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世界が再び月へ!  〜今なぜ人類は月を目指すのか?〜
月探査の世界について

Q.今、世界ではどのような月探査計画が進められているのでしょうか?


月面天文台(提供:NASA)

まず、月を技術開発の場として利用しようという流れがあります。アメリカは、有人火星探査の中継基地として月を使いたいと思っています。火星へ行くには片道2年で往復4年もかかりますが、月には3〜4日で着きます。その月で数ヶ月滞在して地球に帰ってくるというシミュレーションをすれば、惑星空間に長期滞在するための訓練になるでしょう。その練習の場として月を使うというわけです。また、月で宇宙船の燃料が調達できれば効率がよいですね。そういった資源開発にも世界は興味を持っています。日本にもぜひそういった技術開発に取り組んでほしいと思います。
また、月を利用した宇宙観測をしようという流れもあります。月は昼間が14日間ですが、夜も14日間続きます。地球上の天文観測は12時間たらずの夜の間に行わなければなりません。それが連続して観測できる時間が14日間もあったら、これまでの地球上の観測とはずいぶん違った観測ができるに違いありません。宇宙の果てまで観測できるようになるかもしれませんね。さらに、月の裏側に行くと、地球の光や電波といった妨害がありませんから非常に天文観測に好都合な環境です。月の裏側で電波望遠鏡を使って観測をすると、新しい波長域の電波で宇宙を見ることができるかもしれません。かつて、赤外線やX線による観測で新しい発見があったように、月の天文台でもきっと新しい発見があるでしょう。月の天文台は日本でも構想が練られています。
アメリカ以外の月探査では、昨年ヨーロッパ月探査機「スマート1」が月に行きましたが、これは主に電気推進の技術を開発するためで、その技術は水星探査ミッションなどに使われる予定です。現在ヨーロッパでは特に月探査計画はありませんが、いずれ世界と協力して月探査をするという動きになると思います。その他に、中国が今年の春頃、インドが来年の初めに月探査機を打ち上げる予定があります。これは「セレーネ」と同じように、リモートセンシングで月の上空から月を探査します。ロシアも日本の「ルナーA」と似たような、ペネトレータを使って内部構造を調べるという月探査機を計画しています。

Q.これまでの月探査ではどのようなことが分かったのでしょうか?

今までの月探査で分かったことで一番大きいことは、「月が誕生した頃は高温で、マグマオーシャンというマグマの海があったということ」の発見ではないでしょうか。アポロ以前は、月は非常に静かに誕生し、そのまま冷たい状態を保った天体だと考えられていました。しかし、アポロの宇宙飛行士が持ち帰った岩石を調べると、どれも30億年前よりも古い年代で作られていて、その頃に溶けて冷え固まったものであることが分かりました。ということは、月が誕生した直後は、少なくとも表面付近は非常に温度が高かったことになります。これは後に、月の高温起源説と言われる所以になったものですが、月がそうであったということは、他の惑星もみなそうだったと考えざるをえません。月ほど小さいものでも、生まれる時に熱くなるということは、もっと大きい惑星はもっと熱かったはずなので、地球は月よりも熱かったはずです。惑星も生まれた時は高温だったにちがいありません。それまでは、他の惑星も生まれた時は低温で、冷たい塵芥(くず、かす)からできたと言われていましたので、そういう意味では、惑星の誕生の根本的な考え方を月の探査が変えてしまったといえるでしょう。
マグマオーシャンと惑星の高温起源説というのは、太陽系すべての惑星のキーワードになったほどです。ただ、マグマオーシャンについては、どれくらいの深さのマグマの海があったかというのはまだ謎なので、これはぜひ「セレーネ」に答えてほしいと思います。


月のさまざまなクレーター(提供:NASA)

