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果てしない宇宙の謎にせまる 〜日本が誇る天文観測衛星の成果と未来〜 私たちに最も近い星、太陽の新しい素顔 太陽観測衛星「ひので」 プロジェクト化学者 清水 敏文 「ひので」は、太陽観測衛星「ようこう」の後継機として、2006年に打ち上げられました。可視光、紫外線、X線の3台の望遠鏡で太陽を高い解像度で観測できるのが特長です。太陽は私たちの地球に最も近い恒星で、さまざまな爆発現象が絶えず発生しています。「ひので」は、太陽で重要に働くさまざまな物理過程の理解をめざしています。このような基礎研究を通して、太陽が地球周辺に与える影響を予測する宇宙天気予報にも貢献します。

Q. これまでの代表的な成果は何でしょうか?

「ひので」は、JAXAと国立天文台が中心となり、アメリカ、イギリスの研究機関と共同で開発されました。そして、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が地上局でのデータ受信をサポートするなど、全世界の宇宙機関が参加する国際ミッションです。世界中の研究者が誰でも「ひので」を用いた観測を提案したり、取得したデータを解析したりすることができ、世界に開かれた「軌道上太陽観測天文台」として太陽のさまざまな活動を高精細に観測しています。

コロナが加熱するしくみを探る
太陽縁上空のコロナ中に浮かぶ低温ガス。ガスが振動する様子からアルヴェーン波を初めてとらえた。
太陽縁上空のコロナ中に浮かぶ低温ガス。ガスが振動する様子からアルヴェーン波を初めてとらえた。

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コロナとは、太陽の表面から2000kmほど上空にある大気層のことで、100万℃以上もある高温のガスです。太陽の表面温度は約6000℃に対し、太陽を取り囲むコロナはどうして100万℃以上の超高温になるのでしょうか。これは太陽最大の謎です。太陽エネルギーは、太陽内部から表面に伝わるので、上空へ行くほどエネルギーが逃げて温度が下がるはずです。しかし、太陽表面からコロナの大気層では、上空に行くと急激に数百倍に温度が上がります。その理由はまだ分かっていませんが、太陽表面の対流・乱流運動が持つエネルギーの一部が、磁力線を媒体として上空に供給され、ガスを加熱していると考えています。
具体的な物理過程としては、大きく分けて2つの考え方があります。1つ目は、太陽表面の爆発現象が上空を温めているという説です。太陽の表面で起きる大爆発を「フレア」といいますが、それよりも爆発の規模が小さい「ナノフレア」といわれる現象がたくさん起きて、それがエネルギー源となりコロナを加熱するという考えです。2つ目は、磁力線が太陽表面の対流運動などによって揺さぶられることで、磁力線上に波が発生して、波としてエネルギーがコロナに伝わり、加熱するという考えです。
「ひので」は、磁力線上に発生した波をとらえることに初めて成功しました。ここで紹介する画像には、中央付近に太陽の縁が映っています。その上空には、水平方向に筋状にのびる雲のような構造を多数見ることができます。これは、コロナの中に浮かぶ低温のガスです。そのガスの運動を調べると、上下に波打っていることが明らかになりました。これは、「アルヴェーン波」と呼ばれる磁力線に沿って伝わる波を見ているのだと考えています。目に見えない磁力線が存在し、それが波によって揺さぶられているのを観測しているのです。この波の振幅は非常に小さいため、これまで見つけられませんでしたが、「ひので」の可視光磁場望遠鏡によって初めて発見されました。
太陽の大気中のアルヴェーン波を初めて検出し、磁力線を伝わる波が存在することは分かりましたが、これでコロナの加熱を説明できるかはまだ結論が出ていません。しかし、その可能性を観測的に初めて示したという意味で、大きな成果だと思います。
太陽風の発生源をとらえる

