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宇宙医学に基づいた人にやさしい宇宙服

アメリカでの新型宇宙服の研究

宇宙服の医学的な問題を解決する素材

宇宙服のグローブの可動性が向上

未来へつなげたい宇宙服の研究

全身のナイトスーツを早く完成させたい

アメリカでの新型宇宙服の研究

(インタビューは2013年当時)

──先生のご専門は何でしょうか? 宇宙服の研究を行うきっかけを教えてください。

アメリカで宇宙服を研究していた頃の田中先生
アメリカで宇宙服を研究していた頃の田中先生

 専門は生理学で、血圧の調節機能の研究をしています。重力の変化が血圧調節の機能にどう影響するかを研究していた関係で、宇宙医学にも興味を持つようになりました。宇宙服の研究をするようになったのは、宇宙医学の分野で有名なアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校のアラン・ハーゲンス先生のところに勉強に行ったのがきっかけです。ハーゲンス先生は、重力と血圧や筋力の関係を研究されていました。私が渡米した2000年頃から、ハーゲンス先生がNASAと共同で新型宇宙服の研究を始め、私も手伝うように言われたのです。

──具体的にはどのようなことをなさったんですか?

 宇宙服の検証を担当しました。最初は、できたものを検証するだけなので重要な役割ではないと思っていたのですが、やってみると違いました。宇宙服を作るのはエンジニアなので、実際に宇宙服を着る人のことをよく分かっていないんですよ。着心地が良さそうな宇宙服がなかなかできてこなかったので。それで、私たち医学・生物学の専門家がアイデアを出さないと、人が使うためのいい宇宙服ができないのかなと思いまして。2003年に日本に帰国してからも宇宙服の研究を続けています。

宇宙服の医学的な問題を解決する素材

──現在の宇宙服の医学的な問題点は何だと思われますか?

船外活動中の星出宇宙飛行士。宇宙服の内圧は0.3気圧に抑えられている。(提供:JAXA/NASA)
船外活動中の星出宇宙飛行士。宇宙服の内圧は0.3気圧に抑えられている。(提供:JAXA/NASA)

 可動性が低いのと、減圧症の危険性があるという2つが大きな問題です。宇宙には空気がないんですね。そこで空気が入った宇宙服を着ます。すると、外部との気圧差によって宇宙服がパンパンに膨れ上がってしまい、非常に動きにくくなるんです。普段はやわらかい風船が、パンパンに膨らむと容易に曲げられなくなるのと同じです。それを解消するために、内部の気圧を0.3気圧(ロシアの宇宙服は0.4気圧)にしていますが、それによって減圧症を起こしてしまうのです。

──減圧症とは?

 私たちは主に酸素と窒素を吸っていますよね。国際宇宙ステーション(ISS)の内部は地球と同じ1気圧です。その環境から0.3気圧まで低くなると、血液中の酸素や窒素が血液に溶けきれなくなって、気泡になって浮き出てくるのです。ちょうど、ビールから炭酸の泡が出てくるのと同じです。その気泡が肺や体内細胞に詰まって、命にかかわるのが減圧症です。それを防ぐために、船外活動の前に血液中の窒素を少しずつ出します。この「脱窒素」に時間がかかるのが問題なのです。スペースシャトルの時代は、脱窒素に12時間以上もかかっていたそうです。最近は脱窒素の方法を改善したことで数時間に短縮されたようですが、それでも、何か船外で問題があった時に、宇宙服を着てぱっと外へ出られないんです。

──なにか改善策は考えられるのでしょうか?

 動きを良くすることと減圧症を予防することは、矛盾しているんですよね。内部の気圧を下げれば宇宙服の膨張が小さくなって動きやすくなるけれど、減圧症の危険が高くなる。逆に、気圧を上げれば減圧症の危険は減るけれど、膨張が大きくなって動きにくくなる。ということは、動きやすければ高い気圧であっても良いということになると思うんです。そこで、動きやすさを改善するため、伸縮性のある素材を使って宇宙服を作ろうと思いました。宇宙服の中の気圧は、脱窒素の作業を必要としない0.65気圧を目指しています。まずは宇宙服のグローブから実験を始めました。

──伸縮性がある素材とは? それにどんな利点があるのでしょうか。

 伸縮性のある素材は、例えば、ストッキングやゴムのように、伸ばせば伸ばすほど戻ろうとする力が強くなるものです。この素材に気圧をかけて膨らませばそこから戻ろうとする力が発生しますので、筋肉の動きを補助してくれると考えました。つまり、より小さな労力で動かすことができるというわけです。

──少ない力で動かせるというのは良いですね。他にも利点はありますか?

 ええ。現在の宇宙服は基本的に、気密を保つためのナイロン製の気密層と、その破裂を防ぐ布製の拘束層で構成されています。宇宙服がパンパンに膨らむと布が硬くなり、その中で指を曲げると、手の甲や指の関節が布にこすれて傷を作ったり、爪が布に引っかかって剥がれたりといった問題がこれまで生じていました。伸縮性のある素材にすると、指を曲げた時に素材が伸びるため関節を圧迫しません。また、体の形に応じて変形できるので、指の甲にも余計な力がかからないのです。そういう意味でも、伸縮性のある素材は優れていると思います。

宇宙服のグローブの可動性が向上

──宇宙服のグローブから研究を始めたそうですね。これまでどのような成果がありましたか?

