(インタビューは2013年当時)
船外活動開始に向け脱窒素の作業を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
楽しく仕事できましたが、あまりにもいい経験をさせてもらいましたので、地球にまだ帰って来たくなかったというのが正直な気持ちです。もっと宇宙にいたかったですね。1回目の船外活動で交換する装置がうまく取り付けられなかったり、国際宇宙ステーション(ISS)のトイレが故障したりといったアクシデントはありましたけれど、それぞれの場面で、地上のチームと協力しながら物事をきちんと進めることができたのは、本当に良い経験でした。宇宙にいるクルーだけでなく、地上も含めた大きなチームで活動を行うこと。それがとても楽しかったです。
まず、船外活動用の宇宙服のサイズ調整があります。アメリカの宇宙服は、腕や上半身、下半身など各パーツに分かれていて、それぞれにサイズがそろえられていますので、自分の体格に合わせてサイズを選び、調整します。それから、電池の充電や二酸化炭素を吸着するカートリッジ、作業に必要な道具も用意しなければなりません。また、船外活動で行う作業の手順を確認します。地上側でいろいろ検討した結果で作業の順番が入れ替わることもありますので、関係者とそうしたやり取りをしながら、当日に向けて準備を進めていきました。
船外活動当日は、朝起きてすぐに準備に取りかかるのですが、船外に出るまでに5時間近くかかります。そのうちの半分くらいは、宇宙服を着て「脱窒素」をする時間です。宇宙服内の圧力は0.3気圧と低く、体内の窒素が出てきて減圧症になる可能性があります。それを防ぐため、事前に窒素を体から出す必要があるのです。これにはいろいろな方法があって、例えば、前の晩から少し低圧にしたエアロックの中に閉じこもったり、酸素が供給されるマスクをしながら自転車をこいで、その運動により体内から窒素を出します。今回は、宇宙服の中を純酸素で満たし、軽い運動をして窒素を出しました。本格的に採用されて今回が3回目という新しい方法です。
船外活動のペアを組んだ星出宇宙飛行士(右)とウィリアムズ宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
エアロックのハッチを開けたのは、船外活動のペアを組んだサニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士でした。ウィリアムズ宇宙飛行士が先に船外に出て、その後、私は足の方からハッチに近づいていきました。出るときは地球が夜側だって知ってはいたんですけど、本当に周りが真っ暗で、地球は全く見えませんでした(笑)。宇宙空間に出られて嬉しいと思う半面、頭の中では仕事の段取りを考えていたので、すぐ次の作業に取りかかっていました。船外活動の危険性は分かっていますので、作業ミスをしないよう、気を引き締めていました。
まったく怖さを感じることはありませんでした。エアロックはISSの下側に付いていて、地球に面していますので、ハッチを開けると真下で地球が動いています。初めて宇宙へ出てそれを見ると、「落ちる」と感じて、ISSの手すりをぎゅっとつかんでしまうことがあると、仲間の宇宙飛行士から聞いていました。それで、私もそうなるのかなと期待してどきどきしていたのですが、地球がちょうど夜で暗くて見えなかったせいか、残念ながらそうはならなかったです。
船外で数時間作業をしてから、ふと宇宙と水中訓練の違いを考えたのですが、大きな違いはないと感じました。水中訓練用のプールから水を抜いて、サポートのダイバーがいないと、こんな感じになるのかなと思うくらい、訓練で見た光景と似ていました。それだけ水中での訓練プログラムがよく作られているのだと思います。体の動かし方など、宇宙服を着た時の操作性も、水中と宇宙であまり違いを感じませんでした。宇宙服の中の空気を減圧しているとはいえ、真空の宇宙では宇宙服が膨らむので、それに対抗して動かなければならないという難しさは、水中訓練と同じでした。
初めての船外活動を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
