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私たちの地球を守るために〜環境問題に貢献するJAXAの取り組み〜 雲・エアロゾルを立体観測する 雲エアロゾル放射ミッション/雲プロファイリングレーダ 「EarthCARE/CPR」プロジェクトマネージャ 木村 俊義
地球大気の鉛直断面図を作成
「EarthCARE(Earth Clouds, Aerosols and Radiation Explorer)」は、全地球の雲・エアロゾルを3次元的に観測する日欧共同ミッションです。エアロゾルは、大気中に存在するほこりや塵の微粒子で、雲の元になるものです。エアロゾルを核として水分が凝結して雲粒となり、それが雲を作ります。EarthCAREは、雲の立体構造を観測して鉛直(垂直)断面図を作成するほか、雲に含まれる水分量の計測や雲粒子の大きさ、雲の上昇や下降などの動きを高い精度で観測します。2013年にヨーロッパのロケットで打ち上げられる予定です。
雲・エアロゾルの温暖化への影響を調べる
雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」(提供:ESA)

雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」(提供:ESA)


雲のない晴天の時と、雲が空一面にある時では体感温度が違うように、雲は地球の温度と大きく関係しています。雲は、陸や海から放射される熱を吸収し、地球を温める効果がある一方で、太陽からの放射光を反射し、地球を冷やす効果もあります。この温室・冷却効果は、多層になっている雲の厚さや形、高さ、雲に含まれる水分量、雲粒の大きさなどによって変わります。例えば、高い位置にある雲は地球を温め、低いところにある雲は地球を冷やします。
また、エアロゾル自体も太陽からの光を反射したり吸収したりする特性がある上、エアロゾルがあるかないかで雲の性質も大きく変わります。例えば、エアロゾルが多いところでできた雲と、少ないところでできた雲では、雲ができて消えるまでの時間(寿命)や、明るさなどが違います。しかし、これまで雲やエアロゾルの立体構造を高精度に全球観測した前例がほとんどないため、これらの現象がどうして起きるのかが科学的に解明されていません。雲はその大きさ(数km〜数百km)から、地上からの観測だけでは雲全体を詳細に観測することができなかったのです。EarthCAREは、これらを衛星観測することによって雲やエアロゾルが地球温暖化にどのような影響を与えるのか、地球全体の気候の仕組みとどうつながっているのかを明らかにします。
雲の数値モデルを向上させる
雲の三次元構造を観測するEarthCARE(提供:ESA)

雲の三次元構造を観測するEarthCARE(提供:ESA)


EarthCAREは、日本とヨーロッパが協力して開発を進める国際共同プロジェクトです。主な観測機器は、雲プロファイリングレーダと大気ライダーです。日本として情報通信研究機機構(NICT)と共同で開発する雲プロファイリングレーダは、94GHzの高い周波数の電波を使って、雲粒の大きさや水分量、雲の鉛直構造を観測します。さらに、衛星搭載用のレーダとして史上初めて、雲粒の上昇速度や下降速度なども測定し、雲の中の対流の様子を明らかにします。
雲粒は小さいため、高い周波数の電波でなければ観測できません。そのためには電波を大出力で放射できる送信管と大型で鏡面精度の高いアンテナが必要です。しかも、ミッション実施予定の3年間、連続してずっと電波を出し続けなければならず、これまでは技術的に開発が困難とされてきました。しかし、NICTの長年の研究によって、大出力送信管の寿命達成に目処が立ち、JAXAが行っている、94GHz帯の衛星搭載観測センサとしては世界最大の直径2.5mを誇るアンテナの開発にも目処が立ちました。これにより、現存する衛星搭載雲レーダの約10倍の高い感度で観測を行うことができます。
一方、ヨーロッパが開発する大気ライダーは、雲プロファイリングレーダでは観測できない、更に小さなエアロゾルや非常に薄い雲を観測します。このライダーと雲レーダを組み合わせることによって、大きさの違う雲粒とエアロゾルがどの範囲に、どの高さに広がっているかを同時計測し、雲とエアロゾルの三次元構造を明らかにします。雲の鉛直構造だけでなく、雲の生成・消滅の過程や雲とエアロゾルの相互作用などについて新しい科学的知見が得られることが期待されており、数値モデルの精度を飛躍的に向上させたいと思います。
未来の気候を正確に予測する
(図2)気候変動予測の人間活動に関わる主要誤差要因(出典:IPCC-AR4/WG1, 図SPM-2, 訳:気象庁)

(図2)気候変動予測の人間活動に関わる主要誤差要因(出典:IPCC-AR4/WG1, 図SPM-2, 訳:気象庁)

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(図1)複数の数値モデルによる地球平均地上気温の予測(出典:IPCC-AR4/WG1, 図SPM-5, 訳:気象庁)

(図1)複数の数値モデルによる地球平均地上気温の予測(出典:IPCC-AR4/WG1, 図SPM-5, 訳:気象庁)

