した単なる情報であり、簡単にいうと、生命の設計図だと思ってください。タンパク質を構成する分子の種類や数、配列などが示された設計図から、例えば、髪の毛をつくるケラチン、皮膚のコラーゲンといったさまざまなタンパク質が作られて、体の中でいろいろな働きをしています。また、タンパク質は立体的な構造をしていて、その形が、機能に大きく影響していると言われています。ですから、タンパク質の機能を理解するためには、タンパク質そのものの構造を調べる必要があります。現在の技術では、タンパク質の分子を集めて結晶を作り、その結晶にX線を当てると、タンパク質の立体的な構造が分かります。
ところで、タンパク質は全体で機能しているのではなく、ある一部分で化学反応が起きることで、固有の機能を発揮します。ですから、タンパク質の機能を知るためには、どのような化学反応が起きているかを調べ、その化学反応を起こす炭素や水素の位置を知ることがとても重要になってくるのです。そして、その位置を正しく細かく見るためには、高品質の結晶が必要です。質が高い結晶というのは、分子を顔だと思っていただくと、すべての顔が一定の方向を向いてきれいに並んでいる状態の結晶です。そこで注目されるのが、宇宙の微小重力環境なのです。
宇宙では、濃度の違いで水溶液が上下左右に流れる「対流」や、重力の影響で重いものが下に沈む「沈降」が起きないため、タンパク質の分子同士がきれいにそろって並びます。ですから、質の高い結晶ができ、非常に細かいところまでタンパク質の構造が分かります。
筋ジストロフィーに関連するタンパク質とこれにより軽減された筋萎縮(提供:大阪バイオサイエンス研究所 裏出良博先生)
ガンの増殖の抑制に関連するタンパク質(提供:熊本大学 山縣ゆり子先生)
バイオエネルギー生産への応用を目指すタンパク質(提供:株式会社丸和栄養食品 伊中浩治先生)
ナイロンオリゴマーを分解するタンパク質(提供:兵庫県立大学 樋口芳樹先生)
実用化に向けて最も進んでいるのは、大阪バイオサイエンス研究所の裏出良博先生による研究で、「筋ジストロフィー」という病気に有効な薬ができつつあります。筋ジストロフィーとは、筋肉が萎縮し、機能を失っていく難病で、根本的な治療法がないといわれてきました。ところが、筋ジストロフィーの進行に関するタンパク質の結晶を宇宙で生成し、解析を行ったところ、タンパク質の機能に関与する水分子の存在が明らかになりました。タンパク質の反応部位(カギ穴)の形が分かっただけでなく、それに結合する化合物(カギ)の様子も分かったのです。このように、タンパク質の結晶と化合物が結合する構造を見るためには、特に質の良い結晶が必要なため、高品質の結晶ができやすい宇宙で実験をしたからこそ生まれた成果なのだと思います。裏出先生は製薬企業と協力して、筋ジストロフィーに有効な薬物候補となる化合物を開発し、筋ジストロフィーを発症させた犬に投薬したところ、非常によい結果が出ています。今後さらに研究を続け、早期に医薬品として認証を得ることを目指しています。
そのほかにも、横浜市立大学の朴三用先生は、インフルエンザに有効な画期的な薬の開発を目指してDNA情報の複製に関連するタンパク質の研究を行っています。インフルエンザは毎年冬になると流行する病気ですが、インフルエンザウィルスの種類に応じた予防接種が必要です。また、インフルエンザウィルスによっては、既存の医薬品が効かない薬剤耐性をもったウィルスがどんどん増えています。朴先生はウィルスの中でDNAの情報の複製するタンパク質の構造を解明されました。このタンパク質はインフルエンザウィルスの種類が異なっても同じ形をしており、このタンパク質の構造を詳しく調べることで、さまざまなインフルエンザウィルスの種類によらず、その機能をおさえる新しい医薬品の開発が可能になります。
また、熊本大学の山縣ゆり子先生は、ガンの増殖に関連したタンパク質の研究を行っています。このタンパク質の機能をおさえると、ガンの増殖が止まり、ガン細胞を小さくすることができます。宇宙実験で生成されたタンパク質の結晶によって、その詳細な立体構造が明らかになり、カギ穴に合いそうな化合物(カギ)の研究も進んでいます。
このほかにも、医薬品の開発に関連するさまざまな宇宙実験が行われており、実用化に向けた期待が高まっています。 Q. 医薬品開発のほかに、どのような成果が出てきましたか? 例えば、丸和栄養食品の伊中浩治先生が行ったバイオエネルギーの生産に関連する研究があります。この実験では、植物細胞の細胞壁や繊維の主成分であるタンパク質を分解する、セルラーゼという酵素の詳細な構造を明らかにしました。最近、地球環境にやさしいバイオエネルギーが注目されていますが、その中のバイオエタノールは、トウモロコシなどの食物に化学的な処理をして作っています。しかし、セルラーゼという酵素をつかったエネルギーの生成は、食物ではない草、わら、樹木、廃材などの植物繊維を分解してエネルギーの原料を作るのが特徴です。これが実現すれば、原料を得る食糧の増産も兼ねることができるので、日本の食糧問題の解決にもつながると思います。伊中先生は、3〜5年程度での酵素の実用化を目指しています。
また、兵庫県立大学の樋口芳樹先生は、ナイロン(プラスチック)製造の際に出る副産物(従来捨てていたもの)を分解し再利用することを可能にするタンパク質の研究を行っています。具体的には、工場などでナイロンを作るときに出る副産物のナイロンオリゴマー(原料のモノマーが複数繋がった物質)を分解する酵素の構造と機能を研究しています。私たちは生活の中で、自然に分解されにくい人工繊維やプラスチックなどを多く利用していますが、これらの廃棄物を効率よく分解して原料に戻す酵素ができれば、自然環境保護にも貢献できます。この酵素は、廃棄物の処理だけでなく、逆(合成)反応の触媒として、工業的に利用することも視野に入れて、開発が行われています。