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  Q. 科学を一般の人たちに分かりやすく伝えるためにはどのようにしたら良いと思われますか?

中村先生 写真 申し訳ありませんが、私は、誰かに何かを教えるというのがあまり得意でありません。自分が大切だと思うこと、自分がおもしろいと思うことに夢中になってしまうのです。今、私たちは人間の歴史の中で、初めてゲノムという切り口を手にしました。私はそれを基にいろいろ考えることが非常におもしろいと思っていますが、自分がこんなにおもしろいと思っているのだから皆もおもしろいに違いない、私がおもしろいと言えば一緒におもしろがる人はいるだろうと勝手に思ってしまうのです。
 この研究館に、生きものなんて全く関心がないと思っている人を連れてきて説教をする気はありません。ただ、私と同じような感覚をもっている人は大勢いるだろうと思います。例えば、ゲノムをもっと実感できる場所があれば、自分がおもしろがりながら、皆もおもしろがることができる。そういう場で自分の仕事をしようと思って創ったのが生命誌研究館です。
 研究館は「ホール」なんです。学校でも研究所でもなく、リサーチホールです。例えば、コンサートホールには音楽好きな人が集まります。そこで一流の音楽家が自らも楽しみながら演奏をする。音楽家は音楽からいろいろなものを得ている人です。それを、私のような素人が聞き、一緒に音楽に巻き込まれていくわけです。音楽が嫌いという人を無理矢理連れて行くということはしませんが、来てくれた人には一流のものを心を込めて差し出すのがコンサートホールです。それに相当するものが科学にも欲しいと思って、リサーチホールを創りました。
 

オサムシの標本
オサムシの標本
新生命誌絵巻
新生命誌絵巻

 一般の方たちとのコミュニケーションという点では、オサムシの研究を行いました。私たちが知りたいことは、どうして多様な生きものがそれぞれ特徴ある形でできたのか、しかもお互い無関係ではなく、関係があるこの世界をどうやって作ってきたのか?ということです。もちろん一番知りたいのは人間のことですが、ここは人間を直接調べる場所ではありません。そこで具体的に何の生きものにしようと思った時に、昆虫を選びました。その理由の1つは、昆虫が多様性の権化だからです。今地球上の生きものは5000万種類と言われていますが、その半数以上が昆虫なのです。
 こちらに、研究館の開館10周年記念で和田誠さんに書いていただいた新・生命誌絵巻があります。一番下が、地球上に生命体が誕生した38億年ほど前で、そこから、多様な生物が生まれ、現在のような豊かな生物界になり、皆関係があるということを表した絵です。同じような生命誌絵巻を、研究館を始める時に作りましたが、そこにはまだ書き込めていなかった部分がありました。その1つは地球です。和田さんの絵には、地球がどのように変化したかが描かれています。生きものは地面の上や海の中にいたわけですから、地面がどう動き、海がどう変わったかということと非常に関わりあっています。また、絵で水色になっているところは氷河期で、生きものが絶滅したところです。一番上には現在の生きものが描かれています。その大きさは種の数を表しています。ですから種の数が多い昆虫が大きく、ほ乳類は小さく描かれているのです。この絵巻を見ても分かるように、多様性の象徴は昆虫です。しかも昆虫は小さく集めやすいという利点もあり、いろいろな研究で使われることが多いです。
 また、一般の昆虫愛好家の方たちがたくさんいるということも非常に魅力的でした。専門家である私たちはゲノムを切り口に調べていきますが、そうではなく、自然界でどんな風に虫たちが生きているかを、私たちより遥かに知っている方たちがいるのです。そういう方たちが、自分の仕事のように関心をもち、ただ何かを教えてもらうのではなく、私たちも教えてあげますという姿勢で協力してくださいました。
 日本のオサムシの研究の時は、九州から北海道までのオサムシを集めましたが、それを自分たちで調べて実際に行っていたら何年かかったか分かりません。例えば、北海道のオサムシのことなら任せておいてという方たちに、こちらが必要とする最適なものを標本にして送ってもらい、専門家である私たちがDNAを分析してそのデータを伝えます。そうすると自分のやったことが形で出てくるため、オサムシを集めてくださった方たちは嬉しいですよね。私たちも、北海道のオサムシのことを教えていただいて嬉しいですから、一方的に教えるという関係ではなく、教える、教えられるという関係ができるのです。私たちは、この関係をこれからも続けたいと思っています。


 
 
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