今回計画されていた船外活動の主な目的は、ロシア側に新しいモジュールが取り付けられる予定なので、そのための電力を供給するケーブルの配線と、ISSの電力切替装置(Main Bus Switching Unit: MBSU)の交換でした。MBSUは、太陽電池パドルから供給された電力をISSの機器に分配する電気系の装置です。合計4個あるうちの一つが不調だったので、予備の MBSUと交換することになっていました。でも想定外の問題が生じてしまったのです。
作業は順調に進んでいましたが、スペアのMBSUを取り付ける際にボルトが最後まで締め付けられないという事態が起こってしまいました。NASAでは、あらゆる不具合を想定した対応策を準備していますが、それでもうまくいかなくて。そうなるとその場で地上のチームがエンジニアと議論しながら次の手を考えてくれるのですが、「これでやってみよう」「駄目だった」「じゃあ次の手を考えよう」の繰り返しでしたね。
MBSUの交換作業では、私はISSのロボットアーム(SSRMS)の先端に乗って、MBSUを運ぶ役目でした。長辺が1メートル程ある箱型のMBSUを手に持つと、目の前はその箱しか見えません。そんな状態で地上からの指示を待っていると、ウィリアムズ宇宙飛行士が、ボルトの取り付け口から、細かい金属片が出てきたように見えると言ったのです。持っていたMBSUを横に動かしてパッと見ると、確かに、粒子がチョロチョロと飛んでいったのが見えました。それで、ネジ山に金属片が詰まっていたのが原因だろうということになったんです。
テザーでISSのハンドレールに固定されたMBSU(提供:JAXA/NASA)
船外にいたウィリアムズ宇宙飛行士と私は最後までやり遂げたい気持ちがあり、「もう少しねばれないか」と思っていました。でも宇宙服の消耗品や体力のことを考えると、あきらめざるをえませんでした。通常、船外活動は6時間半くらいなのですが、作業状況や、宇宙服の酸素や電力、二酸化炭素吸着装置などの消耗状況を見ながら、時間を延長することもできます。そうはいっても消耗品ですから限界はあるし、私たちの体力もそうです。1日のスケジュールやみんなの消耗を考えると、どこかで切り上げなければならないということになりました。そこで、安全のため、取り付けを完了しなかったMBSUをISSのハンドレール(手すり)とテザー(紐)で結ぶ作業を行い、その日の船外活動を終了しました。船外活動時間は8時間を超えていました。
疲れたというより、船内に戻ってからも「どうすれば取り付けられるのだろう」という思いで頭の中がいっぱいでした。その日のうちに、地上の管制官と話をして、どのような状況だったかをお互いに整理しました。そして、もう一度船外活動をしてもらうかもしれないと言われたのです。しかし、ネジ穴の中にある金属片を取り除くようなブラシは、船外活動の工具の中にありません。ISSにある材料でツール(工具)を作らなくてはならなくなり、すぐに地上での検討会議が始まりました。
軌道上で作られた船外活動用工具(提供:JAXA/NASA)
MBSUの取り付けを無事に終えた星出宇宙飛行士とウィリアムズ宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
私たちが使う歯ブラシを利用することになりました。ただし、そのまま船外へは持って行けません。宇宙服のグローブで操作しやすいように加工し、また真空環境や熱に対しても問題がないよう、地上で試験が行われました。さらに、歯ブラシだけではネジ穴の奥まで入らず金属片を取りきれないので、ネジ穴の奥まで届いてかき出せるようなツールも必要でした。そこで作ったのが、予備の電源ケーブルを用いたワイヤーブラシです。地上スタッフが、ビデオを作って製作手順を教えてくれました。その頃、アメリカは3日間の連休にあたっていましたが、地上のチームは休日返上で準備を進めてくれたのです。
はい。地上とコミュニケーションをとりながら、まずはネジ穴の掃除を行い、それから潤滑、そして、ボルトの締め付けです。「少し締めてみて、これ以上締まらなくなったら戻して」「次はこういうツールを使って」といった交信をしながら、少しずつ作業を進めました。最終的にボルトが締まったことを地上に報告すると、管制官が話す後ろで拍手が起こるのが聞こえました。みんなが頑張ったその思いが通じたんだと、とても嬉しかったです。
おっしゃる通りです。MBSUは電源の分配を行う重要な装置なので、できるだけ早く何とかしなきゃいけないという思いから、地上チームが休日返上で対応してくれました。
船外活動の準備を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
