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学生を育てる衛星プロジェクト

Q. 先生が超小型衛星のプロジェクトを数多く行っている目的は何でしょうか?






これまで重量が1kg、5kg、10kgといった超小型衛星がなかったため、そんなに小さい衛星が本当に軌道上で動くのか、あるいは動いたとしても、どれくらいの時間生き残れるのかを確かめるのが最初の目的でした。
それと同時に、学生に衛星プロジェクトのすべてを経験させるという実践的な教育目的もあります。ミッションの構想、シナリオ、設計、製作、試験、打ち上げ、運用を通じて、学生たちは多くのことを学びます。工学の教育というのは、物を設計したり製作するだけでなく、実際にそれを現場の世界に投入して、ちゃんと動くのかどうかを確認して、初めて完結します。しかし従来の大型衛星では、開発から打ち上げまでに10年近くかかるだけでなく、費用も何億円とかかります。一方、超小型衛星であれば、そんなにお金と時間をかけなくても、学生が研究室に入ってから卒業するまでの数年の間に、自分で作った衛星を現実の世界で動かすという経験ができるのです。
これまで2機打ち上げて、宇宙で動くものを作るという最初の目的はある程度達成しましたので、これからは実用に近い仕事をやろうと考えています。その第一歩として行っているのが、衛星写真の無料配信サービスですが、今後はもっといろいろなミッションが出てくると思います。新しいことに挑戦すれば、失敗をすることもあると思いますが、それは学生にとって大きな勉強になりますので、今後も学生にはいろいろな経験をさせたいと思っています。


Q. 学生主導でプロジェクトを進めていらっしゃるのですか?


「XI-IV」を製作中の学生たち(提供:東京大学中須賀研究室)


「XI-V」の打ち上げ成功を喜ぶ学生たち(2005年10月27日)(提供:東京大学中須賀研究室)





プロジェクトを自分で動かすということが1つの勉強だと思っていますので、私はあまり口を出さないで、学生に任せるようにしています。研修室には20名程の学生がいますが、メインCPUや通信系、姿勢制御系、熱構造系などいくつかのサブシステムに分かれて数名のチームを組み、それが集まって全体のチームとなります。プロジェクトマネージャーや実験主任も学生が行い、マネジメントやチームワークなどを学んでいきます。学生なりにプロジェクトをきちんとマネジメントしていると思いますが、最初はうまくいきませんでした。1999年にプロジェクトを立ち上げた当時は、感情論になって学生同士で喧嘩をすることもありましたが、だんだん慣れていくにしたがって、学生たちもうまくマネジメントするようになりました。こちらがこうやりなさいと指示するのではなく、学生自身で解決方法を見つけていくことが大切だと思います。こうして彼らが培ってきたプロジェクトのマネジメント方法は、とても貴重なノウハウとして研究室に残り、それが次の世代にも受け継がれています。
まずミッションのアイデアを出すことから始まり、ある程度ミッションが定義されてくると、今度はそれを実現するための概念設計、それから詳細設計、エンジニアリングモデルの製作、試験(放射線試験、熱・真空試験、振動試験など)、フライトモデルの製作、打ち上げ、運用というプロセスを、実質1年半くらいで行いますから、学生は本当にすごいと思います。そして何よりも、学生が「楽しい」と言って参加してくれているので嬉しいです。
私たちは、軌道上の衛星から最初に来る電波をファーストボイスと言っていますが、それを聞く時は最も感動します。最初に東京上空を通過する時にピーコピーピーというビーコン音が聞こえると、これまでのいろいろな苦労がそこで全部報われたような感じで、皆抱き合って、泣く者もいます。こういう感動を味わえるのも、学生にとっては良い経験です。技術、仲間、感動、いろいろなことで学生が得る部分が多く、私から見る限り、学生たちはプロジェクトを進めていく中で確実に成長しています。技術的だけでなく人間的にも成長する彼らの姿を見るのが嬉しくて、私自身もこのプロジェクトに楽しんで参加しています。


Q. 先生は以前から小型衛星の製作にご興味があったんですか?


CCDカメラによる飛行時の撮影、
地上への送信を行った「CanSat」3号機
(1999年打ち上げ)(提供:東京大学中須賀研究室)



いいえ。私は大学院から博士課程まで理論研究が中心で、あまり物づくりをしたことがありませんでした。工学者としては、自分が作ったものが実際に動くことが嬉しいわけですが、宇宙の場合は研究したものがすぐに反映されませんし、大学の持つ設備や予算では限度があると感じていたのです。その後、宇宙の研究をするようになりましたが、知能工学が中心で、卒業後も外資系のコンピュータ会社に入社して人工知能を研究していました。
その後また大学に戻って理論研究やシミュレーションベースの研究を行っている時に、アメリカ側からの提案で、日米の大学が集まって宇宙プロジェクトを立ち上げることになりました。1998年にハワイで会議が開かれ、そこで知り合ったアメリカのスタンフォード大学の先生の発案で、缶サイズの衛星を作ろうということになりました。私が小さい衛星に関わるようになったのはその時からです。私には、衛星というのは何百kg、何tという概念しかなかったため、最初は缶サイズの衛星なんてできるはずがないと思っていました。半信半疑で始めたプロジェクトでしたが、1999年に「CanSat(カンサット)」を砂漠で高度4kmに打ち上げて、小さくても衛星として機能することを実証し、その後の「CubeSat(キューブサット)」へと続きます。



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