若田宇宙飛行士が搭乗したディスカバリー号(STS-119)の打ち上げ(提供:NASA)
問題というよりも、計画の見直しをすることが大変でした。若田飛行士が宇宙へ行くスペースシャトルSTS-119(15A)の打ち上げが1ヵ月遅れましたが、その当時は帰りのシャトルSTS-127(2J/A)の打ち上げは、当初の予定どおり6月でした。ですから、短期間で作業を完了させなければならず、運用計画を見直す必要がありました。結果的には、その帰りのシャトルの打ち上げも1ヵ月延期されることになってしまい、さらに計画を見直すことになりました。通常、スペースシャトルの打ち上げでは、延期を想定して1週間分の作業計画を事前に準備し、打ち上がったらどんな作業をするかに加えて、打ち上げが延期したら何をするかも決めています。しかし、1ヵ月という大幅な延期に対して見直しをかけるのはなかなか難しく、先行して実施できる作業を識別し、手順作成の前倒しや計画調整を行うのに苦労しました。また、計画を変更するときには、運用管制の人員シフトなども考慮する必要がありました。
計画を立てるときには、作業が予定よりも早く終わった場合にやってもらう作業を用意しています。これを「タスクリスト」と言っていますが、若田飛行士は滞在1ヵ月が過ぎた頃から宇宙ステーションでの生活にも慣れ、作業を効率的にどんどんやってくれるようになったので、そのリストに何か入れてもすぐになくなる状況でした。そのうえ、打ち上げが1ヵ月も延期されるとは予想していなかったので、「タスクリスト」を十分用意できなかったのです。そのため、若田飛行士に「やることがあればやります」と言われてもなかなかお願いすることができず、すぐにタスクを用意できたNASAに若干出遅れた感がありました。この教訓から、計画変更が生じてもリソースを十分に活用し、軌道上の限られた時間をいかに有効的に使うかを学びました。
完成した「きぼう」日本実験棟(提供:NASA)
1年前、私は「きぼう」で実施するシステムや実験運用の計画調整を担当する運用管制員で、若田飛行士の長期滞在ミッションの準備をしていました。そして、昨年の11月にフライトディレクタの認定を受け、先輩のフライトディレクタや運用管制員、知識豊富な技術者の方々から、日々多くのことを教わりながら運用を続けてきました。私は第19、20次長期滞在ミッションを担当させてもらいましたが、これは日本人宇宙飛行士による初めての長期滞在、ミッション中に3人体制から6人体制への移行、そして「きぼう」が完成するという時期に運用メンバーとして携わることができたことをとても嬉しく思います。また、「きぼう」に関わる大勢の方にご支援いただいているからこそ、この約1年間大きなトラブルもなく、宇宙での作業ができているのだということを実感しました。
ミッション中によく注目されるのは宇宙飛行士と運用管制員ですが、実は、もっと多くの人たちが関わっています。「きぼう」を開発した技術者、実験の研究者をはじめ、非常にたくさんの関係者が運用と準備に携わっているのです。そのため、準備の段階から各担当者間の連携と情報共有を図り、チームワークを発揮する環境づくりをすることが重要だと思います。また、万が一の故障や事故を想定した訓練は、宇宙飛行士が地上にいるときだけではなく軌道上でも定期的に行っていますが、日頃から危機管理の意識をもって、今後も安全に運用していきたいと思います。
ISSへドッキングする前のHTV(提供:NASA)
「きぼう」が完成し、今後は、実験運用やメンテナンス作業が中心となります。運用の質を落とさず、効率化を図るために、運用管制員が別のポジションを経験して専門分野を広げたり、フライトディレクタをはじめ管制員を増やすための追加訓練が必要だと思います。また、新しい分野を切り開くためにも、「きぼう」を使って多種多様な実験に対応できるようにすることも重要です。一方、メンテナンスについては、「きぼう」はこれまで大きな問題もなく順調ですが、これから運用を続けていくと、確率的には機器の不具合が発生する可能性も高くなってきます。システム機器や実験装置に故障が起きたときの対応は訓練を受けていますが、重要な機器はスペアをきちんと準備しています。このように、安全に運用を続けるため常に万全な状態で備えておかなければなりません。
また、状況確認のためのコミュニケーションの重要性を改めて認識しましたので、日本人宇宙飛行士に限らず、「きぼう」で実験運用をしてくれる外国の宇宙飛行士などとも、用途に合わせてコミュニケーション・ツールをうまく活用したいと思います。
そして、9月18日(日本時間)には、H-IIBロケットで打ち上げられた宇宙ステーション補給機(HTV)が初めてISSにドッキングして、各国の物資を運ぶことに成功しました。これは日本の宇宙開発の新しい時代の幕開けです。ISS計画の運用を継続するためには、物資補給は不可欠ですから、HTVはとても重要な役割を担うことになります。今後定期的に打ち上げられるHTVを、宇宙できちんと迎えることができるよう、より一層チームワークを強化していきたいと思います。
「きぼう」によって習得した技術やノウハウが、将来的に日本独自の有人宇宙施設を持つ上で基礎になることは間違いありません。しかし、その施設を宇宙で維持するために必要な技術の中で、日本にはないものがいくつかあります。例えば、生命維持や環境を制御するシステム、健康管理を行う医療機器や運動器具などは、現在、アメリカとロシアに依存しているのです。また、ISSにおける、アメリカやロシアの運用を直接目の当たりにする貴重な機会や教材もありますので、将来の装置開発にも反映して、日本の高い技術でよりよいものができると思います。個人的には、「きぼう」を活用して、日本にはまだない技術の実証試験を計画してほしいと期待しています。
「きぼう」運用管制室にて、西川フライトディレクタ。後ろのモニタに写っているのは、国際宇宙ステーションにドッキングしたHTV。
本年12月には野口宇宙飛行士による約半年間の長期滞在が開始されますが、若田飛行士のミッションの時に経験したことを活かし、新たな運用にチャレンジしたいと思います。また、来年には山崎飛行士がスペースシャトルに搭乗して国際宇宙ステーションへの補給ミッションに参加し、古川飛行士による長期滞在ミッションも予定されています。私は山崎飛行士と古川飛行士が宇宙飛行士の基礎訓練を行うときの実施担当をしたこともあり、彼らが宇宙で活躍するときにはぜひ一緒に運用をしたいですね。これまでの訓練を経て、いよいよ宇宙へ行く彼らを支援して、ミッションを成功させたいと思います。
JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 JEM運用プロジェクトチーム 主任開発員
早稲田大学大学院人間科学研究科卒業後、1997年に宇宙開発事業団(現JAXA)に入社。国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗する宇宙飛行士候補者に対する基礎訓練、ISS計画の利用推進に関する国際調整、「きぼう」日本実験棟(JEM)運用開発プロジェクトチームで「きぼう」の射場作業等に従事。2008年11月に「きぼう」日本実験棟運用管制チーム、フライトディレクタの認定を受け、2009年4月より第19、20次長期滞在ミッションを担当。