無重力では歩くことはないので、宇宙服の下半身の部分はあまり大きく影響しません。でも、手は動きがありますので、腕周りの調整は人それぞれ工夫しています。宇宙服はその構造上、両腕を横に伸ばした時にピッタリ合わせると、腕を曲げた時に、指先に空間ができてしまいます。逆に、腕を曲げた時に合わせると、腕を伸ばした時に、指先がグローブに当たって多少痛く感じます。どちらの状態にするかは、人それぞれです。私は工具をハンドリングしやすくしたかったので、腕を曲げた時にベストな状態になるよう調整しました。
また、宇宙服の肩は、関節部分にベアリングが使われていて動かせる方向が決まっています。それに逆らって無理に動かそうとすると変な力がかかって体や宇宙服を痛めたり、体力を無駄に消耗したりします。どうすれば無駄な力をかけずに済むか、宇宙服に対抗しないで滑らかに動けるかというのは、訓練を通じて身につけていきます。人によってはすぐコツをつかむようですが、私の場合はどちらかというと、失敗しながら少しずつコツをつかんでいきましたね。
MBSUの時に使った紐は、フックを引っ掛けて引っ張れば締まるタイプのものでしたので、宇宙服のグローブでも問題ありませんでした。グローブの先端はゴム系の素材でできていて、少しは感触や力が感じられるようにつくられているんですよ。ただ、やはりグローブは分厚くて繊細な作業には向かないので、紐のあまった部分を畳んでスッキリ収納するといった細かい作業はできず、ぐちゃぐちゃっとしたままになってしまいましたね。無重力であることも理由の1つです。例えばISS船内で衣類をきれいに畳もうとしても、無重力では難しいです。
船外活動中の星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
ミニ地球というよりも、小さな宇宙船ですよね。宇宙服には、生命維持装置、酸素、二酸化炭素除去装置、冷却システム、通信装置など、いろいろな技術がぎゅっと詰まっています。だから、そういう意味では本当に小さな宇宙船ですけれども、実際に作業している時は、そのようなことを意識せず、淡々と作業に臨むことができました。それだけの信頼性を持った技術なのだと思います。
グローブの操作性など、宇宙服の機能面からの改善点はいろいろあると思いますが、私の中で一番改善してほしい点は、船外活動前の脱窒素作業の時間です。私は新しい脱窒素の方法で行いましたが、それでも時間がかかります。準備に時間がかかるのは非効率的ですし、やはり、何かあった時にすぐ船外に出られるようになってほしいと思います。
会話できる通信は、私とウィリアムズ宇宙飛行士、ISS内にいる宇宙飛行士、それから地上の管制チームという、この4者がつながっています。例えば、ウィリアムズ宇宙飛行士と管制官が話をしている時は、状況を理解するために、黙ってそれを聞きます。またISSの近くでロボットアームが動いている間も、安全のために静かにします。このような決まり事はありますが、淡々と何か作業をしている時には、ウィリアムズ宇宙飛行士と私とで、「今何してるの?」とか「下見てごらん、地球がきれいだよ」という会話をしたり、時々冗談を言って笑ったりすることはありましたよ。
そうですね、なので下手な冗談は言えません(笑)。
基本的にはそうですね。ISSの外側には複数のカメラがついていますし、宇宙服のヘルメットの上のところにもカメラが付いていて、手元の作業が地上でも見られるようになっています。たまに通信の関係で映像が途切れることがありますが。作業に集中していますので、見られることについてそこまで意識はしていませんね。これはISS船内でも同じですね。船内にもカメラが設置されていますが、裸でカメラの前を通らないよう気をつけるぐらいです(笑)。
船外活動中に撮影された写真。左に見えるのは「きぼう」日本実験棟。(提供:JAXA/NASA)
ISSのロボットアームの先端に乗って移動する星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
ロボットアームに乗って移動している時など、ちょうど視界の中に「きぼう」や地球が見えました。ロボットアームの操作は船内にいるアカバ宇宙飛行士が行いましたが、訓練の時にその動きをコンピュータで確認し、どのように動くかは分かっていました。ただ、訓練では、どこでISSの構造物に接近するかといったことなどを注意し、ロボットアームに乗った自分が、どちらを向いているかを意識したことがなかったので、実際の作業の時、思いがけないことが起こったんです。
