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日欧協力で、水星の未知なる世界を探る 水星探査計画「ベピコロンボ」プロジェクトサイエンティスト 藤本正樹

水星の構造と磁場、起源と進化の謎に迫る

Q. 水星探査計画「ベピコロンボ」は水星の何を調べるのでしょうか?

ベピコロンボの構造。左からMMO、サンシールド、MPO、水星輸送モジュール(提供:ESA, AOES Medialab)
ベピコロンボの構造。左からMMO、サンシールド、MPO、水星輸送モジュール(提供:ESA, AOES Medialab)

水星(提供:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington)
水星(提供:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington)

水星は地球と同じ岩石惑星で磁場を持っていますが、その様相は地球とは全然違います。「ベピコロンボ」は、ヨーロッパと日本の衛星2機で、水星の表面や内部構造、磁場の様子を調べる探査計画です。水星が、今どういう状態にあるのか、どのようにしてできて、どう進化してきたかを解明します。具体的には、欧州宇宙機関(ESA)の水星表面探査機(MPO: Mercury Planetary Orbiter)が水星表面の地形や組成物質を調べて、日本の水星磁気圏探査機(MMO: Mercury Magnetospheric Orbiter)が水星の磁場やその周囲の磁気圏、大気を観測します。2014年にヨーロッパのアリアン5型ロケットで打ち上げられて、6年かけて水星周回軌道に到達し、1年間観測する予定です。

Q. 今、水星を探査する理由は何でしょうか?

水星は地球の半分くらいしかない惑星で、これまでこのように小さい惑星は、内部が固まっていて、磁場を持っていないと考えられてきました。ところが、1973年にNASAが打ち上げた「マリナー10号」が水星をスイングバイしたときに、水星の磁場および磁気圏を発見したのです。これは誰もが予想していなかった大発見で、研究者たちは水星に大変興味をもち、水星をきちんと調べたいと思うようになりました。
ところが、太陽系の最も内側にある水星の周回軌道に入るためには、燃料と時間がかかり、技術的にも大変難しいため、行きたくてもなかなか行けませんでした。また水星は、太陽の近くなので、太陽からの放射線や熱量が多く、とても苛酷な環境です。水星の表面は、昼側が摂氏400℃にも達するに対して、夜側はマイナス180℃なので、探査機はその温度差にも耐えなければなりません。
近年の技術の進歩によって、それらの厳しい条件も克服できるようになり、やっと水星にも行ける時代がやってきました。たとえ技術的に難しく挑戦的なミッションだとしても、「誰も行っていなかった水星に行けば、きっと何か面白いことがある」という純粋な野心も高まり、いろいろな意味での準備が整ったので、水星を探査することになりました。

灼熱の世界を克服するために

Q. 「ベピコロンボ」の現在の開発状況を教えてください。また、開発の課題は何でしょうか?

水星磁気圏探査機(MMO)(提供:京都大学生存圏研究所)
水星磁気圏探査機(MMO)(提供:京都大学生存圏研究所)

MMOの構造モデル
MMOの構造モデル

探査機の構造モデルを使って、振動試験や音響試験、衝撃試験など、水星の環境を模擬したテストを行っています。例えば、水星での太陽の光の強さは地球の10倍以上ですが、それでも太陽電池が劣化しないかといった試験を行っています。実際に打ち上げる観測機器も作られ始めていますので、これまで図面上のものだったものが、いよいよ形として現れてきたという感じです。打ち上げは2014年ですが、その1年前に探査機をヨーロッパに運んで、総合的な試験を行う予定です。
開発の課題は、やはり熱対策です。探査機は、さまざまな制御の下で水星のまわりを周回し、取得した観測データは送信機を使って地球に送られます。送信機はすごく熱を出すものなので、ただでさえ熱い環境の中、あまり稼動しすぎると温度が高くなりすぎて通信できなくなるかもしれません。しかし、探査機は遠くにありますから、地上で温度を監視していても、おかしくなったからといってすぐに機器のスイッチをオフすることはできません。ですから、探査機の温度がどのように変化するかを計算して、データの取得や送信などの運用予定を、事前に緻密に立てる必要があります。水星まわりという未知の環境において、物事を系統立てて運用していく方法を確立しなければなりません。
その一方で、水星の夜側では太陽の光が当たらないため発電ができませんので、すべての運用を止めなければなりません。バッテリーを十分積んでいけばよいと思われるかもしれませんが、探査機の大きさや総重量に制限があるため、それはできません。探査機に積めるものに制限がある中、水星の厳しい環境にも対応しなければならないというのが、難しいところです。

