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失敗の本質
    宇宙航空研究開発機構宇宙基幹システム本部 事業推進部長/宇宙輸送プログラム推進室長 遠藤 守

 日本の純国産大型ロケットの開発は、H-IIにはじまり、H-IIAへと進化していきました。
 H-IIでは、5号機、8号機と2回失敗しましたが、どちらも原因は液体ロケットエンジンの問題でした。日本の液体ロケットエンジンは、まずアメリカから技術を導入し、H-IIで純国産化を実現して、H-IIAでようやく成熟したものです。一方、今回の事故の原因となった固体ロケットエンジンは、1955年のペンシルロケット以来、長年にわたって国産技術を蓄積しており、近年ではH-I、M-V、H-IIなどで使用されましたが、2000年のM-Vロケット4号機以外に大きな失敗はありませんでした。
 H-IIからH-IIAへの改良当初、設計や開発段階がM-Vロケットの失敗以前だったということもあり、日本の固体ロケット技術を過信していたのは事実です。しかし、6号機の事故を踏まえて客観的に考えると、システム全体を洗練させ、部品点数を減らし、信頼性を向上させると同時にコストを半減させることを目標にした結果、小型化しながらパワーアップした固体ロケットブースターは、従来のH-IIのものとはかなり異なる設計になっていました。

 
固体ロケットブースター(SRB-A)地上燃焼試験
固体ロケットブースター(SRB-A)地上燃焼試験

 H-IIAの固体ロケットブースターは、燃焼圧力が従来の2倍という、これまでにない画期的なものでした。地上試験で予想以上にノズルの断熱材が削られる現象がみられたため、当初予定していた3回の地上試験に2回を加え計5回実施し、最終的には、穴があくまで削れることはないという判断を下し、H-IIA試験1号機を打ち上げたのです。それ以降、5号機まで失敗することはなかったので、技術は確立されたと考えていました。しかし、今回の事故の兆候を見抜けなかったことで、改めて宇宙開発の難しさを知ることになったのです。

 自動車や航空機、家電製品などは、利用の場である地上で徹底的に模擬実験をすることができますが、ロケットは宇宙に行くためのもので、地上試験だけでは本来不十分です。しかし、宇宙で試験をすることは現実的に不可能なので、ある程度の地上試験を経て、実際に打ち上げてみなければ総合試験とはなりません。
 ですが、ロケットの打ち上げは非常にコストがかかるため、限られた機会の中で打ち上げをしつつ、改良していかなければならないのが世界的な現状なのです。「不確実なものに、何十億円もする衛星を乗せて打ち上げるのか?」とおっしゃるかもしれません。しかし、私たちの生活には、人工衛星をはじめ、宇宙のインフラが不可欠になっています。リスクがあってもチャレンジし、乗り越えていかなければならないのです。その価値があるからこそニーズがあり、ロケットを打ち上げる能力があるなら、それに応えていかなくてはなりません。

 現在、日本の宇宙開発は、つま先立って世界のトップレベルに並んでいる状態で、これから踵を地につけて世界と肩を並べるには、さらに経験や技術力が必要です。今回の事故もこの背伸びをした状態に過信が重なり、問題の本質を見抜けなかったのだと思います。
 宇宙開発はいまだ途上の過程にあり、それを成功させるためには、新しい大規模システムをまとめ上げることができる経験と広範囲な知識、そして技術力が必要です。危険を察知する嗅覚は、多くの経験の中から養われます。その点で、アメリカやロシアは長年の経験を蓄積しており、それが総合力となって堅実な宇宙開発が実現できているのです。

第1段エンジン(LE-7A)燃焼試験
第1段エンジン(LE-7A)燃焼試験

 今後、日本の宇宙開発、ロケット開発の信頼性を高めるためには、技術の裾野を広げ、総合的な判断ができる人材を育成するとともに、さらに経験を積んで未然に危機を予測し発見する能力を養わなければなりません。
 今回の失敗は、日本の純国産大型ロケットをさらに確固たるものにするための大きな試練であり、貴重な経験となりました。今こそ、これを大きな教訓とし、私たちの技術力を高め、経験を積んで、世界最高水準の信頼性の高いロケットに洗練させることが必要なのです。

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