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いよいよ始まる「きぼう」日本実験棟の組立て
日本初の有人宇宙施設「きぼう」 JAXA 宇宙環境利用センター長 田中哲夫
「きぼう」の利用と活動を確かなものに

「きぼう」日本実験棟
「きぼう」日本実験棟

「きぼう」船内実験室
「きぼう」船内実験室

Q.「きぼう」日本実験棟を作る意義を教えてください。また、「きぼう」の役割は何でしょうか?

まずは何といっても日本初の有人宇宙施設(宇宙ステーション)ということです。日本が持つ先端技術を結集してできたものが、「きぼう」です。そして今後、私たち日本人が宇宙で活動していくための拠点になります。さらに人類のために利用していきたいと思います。現在、このような宇宙での恒久施設を持っているのは、アメリカとロシアのみです。それに、2007年は欧州、2008年には日本が加わります。
国際宇宙ステーション(ISS)は、1ヵ国だけでは建設できません。15ヵ国が協力して初めて実現可能になります。その国際協力のもとで、日本がまずやるべきことは、「きぼう」を自分たちのために使うということです。ISSには、「きぼう」の他にも、アメリカや欧州が作った実験棟がありますが、その中で、日本が自分のためだけに、自由に実験できる場所が「きぼう」です。また、ISSの実験棟の中で、「きぼう」は船内実験室だけでなく、宇宙空間にさらされた環境で実験や観測ができる船外実験プラットフォームがあるのが特徴です。
「きぼう」の完成によって日本の宇宙開発は、これまでよりも一歩進んだ時代を迎えることになります。これまでの宇宙実験は、長くても1〜2週間程度のスペースシャトルでの実験でしたが、「きぼう」では長期間の実験ができます。これまでの短期間の実験ではできなかった、生成までに時間がかかる新しい材料の開発や、長期間の宇宙滞在が人体に及ぼす影響を解明することができ、大きな成果が得られると期待しています。
「きぼう」は実験をすることだけが目的ではありません。「きぼう」を建設、運用していくことは、日本が持つ先端的な技術力を結集し、維持、発展させていくことにも役立ちます。さらに人間が宇宙に長期間滞在できる技術を開発することは、日本の科学技術発展に大きく貢献すると思います。実験によって新しい知見を得て、それを産業や医学など私たちの生活に役立てていくことは重要ですが、さらに開発によって新しい技術を獲得すること、国際協力によって国際関係を構築していくことも、大きな役割だと思います。
もう1つの大きな目的は、文化的な活動です。宇宙は、科学に興味のない一般の方たちにも、何かを感じさせる要素があると思います。例えば、 JAXAでは「宇宙連詩」の公募を行っています。これは、連詩を通して、宇宙や地球、生命(いのち)について、国境や文化、世代、専門などを超えて共に考えようという試みです。2006年10月から2007年3月にかけて行われた第1期では、8歳から98歳まで延べ約800名の国内外の方々からご応募をいただきました。完成した宇宙連詩はDVDディスクに記録し、2008年に、土井宇宙飛行士によって「きぼう」へ持っていかれ、保管される予定です。2007年7月からは第2期がスタートし、「星があるの巻」という題で宇宙連詩が編纂(へんさん)されています。宇宙で人が活動するというイメージを、連詩という形で、みなさんが新しい視点を持っていろいろ考えてくださるというのは、「きぼう」での活動にとっても非常に意味があることです。

「きぼう」の船内実験室に並ぶ実験ラック(地上訓練施設)
「きぼう」の船内実験室に並ぶ実験ラック(地上訓練施設)

スペースシャトル(STS-95)で宇宙実験をする向井宇宙飛行士(提供:NASA)
スペースシャトル(STS-95)で宇宙実験をする向井宇宙飛行士(提供:NASA)
Q.「きぼう」ではどのような実験が行われる予定ですか? また、それらの実験が、国民生活にどのように役立っていくのでしょうか?

まず行われるのは、「流体」と「細胞」の実験です。これまで地球の重力の影響で見えてこなかった現象の本質を見抜いていくことが目的です。
「流体」の実験では、微小重力下でおこる対流の性質を観察し、地上では見えにくい「流れ」を知ることを目指しています。半導体などの素材(結晶)を作る際に、この特殊な流れが影響を与えていることが分かっていますが、その詳細な解明はなされていません。性質のよい素材作りを目指すために、この特殊な流れの基礎を「きぼう」で知ることは非常に有効なものと考えています。また、「流体」に関係して、液体から結晶が成長していく複雑な過程の観察を行い、素材作りの中で生じる不純物や不揃いの結晶を減らすなどの効果に期待を寄せています。結晶が作られるしくみが分かれば、新素材の開発など産業に応用していくことができます。特に、私たちの体を構成しているタンパク質の結晶について詳しく分かれば、医薬品の開発への応用が期待できます。
「細胞」の実験では、さまざまな「細胞」を宇宙で培養し、微小重力や地球上にはない宇宙放射線という環境が生体に与える影響について、分子・細胞レベルで解析して、その結果と地上との比較によって、これらの仕組みを解明する実験を行う計画です。例えば、植物の重力感受性の実験です。地上では、植物は重力を感じることによって、根が下に伸び、茎が上へと成長します。植物のどの細胞が重力を感受するのか、地上の実験による仮説はありますが、それを宇宙で実証します。植物の成長のしくみが分かれば、植物の生産効率化など、農業生産にも貢献できます。また、宇宙に長期滞在すると、骨量の減少や筋肉の萎縮がおきますが、骨の形成や筋肉の維持などの細胞レベルでの変化を調べます。これらの研究は、人間が宇宙で長期滞在する時の影響を軽減したり、地上においては、寝たきりによる筋萎縮や、高齢化による骨粗しょう症の予防などに役立ちます。
2010年以降には、水棲生物を用いた実験も計画しています。宇宙のような限られた空間で水棲生物を飼育する技術は日本が最も得意とする分野です。「きぼう」では、日本古来の種であるメダカを用いた実験を本格的に行い、重力が動物個体全体にどう影響するかを調べる予定です。実は、メダカの遺伝子解読が日本国内で進んでいて、DNAの90%が分かっています。そしてメダカの遺伝子と人間の遺伝子は、8割以上が類似していると言われています。ですから、メダカの遺伝子を調べれば、医学の向上に役立つのではと期待されています。例えば、異常のあるメダカを調べ、その原因となる遺伝子を特定できれば、病気を引き起こすメカニズムを解明できると考えられています。メダカは成長が早く、90日間で3世代目まで世代交代が進みますので、90日以上の長期飼育を目標としています。一度も地上の重力を経験していないメダカが、宇宙でどのように成長し、どのような行動をするのか、また遺伝子の活動はどのように変化するのか、とても興味深い実験です。
一方、船外実験プラットフォームで最初に行われるのは、X線天文観測です。宇宙空間の全天空のX線天体を監視し、超新星などの突発現象が起きていないかを調べ、全世界に発信する役目を担っています。また、地球を取り巻く成層圏に含まれるオゾン層を破壊するとされている微量化学成分の観測を行います。これによって、オゾン層がどこまで破壊しているかを知る手がかりになります。その他にも、超高エネルギーの宇宙線の観測など、世界各国からの研究者が参加して開発検討を進めているプロジェクトも検討されており、宇宙空間の真空状態で行われる実験、観測への関心が集まっています。
  
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