海外の探査機とも連携をして

Q. 2004年にNASAが打ち上げた水星探査機「メッセンジャー」はどのような探査機ですか?

水星探査機「メッセンジャー」(提供:NASA)
水星探査機「メッセンジャー」(提供:NASA)

「メッセンジャー」は、水星表面の地形や組成を調べるのが主な目的です。NASAのディスカバリー計画という低コストで効率のよさをめざすプロジェクトの1つだったため、搭載できる観測機器などに制約があり、「メッセンジャー」は水星の北半球のみを観測します。ですから水星の北半球については、詳細な観測データを提供してくれると期待しています。「メッセンジャー」は、2008年と2009年に水星のフライバイを行い、水星表面の撮影と水星周辺の宇宙空間の様子を観測しました。「メッセンジャー」は2011年に水星の周回軌道に入る予定です。
私たち「ベピコロンボ」と「メッセンジャー」のチームはお互いに尊重し合っていて、とてもいい関係にあります。「メッセンジャー」は今後いろいろなことを見つけてくれるはずなので、その結果も参考にして、「ベピコロンボ」での本格探査計画を策定したいと思います。



水星周囲の宇宙空間で起きる現象を観る

Q. 「ベピコロンボ」に期待することは何ですか?

水星表面(提供:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington)
水星表面(提供:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington)

小さい惑星はすぐに冷えて固まってしまうため、磁場が作られないはずなのに、水星は磁場を持っています。しかも、水星には大気がほとんどなく、磁場が地表に接触していて、宇宙空間の電離したガスが直接地表に当たります。そこでは、今までの常識では考えられないことが起きていると思います。地球では、太陽からのプラズマ粒子が地球の磁場に捕らえられたのち、大気にぶつかって発光する現象、オーロラがありますが、その中でも、突然明るくなって、爆発的に広がるオーロラを、「オーロラ爆発」といいます。水星は地球と同じように磁場を持っていますので、地球のオーロラ爆発と似た躍動的な現象が頻繁に起きていると考えられています。私は宇宙空間ガスの物理に興味があり、その立場から水星周囲の宇宙空間で何が起きているのかを知りたいと思います。状況が似て異なる、地球周辺と水星周辺でのデータを比較して考えることは、普遍的な宇宙ガスの物理を理解していく上での重要なステップです。
これまでは、未知の惑星については、「地球がこうだから、この惑星もきっとこうだろう」と、地球に関する知識を元に想像するというレベルだったと思います。地球での知識を参考にして、惑星のことを理解するというのは、ある意味で、応用問題を解くようなニュアンスだったと思います。しかし、実際に探査機が惑星に行ってみると、地球とは全然違う状態で、地球では学べない知識や理解が得られます。やはり、実際に行って調べて、地球と同じくらい詳しく理解してこそ、その惑星を、そして宇宙を理解したと言えるのではないでしょうか。何かを発見して、ただ単に「すごい」で終わるのではなく、なぜそういう現象になるのか、どういう法則になっているのかなど、好奇心を持続的に発展させることが重要だと思います。「ベピコロンボ」で得られる水星の詳細なデータを使って、惑星の理解をさらに進め、宇宙の普遍性を意識した研究を行っていきたいと思います。

  
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