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JAXAの太陽系惑星探査 金星の風の謎に挑む、世界初の惑星気象衛星 金星探査機「あかつき」プロジェクトサイエンティスト 今村剛

風を見る衛星

Q. 「あかつき」は金星の何を調べる探査機ですか?これまでの金星探査機にない特徴は何でしょうか?

雲におおわれた金星。矢印の方向に大気が高速で循環している。
雲におおわれた金星。矢印の方向に大気が高速で循環している。

「あかつき」の金星周回軌道での観測計画
「あかつき」の金星周回軌道での観測計画
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「あかつき」は世界で初めての惑星気象衛星と言って良いでしょう。金星では「スーパーローテーション」と呼ばれる猛スピードの風がすべての場所で自転と同じ方向に吹いていて、その風速は上空60kmで時速400kmにもなります。金星の自転周期は243日で大変ゆっくり回っていますが、この60倍の速さの突風が吹いているのです。このような不思議な現象がなぜ起きるのかを調べます。また、金星は分厚い硫酸の雲で覆われていますが、その雲がどのように作られるのかを調べたり、金星にも雷があるのかどうか調べたりするのも「あかつき」の探査の目的です。
このミッションの特徴は、赤外線から紫外線までの異なる波長の光で同時に、金星の大気の広い範囲を連続的に撮影して、大気の三次元的な運動を明らかにすることです。違った光の波長で調べると、大気中の異なる高度の現象が見えるので、立体的な情報を得ることができます。このように大気の動くようすを三次元でとらえる衛星は、地球では「ひまわり」のような気象衛星がありますが、ほかの惑星には行ったことがありません。「あかつき」には5つのカメラが搭載されていますが、なかでも近赤外線のカメラは、厚い硫酸の雲の下にある地面まで見ることができます。気象現象はもちろんのこと、活火山があるかどうかなども分かるかもしれません。
「あかつき」の軌道は金星の赤道上空の楕円軌道で、金星に最も近づくところでは高度約300km、最も遠いところでは高度約80,000kmになります。近いところからは金星の大気や雲のようすをクローズアップで見て、遠いところからは惑星全体の広範囲での大気の運動を調べます。また、「あかつき」が地球から見て金星の背後に隠れていくとき、「あかつき」から送信される電波は金星大気をかすめるようにして地球に届きます。この電波を分析することで、金星大気の温度や微量ガスの層構造を調べます。「あかつき」は2010年に打ち上げられ、半年かかって金星に到着し、少なくとも2年間は観測する予定です。

世界の期待を背に

Q. これまでの探査で金星のどのようなことが分かっているのでしょうか?

レーダー観測をもとにした金星のCG(提供:NASA)
レーダー観測をもとにした金星のCG(提供:NASA)

かつてはロシアやアメリカが、そして現在はヨーロッパの探査機が金星を調べています。これらの観測で、金星の大気は主に二酸化炭素でできていて、硫酸の雲で覆われていること。地表面の温度は400℃以上で、気圧は約90気圧という、高温で高圧の世界であること。地球のような海はなく、比較的新しい火山地形があること。磁場がないことなどが分かっています。金星の高温は二酸化炭素の温室効果によるもので、これは温暖化の究極の姿と言えるかもしれません。
最近のおもしろいトピックスは、金星の高地に、花崗岩(かこうがん)といって、一般に水がある環境で作られる鉱物の特徴が見られるというものです。過去の探査機の観測データをある日本人研究者が解析して、それが見えてきたのです。これは、金星にも地球と同じように海があったことを意味するかもしれません。もし金星にかつて海があったとすると、その海はどんな姿をしていて、どのような過程を経て失われていったのでしょうか。
このような問いに答えるうえで、金星の大気循環がどうなっていて、それが遠い過去から現在に至るまでどのように変化してきたかのかということが、大事になります。今回、「あかつき」で挑戦する金星の気象学の研究は、そのような謎を解明するためにも重要なものです。「あかつき」の挑戦は世界の惑星大気の研究者から注目されています。

Q. 2006年4月に金星に到着し、現在、観測中のヨーロッパの「ビーナス・エクスプレス」は、「あかつき」とどう違うのでしょうか?

金星探査機「ビーナス・エクスプレス」(提供:ESA)
金星探査機「ビーナス・エクスプレス」(提供:ESA)

金星の環境がどう作られているのかを理解するという大きな目標は同じですが、「ビーナス・エクスプレス」は主に大気や地表面の化学組成を調べています。それに対して、「あかつき」は大気の流体運動を調べます。私たちは、金星でどのような気象現象が発達して、それが金星の雲や熱の分布をどう作っているかを理解しようとしています。
もともと日本には惑星の気象学に興味を持つ科学者が多く、2001年に「あかつき」が提案されましたが、それをきっかけに世界的に金星探査の気運が高まり、ヨーロッパも金星探査を行うことになりました。「ビーナス・エクスプレス」と「あかつき」は姉妹衛星のようなもので、とてもいい協力関係を築きながらこれまで進んできました。「ビーナス・エクスプレス」は、2003年に打ち上げられた火星探査機「マーズ・エクスプレス」と同じ基本構造を持つため開発期間が短く、先に打ち上げられましたが、「あかつき」が合流したら一緒に観測する計画です。

金星を学んで地球を知る

Q. なぜ金星を探査するのですか?

異なる道をたどった金星と地球
異なる道をたどった金星と地球

金星は「地球の双子星」ともいうべき存在です。金星は、太陽系の中では唯一、地球とほぼ同じ大きさと質量を持っていて、地球と同時期に似たような姿で誕生したと考えられています。金星と地球はどのようにして違う道を歩んできたのか。現在、金星と地球で起きていることはどう違うのか。金星という天体の仕組みが分かれば、ひるがえって、地球のことがもっとよく分かるはずです。例えば、なぜ地球だけが長期間にわたって海を持ったのか、なぜ地球だけが生命のあふれる惑星になれたのかが分かるかもしれません。また、大気量や自転速度が変わると気象がどう変わるのかも分かるでしょう。それが、多くの惑星科学者が金星に興味を持つ、一番の理由だと思います。
また、金星には多くの謎があります。先ほどお話しした不思議な風、スーパーローテーションだけでなく、過去に海があったのかどうか、現在の金星の火山活動はどうなっているかなど、多くの興味深い問題がほとんど解決していないのです。科学者としては追求しないわけにはいきません。


打ち上げに向けた試験が進む

Q. 2010年の打ち上げを前にして、「あかつき」の開発はどのような状況でしょうか?また、これまでの開発で特に苦労された点は何でしょうか?

「あかつき」の振動試験
「あかつき」の振動試験

探査機はほぼ完成して、現在は最後の試験が行われています。例えば、探査機が打ち上げ時の振動に耐えられるかどうかを確認する振動試験や、宇宙環境で機器に問題が発生しないかを調べる真空容器での試験を行っています。
これまでの開発で私たちが苦労した点はいろいろありますが、まずは企画段階で、惑星の気象衛星というユニークなアイデアを多くの人に理解してもらうのに時間を費やしました。開発が本格的に始まってからは、搭載機器が設計どおりに動かないなど、さまざまなトラブルに対処する必要がありました。また、「あかつき」はカメラを5台搭載していて、これらを安定した温度に保つ必要があります。ところが、金星は太陽に近いので昼間側では探査機は強く熱せられ、その一方で金星の影に入ると強く冷やされるため、これがなかなか難しいのです。衛星内の熱の流れや電力の設計で、かなり試行錯誤しました。


  
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