ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


私たちの地球を守るために〜環境問題に貢献するJAXAの取り組み〜 地球の水循環の変動をとらえる  全球降水観測計画/二周波降水レーダ「GPM/DPR」 プロジェクトマネージャ 小嶋 正弘
3時間毎に地球全体の降水を観測
全球降水観測計画「GPM (Global Precipitation Measurement)」は、地球全体の降水(降雨・降雪)を高精度かつ高頻度に観測するミッションです。計画の中心となる主衛星と複数の副衛星を使って、地球全体の降水、雪やしとしとと降る弱い雨から熱帯スコールのようにざーっと降る強い雨までを、これまで以上の高い精度で観測し、3時間毎に地球全体の降水マップを作成することを目標としています。主衛星は、2013年にH-IIAロケットで種子島宇宙センターから打ち上げられる予定です。
異常気象の解明と水資源の管理
全球降水観測計画「GPM」

全球降水観測計画「GPM」


現在、地球温暖化が世界的な問題となっていますが、地球の温暖化が進むと地球上の水循環が活発になり、集中豪雨や洪水、干ばつといった異常気象を引き起こすと言われています。GPM計画では、地球全体の降水状況を詳細に観測し、地球温暖化にともなう水循環の変化を正確に把握します。降水量や雨域の変動を観測し、異常現象の解明にも貢献します。また、地球温暖化を予測するためには、「気候モデル」という数値モデルを用いてスーパーコンピュータでシミュレーションを行いますが、この精度を向上させるためには、高精度の降水データがとても重要です。GPM計画では、正確な全地球の降水データを取得し、気候モデルの精度向上にも貢献できます。
地球は水の惑星と言われ、地球上の全ての生命にとって、水は欠かせないものです。しかし、地球上のほとんどの水は海水であり、飲み水には適しません。飲み水は淡水で、その源となるのが、雨や雪です。淡水は飲み水として使われるだけでなく、農作物の生産など人類のあらゆる活動に必要な資源です。ですから地球上の降水を精度よく観測することは、河川管理やダム貯水量の調整など水資源管理にも役立ちます。
天気予報の向上や洪水対策に役立つ
TRMMがとらえたサイクロン

TRMMがとらえたサイクロン


GPM計画の前身は、1997年に打ち上げられた熱帯降雨観測衛星「TRMM(Tropical Rainfall Measuring Mission)」です。TRMMは、地球全体の降雨量のうち約3分の2を占める熱帯や亜熱帯地域に降る雨を観測する日米協力ミッションです。打ち上げから10年以上経った現在も観測を続けています。日本はこのTRMMで、世界で初めて衛星搭載用の降雨レーダを開発し、3次元の降水分布の観測に成功しました。その成果が世界的に評価され、GPM計画へと発展したのです。GPM計画は、TRMMの発展型ミッションとして、これまでにない高精度の降水データが取得できるのではないかと全世界の科学者や研究者からの期待が寄せられています。
もともとTRMMは研究目的の衛星で寿命は3年でした。雨は大気中の水蒸気(気体)が液体になって落ちてきますが、気体が液体になるときにエネルギーを放出します。地球の大気中に雨が降るときには熱が放出され、それが大気を加熱し、地球全体の大気循環の動力源となっていると考えられています。その大気大循環のメカニズムを観測するのがTRMMの目的でした。しかし、衛星が長生きしてくれたおかげで様々な研究が進み、現在では、TRMMのデータを天気予報や洪水予測など、実利用に使おうという取り組みが進んでいます。TRMMの成果と実績を踏まえて、GPM計画では地球規模の水循環を把握するだけでなく、一般の方たちの生活に役立つ、実利用への貢献も強く意識しています。例えば、地球全体の雨の観測データを3時間毎に提供することによって、天気予報や台風予測が今までよりも正確になります。また、河川流域の降雨量を観測することによって、どこで洪水が起きるか警告を出すこともできます。豪雨や洪水は自然災害の60%を占めると言われていますが、事前に警報を出すことによって、その被害を軽減することができるでしょう。国内だけでなく、台風や洪水などの災害が多いアジア諸国にも貢献できればと思っています。
主衛星と副衛星による高精度・高頻度の観測
GPM計画の主衛星