グローブの実験。低圧チャンバー内に伸縮性グローブを装着した手を入れて可動性を検証。
グローブの実験。低圧チャンバー内に伸縮性グローブを装着した手を入れて可動性を検証。

 グローブに関しては、伸縮性のある素材を使うと、指の可動性がよくなることが分かりました。実験方法は、気密性のある筒の中にグローブをはめた手を入れ、気圧格差を0.65気圧にした状態で指を曲げます。そして、筋電図という筋肉が動くときに発生する電気活動を調べました。その結果、伸縮性のある素材の方が、伸縮性のない素材よりも筋電図の振幅が少ない。つまり、あまり力を必要としていないことが分かったのです。

──今はグローブ以外も研究されているんですか?

 肩関節と股関節のところを研究しています。指は一方向しか曲がりませんが、肩や股関節は360度回りますので工夫が必要です。肘や膝は指と一緒で一方向しか曲がらないので何とかなりますし、首はヘルメットが広ければ動かせるかなと思っています。今の宇宙服も肩の回し方にコツがいるようなので、独自の方法で、肩関節の可動性を良くしたいと考えています。

 今は実験用モデルを作ってあれこれやっていますが、大学は研究するところなので、自由に試行錯誤できるのがいいですね。失敗を繰り返しながら、いい結果を出していくのが研究なので。だから、大学でしっかり宇宙服の原理を確立し、うまくいくことが分かったら、企業なりJAXAなりと一緒に開発させてもらえればと思っています。我々はできるだけお金をかけずに研究をしていますので、宇宙服の材料は市販のものを改良しています。それをそのまま宇宙へ持って行くのは難しいですから、やはりほかとの協力が必要です。とにかく今は原理をしっかりやる。原理がしっかりしていれば、その応用はいくらでも利きますから。

──アメリカでも伸縮性のある素材を研究していたのですか?

 伸縮性のある素材を研究していましたが、減圧症を防ぐ方法は違いました。当時アメリカでは、宇宙服内部の気圧を下げるのではなく、伸縮性の強い素材で体を締め付けて加圧する方法をとっていたのです。この方法でも、気圧による加圧の代わりができることが証明されています。でもこの場合、指や腕、足の丸い部分は均一に圧をかけることができますが、脇の下など凹んだ部分は圧をかけられません。例えば、ストッキングをはいた時も、股のところは加圧されにくいですよね。加圧されない部分があると、減圧症や皮下出血を起こす危険がありますので、この方法はなかなか難しいなと思いました。そこで私は、結局、気圧で加圧する方法をとることにしたのです。

未来へつなげたい宇宙服の研究

──ところで先生は子供の時に宇宙に興味を持っていましたか?

田中先生が考案した宇宙服「ナイトスーツ」の展示モデル
田中先生が考案した宇宙服「ナイトスーツ」の展示モデル

 特別宇宙に興味はありませんでしたが、強いて言えば、宇宙系のテレビアニメが好きでした。例えば、「宇宙の騎士テッカマン」というのがあって、テッカマンの宇宙服がすごくかっこよくて、いつか自分も同じような宇宙服を作って着てみたいと思っていました(笑)。その気持ちをずっと忘れていたのですが、宇宙服の研究を始めてからふと思い出して、テッカマンの宇宙服がどんなだったか調べてみたんですね。

──テッカマンの宇宙服ですか(笑)

テッカマンは宇宙服を着るときに、ロボットの中に入って扉を閉めます。要するにエアロックです。そして、体に鎖のようなものを巻き付ける。つまり、体に圧力をかけて、減圧症を予防しているんです。そして、その上から宇宙服を着て宇宙へ出ます。ロボットに入ってから宇宙へ出るまでに十秒程度です。酸素はヘルメットの中にだけあって、それで呼吸をします。当時このアニメがどこまで考えられて作られていたかは分かりませんが、アメリカで実際に研究していた宇宙服も、体に圧をかけるタイプだったので。非常に示唆に富むアニメだなあと改めて思いましたね。

──先生が考える宇宙服は「宇宙の騎士テッカマン」をイメージしているのですね。

 はい。だから、宇宙服のネーミングを「ナイトスーツ」、“騎士の服”にしようと思って商標登録しました。

──かっこいいですね。宇宙だけじゃなく地上でも活躍しそうです。

 ほんと、かっこいいですよね。地上だと、すごく暑いとか寒いといった極限環境下での作業服として使えると思いますが、実は、宇宙ゴミの回収作業服に使えないかと期待しているんです。今、宇宙ゴミが非常に問題になっていて、回収用のロボットを打ち上げるという話が出ています。でもやはり、人が行って作業したほうが臨機応変に対応できて確実だと思うんですね。ISSの建設にしても、ハッブル宇宙望遠鏡の修理にしても、人が行って作業したわけですから。そういうところで「ナイトスーツ」の出番がこないかと。

