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スペースシャトルが自分を育ててくれた

宇宙へ行けばリスク以上に得るものがある

Q. 1986年のチャレンジャー事故と2003年のコロンビア事故によって、どんなことを感じましたか?

コロンビア事故の後、飛行再開に向けた耐熱タイル修理開発試験に参加する若田宇宙飛行士(提供:NASA)
コロンビア事故の後、飛行再開に向けた耐熱タイル修理開発試験に参加する若田宇宙飛行士(提供:NASA)

スペースシャトルは世界中の人々に有人宇宙活動を身近な存在にしてくれた宇宙船ですが、それと同時に、人間が宇宙に行くことがいかに大きなリスクを伴っているかを教えてくれたと思います。1986年のチャレンジャー事故の後、約2年半飛行が中止されて事故の原因究明や安全対策がとられ、大事故はもう起きないだろうと感じていた方も多かったかもしれませんが、2003年のコロンビア事故で、その危険性を再認識させられたのです。これらの事故によって、いかに安全な初期設計が重要であるかを思い知らされました。
また、例えば、自転車が走っている時にキーキーと鳴るようになったらどこかに不具合があるように、機械というのは壊れる前にその兆候があります。そのような機械のトラブルを大事故が発生する前に察知することは、設計や運用の基本であると感じました。実は、帰還したスペースシャトルの耐熱タイルに傷が付いているという事象は以前から確認されていました。ところが、誰もそれが大事故につながるという判断ができなかったんです。設計時に予想していなかった不具合事象が発生した時に、その抜本的な解決を図らないまま運用を続けることが、いかに危険であるかがよく分かりました。
一方で、アメリカ国民による有人宇宙活動に対する絶大な支持というのも感じました。事故の後、アメリカは有人宇宙活動から撤退することなくスペースシャトルの再開に臨みましたが、それはアメリカ国民による強い支持があったからなんですね。絶対に安全な宇宙船はなく、リスクはあるけれど、宇宙に行けばそのリスク以上に得るものがある。有人宇宙活動を通して得られる成果は大きく、その営みでアメリカがリーダーシップを取り続ける事の重要性を米国市民がしっかり見据えている感じがしました。

Q. 2005年7月に約2年半ぶりに再開されたスペースシャトルのミッションには、同僚の野口宇宙飛行士が搭乗しました。このミッションをどのような思いで見ていましたか?

スペースシャトルに異常がないかを検査するOBSS(提供:NASA)
スペースシャトルに異常がないかを検査するOBSS(提供:NASA)

飛行再開ミッション(STS-114)では同僚の野口宇宙飛行士が搭乗し、船外活動で重要な仕事を担当する事に加え、私が開発に参加したOBSS(センサ付き検査用延長ブーム)を軌道上で初めて使うということで、気が気ではありませんでした。OBSSはスペースシャトルの熱防護システムに損傷がないかを調べる検査機器です。
飛行再開に向け、許容できるところまでリスクを低減させスペースシャトル飛行の安全性を大きく向上させなければならなかった事は明らかですが、ISS計画を成功させるためにはスペースシャトルはなくてはならないものでした。コロンビア事故調査委員会からは、事故の原因になった外部燃料タンクの断熱材の剥離(はくり)を無くすこと、機体の熱防護システムが損傷を受けたとしてもそれを軌道上で発見できる検査能力を持つこと、損傷が安全な帰還に影響を与える場合には軌道上で修理する能力を持つことなどが提言されました。そこで開発されたのがOBSSです。
STS-114の打ち上げでは、外部燃料タンクの断熱材の剥離が確認されたので、OBSSを使った機体の詳細検査が集中的に行われることになりました。機体のどこに断熱材が衝突したかは分かっていましたので、その場所までOBSSをどのように移動させるかを考えなければなりません。野口さんら軌道上にいるSTS-114クルーが翌朝起床する前に、OBSSチームの皆で夜半までその手順を作り、それを翌朝軌道上でOBSSを操作するクルーに伝えて、実際に作業が行われる時には地上管制局で見守りながら支援を行いました。ですからミッション中は寝る時間もわずかで大変でしたが、軌道上のクルーをはじめ運用チーム全員が素晴らしい仕事をしてくれたので無事に全ての作業を行い帰還できたのだと思います。その時は、スペースシャトル飛行の安全性を高めるための物作りに参加でき、貴重な経験になりました。宇宙飛行士冥利に尽きる仕事でしたね。

受け継がれるスペースシャトルの技術遺産

Q. スペースシャトルの退役を知った時の心境を聞かせください。

NASAが開発中の有人宇宙船MPCV(提供:NASA)
NASAが開発中の有人宇宙船MPCV(提供:NASA)

世界中の多くの方々に宇宙への夢を届けてくれた乗り物ですから、本当に寂しいかぎりです。今NASAが開発している有人宇宙船MPCV(Multi-Purpose Crew Vehicle)はちょっと見るとアポロ宇宙船のようで、先祖返りみたいな印象があるかもしれませんが、その中に搭載されている技術は、スペースシャトルの経験も含めて洗練されたものになっています。スペースシャトルの開発と運用の経験があるからこそ、より信頼性や経済性の高い宇宙船を開発することができるのだと思います。
さらにアメリカでは民間企業による有人宇宙船の開発も進められています。これまでNASAでスペースシャトルやISSの開発や運用に携わってきた技術者や地上管制官、宇宙飛行士だった人たちの中には、民間主導の宇宙船の開発企業に転職している人もいます。スペースシャトルの技術遺産は、そのような形でも受け継がれていっていると思います。

Q. スペースシャトルなどを通じて学んだ有人宇宙技術を、今後の日本の宇宙開発にどう活かすべきだと思いますか?

「きぼう」の船内実験室で作業を行う若田宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
「きぼう」の船内実験室で作業を行う若田宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)

スペースシャトルによる宇宙飛行、そして「きぼう」日本実験棟や宇宙ステーション補給機「こうのとり」の開発と運用を通して日本が学ぶことができた重要な技術の一つは、安全性をいかに高めるのかということだと思います。そこで作業をする人間の安全を確保しながら、運用をしていくことの難しさを学び、その考え方や手法を習得しました。特に「きぼう」の開発と運用では、どのような根本的な考え方に基づいてシステムを構築していけば、納得できるレベルの安全性に、効率的に到達できるのかという知見を獲得できたと思います。筑波宇宙センターでは、24時間体制で「きぼう」の運用を行っていますが、これも高水準の技術と経験があるからこそできることです。
このように、日本には、「H-IIA」に代表される信頼性の高いロケット、地球観測や情報通信、測位などの様々な人工衛星、恒久的な有人宇宙実験施設である「きぼう」や宇宙ステーションへの補給を可能にする「こうのとり」など、安全性・信頼性技術、運用管制技術などを含む、世界に誇れる多くの高水準の宇宙技術があります。それらは、日本が科学技術立国として生きていくための、重要な根幹技術と言えるでしょう。そういう意味でも、これまで私たちが学び、確立してきた日本の有人宇宙技術を次の世代に継承していく必要があるのだと思います。
また、有人宇宙活動の安全性に関するノウハウは、交通システムやエネルギー関係の巨大システムなどにも貢献できる重要な技術だと思います。これまで私たちが習得したことを、宇宙に限らず多岐にわたる分野で活かしてほしいと思います。

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