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IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2007年に発表した最新報告によると、100年後の地球は確実に温暖化すると予測されています。この予測は、これまでの観測などによる気候の数値モデルを用いて、スーパーコンピュータでシミュレーションしています。日本、アメリカ、ヨーロッパなど世界各国で独自に予測を出していますが、ある国の100年後の予測は地球の温度が今よりプラス2℃になり、別の国の予測はプラス6℃になるというように、地球の平均気温の予測に4℃も差があることが分かりました。(図1)過去100年の地球の平均気温の上昇が0.7℃程度であることから考えると、4℃の差はとても大きく、これでは正確な予測とはいえません。
また、人間生活に関わる気候の要素がどれくらい温暖化、または冷却化に影響しているかをまとめた表があります。(図2)この表によると、二酸化炭素(CO2)やオゾンなどの変化は温暖化に、そして、エアロゾルの変化は冷却化に影響を与えていることが分かります。そこで1つ注目していただきたいのは、グラフに示されている横棒です。これは、誤差の範囲の線です。例えば、エアロゾルや雲が冷却方向に働いているのは分かりますが、それが2W(ワット)影響しているのか、0.5W影響しているのかは定かではありません。ここの不確実性が、先ほど申し上げた4℃の誤差の最大要因だと言われています。ですから、EarthCAREの観測でエアロゾルや雲のことがよく分かってくると、この誤差がどんどん縮まっていくことが期待されています。気候変動の予測の精度向上すれば、世界各国が具体的にどう環境問題に対応していけばよいかという指標をより正確に確立することができると思います。
他の衛星と観測を総合的に行う
JAXAでは、複数の衛星をつかった総合的な地球観測を推進しています。EarthCAREは、同時期に打ち上げられるJAXAの水循環変動観測衛星「GCOM-W」(2011年打ち上げ予定)や全球降水観測計画「GPM」(2013年打ち上げ予定)と連携をとって観測を行います。雲は、エアロゾル(塵)と水蒸気が合わさって生成され、いずれは雨になったり、蒸発して消滅します。この一連の過程が分からなければ、雲がどういう動きをしているかをすべて把握することはできません。これを1基の衛星で観測するのは難しいですが、他の衛星を組み合わせることによって、全体像が観測できます。GCOM-Wは大気中の水蒸気の量を、EarthCAREはエアロゾルから雲が生成される過程を、GPMは雲が雨となって落ちるときを観測するといった具合に連携しているのです。
また、雲・エアロゾルなどを観測する気候変動観測衛星「GCOM-C」が検討されていますが、この衛星はEarthCAREよりも広い範囲を観測できます。EarthCARE が水平方向に約150kmの幅を観測できるのに対し、GCOM-Cは約1450kmの幅が測れます。しかし、EarthCARE のように雲の鉛直構造を観測することはできません。この2つの衛星の結果を合わせることによって、広範囲の3次元分布を評価できます。
アメリカのNASAは、2006年、世界初の雲を3次元観測する衛星、「CloudSAT」を打ち上げました。EarthCAREは日欧共同ミッションと申し上げましたが、アメリカとも研究協力を積極的に行っています。お互いの研究員を交流させるほか、アメリカの結果を聞いてEarthCAREの仕様に反映させるなど、とてもよい関係にあります。特に、観測データの利用や評価という意味では、日米欧の3極体制で協力していきたいと思います。
生活に役立つ情報の提供
EarthCAREの観測データは、連携する他の衛星と同じく、JAXAの地球観測研究センターで処理を行い、一般に公開します。ただ、衛星のデータを直接一般の方が使うのは難しく、地球シミュレータを持つ海洋研究開発機構、気象庁、国立環境研究所、東京大学気候システム研究センターなどの数値気候モデル研究機関が主に利用することになると思いますが、一般の方には目で見てわかる図の形で、ウェブなどでの公開を計画しています。データ解析のアルゴリズムの開発など、研究機関とはデータの使用方法についても共同で作業を行っています。
EarthCAREの大きな目的は、気候変動の予測精度を高めることです。社会の変化に対応して、気候はどのように変わっていくのかを正確に測定し、日本だけでなく国際的な標準モデルとして、地球温暖化や気候変動を考えていく上で、必ずや貢献できるプロジェクトです。また、EarthCAREの観測データは、天気予報の精度向上にも役立つ可能性があると考えられており、気象関係者の方からも興味を持っていただいています。そして、みなさんの毎日の生活にも役立つ情報も提供していければと思っています。


関連リンク:
木村 俊義(きむら としよし)
JAXA宇宙利用ミッション本部 雲エアロゾル放射ミッション/雲プロファイリングレーダ「EarthCARE/CPR」プロジェクトマネージャ。博士(理学)
1987年、京都大学理学部卒。同年、宇宙関連メーカーに入社し、環境観測技術衛星「みどりII」に搭載されたグローバルイメージャ(GLI)の開発などに従事。2001年、宇宙開発事業団(現JAXA)に入社し、技術研究本部及び地球観測利用研究センター(現地球観測研究センター)に所属。GOSAT, GCOM, EarthCAREミッションの初期スタディなどに従事。2002年、東京大学にて博士(理学)取得。2008年より現職。
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