 そんなこと期待するなんて夢物語だ。日本は有人宇宙ロケットを持っていないので、人が行けないのになぜ宇宙服がいるんだ、と笑われるかもしれません。でも、いつか宇宙服の需要ができたときに、「こんなのがありますよ」と提案できるくらいにはなっておきたいんです。それは一朝一夕にはできないことですから、今から準備が必要だと思うんですね。

──そうですね。宇宙服の研究を続けることに意義があると思います。

 実験を始めたのは2004年ですから、もう10年近くも経ってしまいました。よくやっているなあと我ながら思います(笑)。日本では宇宙医学をやりたくても、なかなかそれをできる場所がないんです。研究費もあまりつかないですし。宇宙って本当に夢があるから、私はそれだけでやっているようなものです。夢を語れるのは楽しいですし、モチベーションが上がります。日々の仕事のことばかり考えていると頭が痛くなりますが、未来のことを考えると気分が明るくなれるんです。いつか自分の宇宙服を宇宙飛行士が着てくれたら、と考えると楽しくなってきます! 実は学生にもそういう話ばかりしているんです(笑)。最初は「宇宙服は先生の趣味ですか?」と言われていましたが、最近ようやく、「面白いから宇宙服の研究を続けたい」と言う学生が少し出てきたんですよ。学生に強要はできませんが、1人でもいいので興味を持ってくれればいいなあと思って。これからも自分の夢を学生に話していきたいと思っています。

──先生の夢はどんどん広がっていきますね。

 そうですね。あれもしたい、これもしたいで、たいてい失敗するんですが、だんだん失敗する回数が減ってきたので楽しいです。アメリカでは、宇宙服の実験道具を作るところから始めたのですが、そのような経験がなかったので、ひたすら作っては壊しての連続で、だいぶ鍛えられました。何度やってもうまくいかなくて落ち込んだこともありましたが、少しずつ成功率があがってくると、いつかできる!という自信につながったんです。うまくいかなかった時は、自分なりに解決法を考えるわけですが、その思考の方法をトレーニングできたのは良かったと思います。試行錯誤するのがあまり苦にならなくなりましたね。

全身のナイトスーツを早く完成させたい

──先生は宇宙服だけを研究されているんですか?

研究室で学生たちと
研究室で学生たちと

 いえいえ。宇宙服だけではメシを食えませんので(笑)。血圧調節の研究も並行して続けています。人は寝ている状態から起き上がると、足の方に血が下がりますよね。それで頭に行く血液が少なくなると、立ちくらみを起こします。また、お年寄りの場合はひっくり返ってケガをすることもあります。最近、その血圧調節に耳が関係していることが分かってきたので、一見関係のないところから指令が出ているのが面白いと思って。こちらも宇宙服の研究と同じくらい研究しがいがあります。血圧のことは宇宙旅行によって起こる人体の研究にもつながるので、本当は、その2つを一緒にやれるところがあればいいんですけど。

──宇宙医学専門の研究拠点のような。

 そうなんです! 宇宙医学に特化した施設があればいいなと思います。そこには、宇宙飛行士が宇宙服を着てトレーニングをする場所もあって。ぜひ私もそこに呼んでいただけると嬉しいですね。そして、日本人の宇宙飛行士に、船外活動のことを直接聞ける機会があれば・・・。特に、宇宙服の中がどういう感じなのかをフランクに聞いてみたいと思います。

──これからの日本の有人宇宙活動にどのようなことを期待しますか?

 今はアメリカとロシアにおんぶに抱っこなので、すぐに日本で有人宇宙飛行をできないにしても、要所要所で日本のオリジナリティを提案できるようになってほしいと思います。宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、日本のオリジナルで打ち上げていますが、有人飛行も同じように。ほかの国の有人宇宙ロケットに乗せてもらうだけでなく、日本の宇宙服を打ち上げて試験するとか、日本なりの提案ができれば、日本の存在感がもっと出るんじゃないかと思うのですが。

──そうですね。ぜひ先生の将来の展望をお聞かせください。

 全身のナイトスーツを、とにかく1着は作らないと駄目だと思っています。伸縮素材をベースにした、人間の形をしたスーツをできるだけ早く作り、全世界に向けて発表したいですね。インターネットに公開すれば、世界中の人が見てくれますから。この3年でなんとか人間が入る形までもっていきたいと思っています。ナイトスーツの発表会にはぜひ来てください!

──楽しみにしています!

(インタビューは2013年当時)

田中邦彦(たなかくにひこ)
岐阜医療科学大学 保健科学部 放射線技術学科 教授 医学博士

1995年、香川医科大学大学院卒業。同年、大阪済生会中津病院胸部心臓血管外科に勤務。1996年、公立宍粟郡民病院外科。1998年、兵庫県立淡路病院外科。2000年、カリフォルニア大学サンディエゴ校臨床生理学教室に留学。NASA、Honeywellなどと共同で新型宇宙服の開発、研究に従事。2003年、岐阜大学医学部生理学助手。2009年より現職。

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