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世界が再び月へ!  〜今なぜ人類は月を目指すのか?〜
「秘められた深いロマンを求めて」
水谷仁
科学雑誌Newton編集長
日本の月探査について

Q.これまで日本の月探査はどのような歴史があるのでしょうか?

日本で初めて月へ行った探査機は、1990年に打ち上げられた「ひてん」です。月へ行く航法や、その後の月・惑星探査に必要な省エネルギー航法ともいうべきスウィングバイ技術を習得するためのミッションでした。また「ひてん」は、孫衛星「はごろも」を月周回軌道に投入しましたが、これは残念ながら短時間で寿命を終えています。「ひてん」衛星は地球と月を何度も周回し、1993年4月に月に衝突させてその生涯を終えました。この「ひてん」が、現在に至るまでの日本の唯一の月探査機です。とはいっても、この探査機は月の科学探査を目標にしたものではなく、どのように軌道制御をすれば、無事に月の周りに探査機を送り込めるかという航法技術の研究が主な目的でした。この成果は、その後の日本の惑星探査機だけでなく、世界の探査機技術の向上に貢献しました。そして、少ない燃料でどうやって惑星へ行くかという技術は、後に各国でも使われるようになりました。


1990年に打ち上げられた日本の月探査機「ひてん」


日本の月周回衛星「セレーネ」


計画のキャンセルを検討中の日本の月探査機「ルナーA」

「ひてん」にはドイツの大学との共同実験であるダストカウンターが搭載されていました。これは地球・月空間に飛び交っている宇宙塵の計測を行うもので、私は当時、この実験の日本側の担当をしていました。その塵の実験も大変面白くて、検出器にぶつかった塵を調べると、その中に稀に秒速100km近い速度のものがあって、これは太陽系外から来ていると思わざるをえない塵でした。はるか彼方から来た物質が地球周辺の宇宙空間にあるというのは大きな発見でもあり、「ひてん」は私にとって思い出深い探査機の1つです。

Q.現在、日本が計画している月探査についてはどう思われますか?

1つは、今年の夏に打ち上げられる予定の月周回衛星「セレーネ」です。これは、リモートセンシングによる月探査としては、世界的に見ても非常に高いレベルの探査機だと思います。アポロ以降の月探査機「クレメンタイン」や「ルナ・プロスペクター」をはるかに凌駕する大規模なミッションで、私はアポロ以来最大の成果が得られると期待しています。「セレーネ」には、地形がどうなっているかを調べる高度計、立体画像を撮るカメラ、月の磁場を調べる磁力計、月の岩石の鉱物や、その鉱物がどんな元素を含んでいるかを調べる分光計、月の内部の質量分布がどうなっているかを調べる装置など、15もの観測装置が搭載されています。そんなに搭載して欲張りだと思われるかもしれませんが、これくらいのことをしないと月のことは分かりません。
アポロ計画で月のことはもうほとんど分かっただろうと思っている人が多いかもしれませんが、それは間違いです。逆に、月の謎はまだほとんど解き明かされていないと言ったほうがよいでしょう。というのは、これまでの観測で月のことが分かっているというのは、主に空間分解能が数km以上の範囲で分かっているという意味で、それが数mの細かさで明らかにされたらまったく新しい世界が広がるかもしれません。例えば、ピンボケの画像を持っていても、それで本当の姿は分かりませんよね。ピンボケでない焦点の合ったシャープな画像と、化学組成や鉱物組成のデータがないと、月の謎を解明する道はなかなか先へ進めないということです。
また、日本には他に月探査衛星「ルナーA」計画がありました。これは、ペネトレータという観測装置を月面に突き刺して、月の内部構造を調べるものです。「セレーネ」とは観測方法が少し違いますが、いずれにしても、月がどうやって生まれたか、月がどうやって45億年の進化を遂げてきたかを明らかにするという同じ目的をもっています。この「ルナーA」が成功すると、将来的には月面ネットワーク探査へとつながっていくと思います。ネットワーク探査とは、月の内部構造を調べるためのミッションで、月の内部を知るためには、地球の地震計ネットワークのようなものを月面上に張り巡らす必要があります。観測網を月全体に広げていくと、月の中身がよく分かるはずです。「ルナーA」はペネトレータの技術は何とか大丈夫なところまでこぎつけたのですが、当初の予定から随分と時間が経ちすぎたので、母船の老朽化が気になり、いったん衛星計画としてはキャンセルすることを宇宙開発委員会に提案して、検討していただいています。何らかの形で、いずれペネトレータの技術が日の目を見ることを期待しています。その日を心待ちにしています。

Q.「セレーネ」による観測で最も期待している点はどこですか?

すべてに興味があります。画像はこれまでにない高画質なもので、月面の地形が非常によく分かるようになると思います。高さの情報が入った立体画像になるので、一般の方にとっても大変面白いものになるのではないでしょうか。
あえて個人的に最も興味があることを挙げるとしたら、月の磁場の観測です。現在、月の磁場はないと思われていますが、不思議なもので、ところどころに月の岩石が磁気を帯びた地域があるんです。これを磁気異常といいますが、それが何なのか今はよく分かっていません。この磁気異常の様子を詳しく調べると、ひょっとしたら、月が誕生してから何億年か何十億年かまでの間に磁場があったという大発見ができるかもしれません。月の磁場を明らかにするということは、惑星の磁場がどうやってできたかという謎に答えることにもなります。私たち地球の磁場も原理的には分かっていても、どうしてできるかはまだ解明されていません。原理的にというのは、地球の中心部は鉄でできていて、電気を流す液体があり、その液体の中の運動が磁場を起していると言われていることですが、未だに、どういう運動があると磁場ができるかというのは分かっていません。月のような小さい天体にも磁場があったとすると、火星などすべての惑星にも本当は磁場があって、今はたまたま消えているという話になるかもしれません。惑星の磁場の研究は、現代の地球惑星科学の大きな課題になると思います。

Q.日本は今後どのような月探査を進めたらいいと思いますか?

月探査の分野で日本が進むべき道は、太陽系がどうやってできたかということと密接に関わる研究をしていったらよいと思います。月がどうやってできたかという謎の解明です。月の誕生から、最初の10億年くらいの間のことを調べるような探査をしたらよいと思います。
月がどうやってできたかという説にはいろいろありますが、一番人気があるのは、地球に火星ほどの大きなものがぶつかって、その時にできる塵が集まって月ができたという説です。人気があるのは、説明がしやすいという点であって、私は個人的にはそんな大きなものが地球にぶつかるわけがないと思っています。地球ができる時には、微惑星といわれる小さい物体がどんどんぶつかってできたわけですが、それと同じように、月も地球の周りの微惑星が密集した地帯でできたのではないかと思っています。

Q.「セレーネ」の観測で月の起源は分かるのでしょうか?

ある意味では分かります。「セレーネ」の観測によって、月の最初の地殻がどのようにしてできたのかが分かると思います。地殻が最初にできた時の熱さが分かると、月の誕生直後にどのような温度状況だったかが分かってきます。その温度状況によって、月がどれくらいの速さで作られなければいけないかが分かります。それが10年なのか100万年なのかは分かりませんが、少なくても1ヶ月でできたのではないということが分かると、月の起源説にも影響がでてくると思います。なぜなら、もし地球に大きな物体が衝突して月ができたとすると、その塵が周りに飛び散ってしまわないうちに、1ヶ月以内という速いスピードで月ができないといけないんです。


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