近年、JAXAは宇宙に関するビジョンを発表しましたが、これはJAXAだけのビジョンであり、日本はまだ国の宇宙計画(宇宙政策)のあり方について決めかねているようです。これは1969年に国会がNASDAの設立を決めた際、その目的は平和利用のみと宣言したことと関係しているのではないでしょうか。多くの国にとって「平和」は自国の安全確保も意味しますが、日本は自国の安全確保のため、情報収集衛星を重要な要として開発してきました。日本では現在、国の安全確保、攻撃を目的としない宇宙利用を検討するため、「平和」の定義を広げることに関する論争が繰り広げられています。宇宙が社会へもたらす影響を考慮すると、賢明なアプローチだと私は思います。
宇宙開発に関する見解について、緊張状態とまでは言いませんが見解の相違は存在します。まず、宇宙開発は地球の私たちの生活改善のため、例えば通信、インターネット、ナビゲーションシステムなどのアプリケーションやサービスなど、直接社会に利益をもたらすものとする見解です。こういったことは大変良い事だと思います。コスト面でもメリットがあり、正しいサービスだと判断されたら必ず実現します。もう一方は、宇宙探査・科学に重点が置かれます。日本のようにインテリジェンスと豊かな経済に恵まれた国は、太陽系と太陽系外探査に乗り出すべきだと思います。これは私たちの生活向上のためというより、むしろ人類の文明のためなのです。私たち人類には未知のものに対する冒険の精神と好奇心が必要です。近い将来、日本にも太陽系と太陽系外探査にぜひ参加して頂きたいです。
3つの組織があるのは非能率的ですから、NASDA、NAL、ISAS(宇宙開発事業団、航空宇宙技術研究所、宇宙科学研究所)の合併は正しかったと思います。しかし、それぞれに独自の長い歴史と文化があります。そういった3つの組織を1つの効率的な組織にまとめるのはそうそう簡単ではないはずです。10年くらい必要かもしれません。合併してJAXAになってからまだ3年で、お互いの間でまだ多少の緊張感と、それぞれのアイデンティティを保守しようとする姿勢が見受けられます。
私は忍耐と強いリーダーシップが必要だと思います。また統合しながらも、それぞれの組織の長所を認識することも大切ではないでしょうか。いずれにせよ、時間と根気が必要だと思います。
日本には、小型科学衛星や素晴らしい応用科学、地球や気候変化のモニターに必要な情報を提供する大型衛星、高性能推進システムを持つ優れたH-IIAロケットなどありますが、日本の宇宙計画は十分に世界に理解されていないようです。残念ながら日本の宇宙開発の内容とレベルについて、あまりよく伝わっていないと思います。世界のあちこちで宇宙関係者以外の人たちから、「日本には宇宙プログラムがあるか?」と訊ねられることがあります。世界の人々は日本に優れた宇宙プログラムがあるだろうと思ってはいても、それについての情報がないようです。
私からというよりも日本の方たちがアドバイスをして、JAXAが社会の興味を満たす活動をする方がいいのではないでしょうか。JAXAは、その活動が政府の優先事項と日本社会に結びつくことを願っています。部外者の私がアドバイスするとしたら、広く国内に宇宙の有益性を唱え続け、多くの人に宇宙の可能性と必要性を理解してもらうことでしょうか。日本ではほとんどの車にナビゲーションシステム(GPS)がついていますが、GPSは衛星のおかげであると考えてみたことがある人がどれくらいいるでしょうか。クレジットカードの認証も衛星を使って行われていますし、テレビも衛星中継が日常的にあります。このように、宇宙には現代生活の一部が集約しています。JAXAは、日本社会のそういった面での可能性を高める手助けをしてきたと思います。それに加えて宇宙探査の分野でも世界的に先導的な役割を担っています。「はやぶさ」による小惑星探査は素晴らしいミッションでした。今後の成果が期待されています。そして間もなく「セレーネ(SELENE)」が月へ行きます。日本は本当に素晴らしい活動をしていますが、それによって生み出される利益を社会がきちんと理解、認識することが大切だと思います。
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