GPM計画の主衛星


GPM計画では、主衛星と副衛星群を組み合わせて、高い頻度の観測を行います。雨は、とても短い周期で降ったり止んだりを繰り返す現象です。主衛星だけでは観測頻度が不十分なため、変化の激しい雨を正しく観測することができません。副衛星の数が増えれば、観測する頻度が増し、より正確なデータを得ることができます。現在のところ、6〜8基の副衛星を想定しています。
主衛星には、二周波降水レーダ(DPR:Dual-frequency Precipitation Radar)とマイクロ波放射計が搭載されます。二周波降水レーダは、Ku帯と Ka帯という2つの周波数帯を持つ2台のレーダで構成されます。レーダですから、鉛直方向を含む降雨の3次元観測ができます。Ka帯のレーダはTRMMの降雨レーダと比べて感度が非常に高く、弱い雨や雪の観測を得意とします。Ku帯のレーダは強い雨の観測を得意とします。ですから2つのレーダで調べることによって、雪や微弱な雨から熱帯地方で降る強い雨まで、降水の全てを精度よく観測できます。また、2つのレーダを同時に使うことにより雨の粒の大きさの分布などもわかり、これも降水の推定精度向上に役立ちます。一方、主衛星や副衛星に搭載されるマイクロ波放射計は、雨粒や氷の粒からのマイクロ波を観測して降水量を推定します。マイクロ波は、地表や大気からも放射される波長の短い電波です。主衛星のDPRは、雨粒に電波を照射しはね返ってきた電波の強さを測定するので、雨を直接的に観測できます。それに比べてマイクロ波放射計は、地表や大気中のいろいろな物質からのマイクロ波を観測し、その中から雨粒による寄与を推定することになるため、DPRに比べると雨を推定する精度は劣ります。しかし、主衛星で取得した高精度のデータを使って補正することにより、マイクロ波放射計からの雨の推定精度を向上させることができます。このように、主衛星と副衛星のデータをうまく組み合わせることによって、地球全体の降水を高い頻度(3時間毎)と高い精度で観測することができるのです。
日米が中心となる国際協力ミッション
GPMは国際協力ミッションで、主衛星は、JAXAとアメリカのNASAが協力して開発します。最も重要な観測機器である二周波降水レーダは、JAXAが情報通信研究機構(NICT)の協力を得て開発しています。現在、詳細設計や地上試験モデルの製作と試験を実施しているところです。副衛星については、NASAやアメリカ海洋大気局(NOAA)、欧州気象衛星機構(EUMETSAT)、フランス国立宇宙センター(CNES)、インド宇宙研究機関(ISRO)、ブラジルなど国際パートナーからデータが提供されます。JAXAが2011年に打ち上げる予定の水循環変動観測衛星「GCOM-W」とも、協力して観測を行います。また、衛星が打ち上がったあとの観測機器の検証や、地上でのデータ処理などについても、日米が中心となって国際協力体制で進める予定です。
長期的な全地球降水データの蓄積
熱帯降雨観測衛星「TRMM」

熱帯降雨観測衛星「TRMM」


私たちはTRMMで大きな成果を上げ、水循環の観測は日本の得意な技術として、国際社会に貢献できる分野の1つになりました。GPM計画は、2003年に京都で開催された「第3回世界水フォーラム」において、計画の早期実現の要望を受けるなど、国際社会から大きく期待されています。また、2005年にブリュッセルで開催された「第3回地球観測サミット」で策定されたGEOSS10年実施計画でも、地球観測が貢献する9つの社会利益分野の1つに水循環観測が挙げられ、GPM計画は重要なミッションとして位置づけられています。地球環境問題を解決するという世界レベルの政策課題に応えるためにも、強い責任感を持ってプロジェクトを進めていきたいと思います。
また、現在活躍中のTRMMの寿命は、GPM計画の主衛星が打ち上がる2013年まで延びる可能性があります。GPM主衛星は5年以上の観測が期待され、TRMMと合わせると、20年以上の長期間にわたるレーダによる降水観測データが蓄積されることになります。高精度で品質の高いこれらのデータを提供することによって、気候変動や水循環変動の研究に大きく貢献できると思います。TRMMで培った経験を活かし、日本がリーダーシップをとって、GPM計画をぜひとも成功させたいと思います。


関連リンク:
小嶋 正弘(こじま まさひろ)
JAXA宇宙利用ミッション本部 全球降水観測計画/二周波降水レーダ「GPM/DPR」プロジェクトマネージャ
1980年、京都大学大学院工学研究科修士課程卒業。同年、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。衛星を運用する地上システムや、地球観測衛星データの処理システムの開発に従事。その後、熱帯降雨観測衛星TRMMの降水レーダの開発などを経て、全球降水観測計画GPM計画プロジェクトへ。2003年より現職。
コーナートップに戻る