2つ目の発見は、月のクレーター密度は、古い地表で高く、新しい地表で低いということです。クレーターとは天体の衝突によってできたものです。クレーターの密度は、ある単位面積中にあるサイズ以上のクレーターがいくつあるかを数えて出します。新しい地表というのは黒っぽく見える所で、「海」と呼ばれています。そこは、天体の衝突によって月の内部から出た玄武岩質の溶岩が、それ以前にあったクレーターを覆った場所です。アポロが持ち帰った月の海の石を調べると、30億年から40億年前までの新しい年代のものだということが分かりました。一方、白っぽく見える所は「高地」と呼ばれていて、クレーターがたくさんあります。そこの石を調べたところ、40億年以上古い場所であることが分かりました。これはおそらく、火星などのようにクレーターがある他の惑星にも同じことがいえるでしょう。すなわち、惑星表面のクレーター密度からその場所の形成年代が分かるということで、これをクレーター年代学といいます。月の探査によって確立されました。
3つ目は、月の地形学上の発見です。月の表面には、溶岩が溢れ出して作られた、1000km、2000kmにおよぶ広大な溶岩の平原、海と呼ばれる場所があります。このような広大な平原は、地球にはないけども、他の岩石質の惑星にも見られる共通の性質です。また、月の場合は、直径2000kmくらいの巨大なクレーターがあります。月の直径の2分の1くらいの大きさです。これは、惑星をほとんど壊すか、壊す寸前まで行くような衝突の大きな傷跡で、同じような巨大クレーターは他の惑星にも見られます。おそらく、地球にもあったのでしょうが、今は消えて見えません。月には、巨大な溶岩平原、巨大なクレーター、クレーターの真ん中にある山(中央丘)などの珍しい地形があるのが分かりました。これらの地形は惑星の典型でもあり、どのようにしてできたかはまだ謎です。その謎を解明するには月を調べればよいと思います。月を調べたら他の惑星もみな分かります。月は惑星科学の教科書のような存在で、その教科書を読めば他の惑星のことも理解できると思うからです。
4つ目の発見は、月の磁気異常で、これは先ほど話しました。月の磁場は「セレーネ」の観測によって、もっと興味深いものになるでしょう。他にもいろいろありますが、大きい発見は以上の4点だと思います。

Q.有人月探査のプラス面とマイナス面についてどう思われますか?


地質学者が初めて月へ行ったミッション、
アポロ17号(提供:NASA)

有人探査のマイナス面はお金がかかるということです。安全面を重視した宇宙船が必要なので、大規模なミッションでないとできないでしょう。しかし、私は有人探査も必要だと思います。多くの人は、人間がやれることはロボットができると思っているかもしれませんが、私は必ずしもそう思いません。ロボットができないことで一番大事なことは、探査する場所に行くと、人間の想像力がかきたてられるということです。イマジネーション、あるいはインスピレーションとも言います。例えば、地質学者は自分で山を歩いていろいろな岩石を採取してきて調べるんですが、これをもし他の人に頼んで岩石を取ってきてもらって調べても、立派な研究はできません。どういう場所に、どういうふうにして岩石があるのかを現場で見て、いろいろ考えていると、その地層、あるいはその地域がどのようにしてできたかというイメージが沸いてくることがよくあるんです。これは、自分がその場所に行かなければ分かりません。いくらデータをたくさん集められても、ロボットではインスピレーションは沸かないと思います。人間の場合、頭にデータが入っていて、それにちょっとしたヒントがあった時に、インスピレーションが沸くんです。それは、現場に自分が立ってみないとできません。ですから、私は月へ行くのは地質学者、あるいは科学者であるべきだと思いますね。

Q.月探査の世界における、日本の役割というのはどうあるべきだと思いますか?

日本の役割は、まずは、得られたデータをなるべく早いうちに公開して、世界の人と研究することだと思います。月の探査、惑星探査というのは、自国が費用を出して行いますが、それによって得られた情報は世界の共通財産だと思います。世界中の人が一緒に情報を手にしましょうというのは大事です。ただ、分担という意味では、日本は岩石や、月の中身を調べるという研究がとても進んでいますので、そういうところを分担してやるとよいと思います。


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