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日本人初めての宇宙長期滞在を達成して 〜若田宇宙飛行士による国際宇宙ステーション長期滞在〜

宇宙を利用した医学の発展は人類の課題

Q. 宇宙医学実験を、地上の生活にどう役立てたいですか?

国際共同で行われた長期間ベッドレスト実験
国際共同で行われた長期間ベッドレスト実験

地上での寝たきりの状態は、骨に負荷がかからないため、宇宙の微小重力環境と同じです。そのため、ずっと寝たままでいると宇宙にいるときと同じように骨の代謝バランスが崩れ、骨量が減少します。ベッドの上なら重力もあるし、寝返りを打つなど少し動けば違うように思えますが、骨には宇宙とほとんど同じぐらいの負荷しかかかっていないのです。
2000年から2001年にかけて、JAXAとヨーロッパ宇宙機関、フランス国立宇宙センターの共同でベッドレスト(長期寝たきり)実験を行い、ビスフォスフォネートを試験的に使ったことがあります。この実験は、被験者が3ヵ月間ベッドの上で寝たままの状態でいて、身体にどのような影響があるかを調べるというもので、被験者はトイレも食事もベッドの上で行いました。すると、寝たままの状態では大腿骨の骨密度が1ヵ月当たり 2%以上も減り、X線により砂状の尿路結石が3人に1人の割合で検出されました。宇宙で運動器具を使用しながら長期滞在した宇宙飛行士の骨密度が平均して1ヵ月で1.5%ほど減りますので、それよりも減少率が大きいことになります。一方、ビスフォスフォネートを投与した被験者は、実験が終了した後も骨量は変わらず、尿路結石もありませんでした。
今問題になっている高齢者医療の現場では、寝たきりの方が大勢います。中には、おむつ骨折といって、おむつを替えるために体位変換するだけで骨折をする人がいます。骨が弱くならないよう事前に治療をすればよいのですが、今の日本の保険医療は「この病名で治療するならいくら」と主病名で診療報酬が決まる包括医療システムですので、本来の病名と直接関連しない骨粗鬆症に対しては診療報酬が出ないため、十分な治療がなされていないのが現状です。ビスフォスフォネートを用いた実験の成果を広めることで、患者さんやご家族の方から「あの治療をしてくれませんか」と言えるくらいの知識を啓蒙することも必要なのではないかと思っています。

Q. 「きぼう」の完成で日本人による宇宙活動が本格化しました。このことで、これからの日本の医学がどう変わると期待しますか?

実験の作業を行う若田宇宙飛行士(提供:NASA)
実験の作業を行う若田宇宙飛行士(提供:NASA)

これは日本人に限らず、医学の発展は人類としての課題です。国際宇宙ステーションほどの、国際的な巨大プロジェクトはほかに例がありません。国際的な協力のもとで、人種を超えて検討できる機会でもありますから、いろいろな国の人に参加してもらって、より多くの国民に還元することが大事だと思います。「健康に活かす」というのは平和利用の最たるものだと思いますので、医学的な成果が大きければ、国民の宇宙開発に対する理解も深まるのではないでしょうか。
骨以外の分野で、宇宙医学実験の成果を期待しているのは筋肉量の低下です。宇宙での微小重力環境では、骨もそうですが筋肉の喪失も非常に大きいのです。超高齢社会の中で、日常的に介護を必要とせずに、自立した生活ができる生存期間を意味する「健康寿命」をいかに延ばすかが大きな課題となっていますが、筋力の低下は寝たきりの大きな原因になります。骨折が防止できたとしても、運動機能を維持するためには、筋力が必要なのです。ですから運動器全体として、宇宙での骨強度低下と共に筋力の低下を防ぐための研究はとても重要だと思います。宇宙飛行士の場合は帰還後に運動することで時間をかければ回復しますが、高齢者に対しては運動をしなくても回復する方法が必要です。例えば、筋肉の形成に深く関わる遺伝子転写の制御因子の研究が行われており、新たな創薬の重要なターゲットになっています。これができれば宇宙でも地上でも筋力低下の防止に還元できるでしょう。
また、目まいの研究にも宇宙医学実験の成果が期待されます。無重力での目まいや宇宙酔いの研究が進んで、いい治療方法が見つかれば、地上での乗り物酔いにも役立ちます。宇宙で骨や筋力の低下がおきたり、宇宙酔いすることを考えると、重力の負荷が人間の日常生活や健康に、目に見えないところでいかに大きな影響を及ぼしているかが分かります。重力の負荷がない宇宙と、負荷がある地上を行き来する過程で起きる問題に対して、医学的な研究を行うことは、地上での新しい治療や予防法を生む可能性があります。特に、寝たきりなどによる骨や筋力の低下を防ぐという高齢社会における医療の課題に対しては、重要な情報源になると思いますので、ぜひこれからも宇宙での実験を続けてほしいと思います。

Q. 先生の今後の目標をお聞かせください。

今回のビスフォスフォネートを用いた実験の結果を詳細に解析して、きちんと発表することが当面の目標です。私たちは、地上で寝たきりの実験やそれに対するビスフォスフォネートの効果などを検討した上で、今回の宇宙実験を行いました。地上で行われた寝たきり実験の結果などを見ると、ビスフォスフォネートが骨量減少や尿路結石に役立つことが分かりますので、宇宙でも効果を発揮すると期待しています。今回の実験は一部の宇宙飛行士に参加していただきましたが、将来的には、ほとんどの宇宙飛行士がビスフォスフォネートを用いることで長期宇宙滞在に伴う合併症が防止できればと思います。そして骨の心配を取り去った上で、筋力の低下や、まだ克服されていない健康の問題を克服し、より長期の宇宙滞在が可能になればと思います。さらに、これらの成果を高齢社会における今後の医療に少しでも多く還元することを将来的な目標としたいと思います。

松本俊夫(まつもととしお)

徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 生体情報内科学 教授、医学博士

1974年、東京大学医学部医学科卒業。1977年に東京大学医学部第1内科入局。1978年、米国エール大学内科に研究員として留学。1981年、東京大学医学部第4内科に入局。1987年、東京厚生年金病院内科医長。1988年、東京大学医学部第4内科講師。1996年、徳島大学医学部内科学第一講座の教授となり、2004年より現職。2006〜2009年には徳島大学医学部長・大学院医科学教育部長を務める。専門は内科で、特に内分泌・代謝、骨代謝。

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