太陽からは、「太陽風」と呼ばれる荷電粒子(プラズマ)が絶えず太陽系空間に流れ出ています。太陽の表面で大爆発(フレア)が起きると、大量のプラズマ雲が太陽系空間に放出されますが、フレアが全く起きていなくてもプラズマ流が流れ出しています。この太陽風が地球の磁場と相互作用すると、地球の磁場を乱し、衛星の電子機器の誤作動などの影響をもたらすことがあります。このように太陽風は私たち地球とも密接な関係にありますので、その発生のしくみを理解することはとても重要です。
「ひので」は太陽風が吹き出すようすをX線の動画として初めてとらえました。太陽の極に見られるコロナがない領域、「コロナホール(コロナの穴)」からは、秒速約900kmにも達する高速太陽風が吹き出していることが知られていますが、これとは別に秒速400〜600km程度の比較的ゆっくりした太陽風も存在することが知られています。この太陽風がどのような場所から吹き出しているのかは、分かっていませんでした。しかし、「ひので」のX線望遠鏡は、太陽の低緯度に存在し、黒点が多く磁場の強い領域である「太陽活動領域」と、コロナホールの境界付近でコロナの中のガスが磁力線に沿って上空に流れ出ているのをとらえたのです。太陽のほとんどの磁力線は太陽表面に戻ってきますが、この境界付近の磁力線は太陽に戻らず、宇宙空間へと伸びていることも分かりました。コロナから出たガスは、磁力線に沿って宇宙空間へと飛び出し、私たちの太陽系を満たしているのです。
太陽風の最大の謎は、その加速メカニズムです。X線観測でとらえた表面付近での流れは秒速140kmでした。しかし、太陽風は地球に近づくと、速いもので秒速約900km、平均しても秒速500〜600kmあります。太陽風はどこでさらに加速されて地球に到達するのでしょうか。太陽風が加速されるメカニズムを解明することも今後の研究テーマです。

太陽活動領域上空のコロナ。左上の暗い部分で上空に流れ出すプラズマ流の様子をとらえた。
太陽活動領域上空のコロナ。左上の暗い部分で上空に流れ出すプラズマ流の様子をとらえた。

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太陽表面でダイナミックに振舞う磁力線をとらえる

「ひので」の可視光磁場望遠鏡は、約0.2秒角の解像度を持つ望遠鏡です。太陽表面に存在する100〜200km程度の磁力線構造を分解できる能力があります。今までにはなかったこの優れた能力によって、太陽表面に生えている磁力線がダイナミックに振舞う様子をさまざまな形でとらえることに初めて成功しています。
太陽表面に存在する磁力線は一様に分布しておらず、「微細磁力管」と呼ばれる約0.2秒角の太さをもつ管状をした強い磁場単位に量子化され存在しています。この微細磁力管を太陽表面の対流・乱流運動が常に揺り動かす姿や、微細磁力管が作られる過程を動画でとらえています。また、太陽表面に存在する磁力線のほとんどが、微細磁力管として存在すると今までは考えられていましたが、太陽表面に対してほぼ水平に寝た磁力線が、微細磁力管として存在する磁力線よりも多く存在し、太陽表面の対流で浮き上がったり沈み込んだりすることも発見されました。このように磁力線がダイナミックに振舞う現場では、音速に近い、また音速を超える速さで表面のガスが磁力線に沿って流れたりすることも観測されています。
また、表面の真上に存在する低層大気、彩層では、小さなジェットや彩層ガスが上空に噴き出すことが日常的に起きていることを初めてとらえました。彩層ガスからの光をとらえるフィルタで太陽の縁付近を撮影した動画は、彩層ガスがコロナに延びる目に見えない磁力線に沿って噴き上がる様子を見事にとらえています。今後詳細なデータ解析によって、ダイナミックに振舞う磁力線とガスが織り成す活動が、どのような物理過程で引き起こされているかが詳細に調べられていきます。

太陽黒点およびその周辺における磁場(視線方向成分)の分布。白黒は磁場の正負極を表している。
太陽黒点およびその周辺における磁場(視線方向成分)の分布。白黒は磁場の正負極を表している。

彩層で発生した微小なジェット
彩層で発生した微小なジェット


  
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