船外活動の初日、MBSUの交換作業をしていた時のことです。MBSUを持ってロボットアームに乗り、MBSUの保管場所までガーッと動かされている時に、ふと気がつくと、「きぼう」の前面が見えたんです。それは、ISSの一番前よりもさらに前に自分がいるということ。「あれ?これって・・・」と思い、顔前にあったMBSUを横に動かしてパッと前を見たら、自分と宇宙との間に遮るものが何もなかったんです! 目の前に見えるのは、地球と宇宙だけ! これまでISSの窓から何度も地球や宇宙を見ましたが、視界の中には窓の縁があったり、構造物があったりしたわけですよね。数分間だけでしたが、それがまったくない状態。自分の目の前にあるのは地球と宇宙だけというのは、とても感動的でした。映画「タイタニック」のワンシーンみたいに、両手を広げそうでした(笑)。
今回の船外活動では、自分の中でそれなりに納得できる仕事はできたと思います。再び船外活動を行う機会があったら、今度は写真をもっといっぱい撮りたいですね。今回の船外活動でも、MBSUの不具合の時に、その状況をデータとして撮るといった技術的な写真だったり、作業中のウィリアムズ宇宙飛行士や地球の写真、ISSの写真、あるいは自分の方にカメラを向けて撮ったりと、たくさんの写真を撮りました。でも船内に戻ってデジカメのメモリーカードを見たら残量があったので、まだまだ撮れたなぁと思ったんです。ただ、あくまでも船外活動の作業が最優先ですので、あまった時間があれば撮影したい、ということです。
多くの方に、私の経験をしっかりお伝えしたいと思います。また、この先に若田光一宇宙飛行士や油井亀美也宇宙飛行士の長期滞在がありますので、それをサポートし、ゆくゆくは私自身もう一度宇宙に行って、今回得た経験をベースにISS計画にさらに貢献できたらと考えています。国際的な動きとしては、ISS軌道よりも遠くの月あるいは小惑星、火星へ行くという話もありますが、それは国際協力なくしてはできません。日本はこれだけの技術を持っているのですから、そういう場でも貢献していくべきだし、私も何かしらの形で活動できたらいいなと思っています。
いろいろありますが、やはり、あきらめないことですね。うまくいかなかったり、計画通りにいかなくても絶対にあきらめないで、仲間のみんなでそれを乗り越えようと頑張ることが大事です。多くの力が結集すれば、困難を乗り越えることができるんです。その最たるものの1つが今回のMBSUの交換だったと思います。あれだけ多くの関係者が休日返上で頑張って、みんなの力で作業を完了することができたこと。それを体感できたのは、私にとって非常に大きな経験でした。自分が船外活動をしたことではなく、チームの力や思い、というものがとても嬉しかったのです。これから先、どんな壁にぶち当たっても、仲間と協力して、それを乗り越える努力をしてほしいと思います。
(インタビューは2013年当時)
1992年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。1997年、UNIVERSITY OF HOUSTON CULLEN COLLEGE OF ENGINEERING航空宇宙工学修士課程修了。1992年〜1994年、NASDA(現JAXA)名古屋駐在員事務所において、H-IIロケットなどの開発・監督業務に従事。1994年〜1999年、筑波宇宙センターやNASAジョンソン宇宙センターなどにおいて、宇宙飛行士の技術支援業務に従事する。1999年2月、NASDA(現JAXA)よりISSに搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜され、2001年1月に宇宙飛行士として認定される。2004年5月、ソユーズ-TMA宇宙船フライトエンジニア資格を取得。2006年2月、NASAよりミッションスペシャリスト(MS)として認定される。2008年6月、スペースシャトル「ディスカバリー号」による1Jミッション(STS-124ミッション)に参加し、「きぼう」日本実験棟船内実験室のISSへの取付けなどを担当した。2012年7月〜11月、ISS第32/33次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに124日間滞在し、宇宙実験やISSの維持管理、3回の船外活動などを行った。