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宇宙空間で人を守ってくれる「ミニ宇宙船」

人を宇宙空間で生きられるようにする服

セールスポイントは高い内圧と布だけで作ること

最終目標の月をめざして

本当に宇宙服の中だけで生きている!

誰もが行ける宇宙で、誰もが着られる宇宙服を

人を宇宙空間で生きられるようにする服

(インタビューは2013年当時)

──宇宙服の研究チームではどのようなお仕事をされていますか?

 私は宇宙服研究チームの一員として技術的な検討や研究計画の立案、JAXA内外との調整を行うほか、スケジュールや予算などの管理業務も担当しています。そのほか、一般の方々に私たちの宇宙服研究を知っていただくための広報活動も行っています。

──アメリカの宇宙服の構造を簡単に教えていただけますか?

アメリカの船外活動用宇宙服(Extravehicular Mobility Unit: EMU)(提供:NASA)
アメリカの船外活動用宇宙服(Extravehicular Mobility Unit: EMU)(提供:NASA)

 一番の特徴は、多くの素材を使っていることだと思います。アメリカの宇宙服は、熱や引っ張りに強いスーパー繊維からなる布や人工衛星の断熱材として使われているアルミ蒸着フィルムなど、代表的な部分で14層もの柔軟素材を積層して作られています。また、肩や腰などの関節にはアルミニウムからなるベアリングが入っているほか、胴体部分の内側はガラス繊維強化プラスチック(GFRP)という硬い素材でできています。胴体部分については剣道の防具を思い浮かべていただければ分かりやすいかもしれません。

 「服」というと柔らかいイメージがあり、アメリカの宇宙服を外側から見ると白い布だけでできているように見えるかもしれませんが、多くの部分に硬い素材が使われています。ちなみに、アメリカと同様に国際宇宙ステーション(ISS)で使われているロシアの宇宙服も、同じような特徴があります。

──宇宙服といえば冷却下着が思い浮かびます。

 冷却下着は、宇宙服の最も内側に配置されており、宇宙飛行士が素肌に着るものです。宇宙服の断熱性は非常に高く、体が出す熱が宇宙服内部にこもって高温になるため、宇宙飛行士の身体を冷却する必要があります。冷却下着は上下ツナギ型の薄い肌着の表面に約90mものチューブが張り巡らされており、チューブの中に冷却水を循環させて身体表面の熱を奪うものです。この冷却水は、宇宙服の背中に付いている生命維持装置から供給されます。

──生命維持装置の中には他にどんなものが入っているのですか?

 呼吸に必要な酸素ボンベや、呼気に含まれる二酸化炭素を吸着する装置、宇宙服内部の気圧を制御する装置、通信機器やバッテリー、コンピュータなども入っています。

──あのボックスにいろいろなものがギュッと詰まっているんですね。

 はい。私たちは宇宙服のことをミニ宇宙船と呼んでいますが、宇宙服の一番の特徴は、宇宙服だけで、人が一定期間生きていくことができることです。

──ところで、アメリカとロシアの宇宙服の違いは何でしょうか?

ロシアのオーラン宇宙服(提供:NASA)
ロシアのオーラン宇宙服(提供:NASA)

 一番の大きな違いは宇宙服内部の気圧が異なることです。アメリカの宇宙服は0.3気圧、ロシアは0.4気圧で運用されています。宇宙服内部の気圧の違いは、船外活動前に行う脱窒素作業に必要な時間と、船外活動中の体の動かしやすさという2点に直結します。

──脱窒素作業とは?

 脱窒素作業とは、1気圧のISSに滞在する宇宙飛行士が、内部が低圧(0.3または0.4気圧)になる宇宙服を着用して船外活動する際に、減圧症を予防するために体内に溶け込んだ窒素を事前に排出する作業のことを指します。スキューバダイビングで緊急浮上する際に減圧症を考慮する必要がありますが、これと似た状況かと思います。現在、この脱窒素作業には数時間を必要としていますが、宇宙服内部の気圧が高くてISSの気圧(1気圧)との差が小さいほど脱窒素作業が短くてすみます。

──であればISSの気圧に近づければいいような気がしますが?

 しかし、宇宙服内部の気圧が高ければ高いほど真空の宇宙空間で宇宙服が風船のように膨張しようとするので、体を動かしにくくなります。特にグローブの膨張によって手先の動きが非常に難しくなり、数時間に及ぶ船外活動を行うにはかなりの握力が必要だそうです。分厚い冬用の手袋を何重にも重ね着したようなイメージでしょうか。

セールスポイントは高い内圧と布だけで作ること

──今の宇宙服は、どこが改善されたらもっと良くなると思いますか?

JAXAが研究する次世代宇宙服(イメージ図)
JAXAが研究する次世代宇宙服(イメージ図)

 一番改善すべきポイントは、船外活動前に脱窒素作業として数時間を要することだと考えています。それと、多くの関節や胴体部にアルミニウムなどの硬い素材を使っていることも改善の余地があると思います。

──JAXAがいま研究中の次世代先端宇宙服ではどう改善されているのでしょうか?

 JAXAが研究中の次世代先端宇宙服は、内部の気圧を0.58気圧にして船外活動前の脱窒素作業が必要ないようにします。0.58気圧はアメリカの宇宙服(0.3気圧)の約2倍の圧力なので、宇宙服にとっては驚くべき圧力ともいえます。船外活動前の脱窒素作業が必要なくなれば宇宙飛行士の貴重な作業時間を節約できるほか、宇宙船に緊急事態が起こった際の脱出用宇宙服としての使い方もできるのではと考えています。

──なるほど。その利点は大きいですね。

 また、宇宙服のスーツ部分(生命維持装置やヘルメットなどは除く)の大部分を布だけで作ろうというのが、私たちの研究の大きな目標です。私たちは宇宙服全体の目標重量として90kg以下を掲げています(参考:アメリカの宇宙服は約120kg)。宇宙服の大部分を布だけで作ることにより大幅な軽量化に貢献するとともに、宇宙服を小さく畳むことができることにより収納スペースの大幅削減にも寄与します。さらに、主に柔らかい布で構成される宇宙服は、宇宙飛行士の身体に衝撃が加わる打ち上げ・帰還時にも使用できるようになるため、現在使用されている2種類の宇宙服(打ち上げ・帰還時に着用する与圧服と宇宙空間で着用する船外活動服)が1種類の宇宙服で代替できる可能性もあります。

──JAXAが考える宇宙服の大きな売りは、布だけで作られているところですね!

 はい。でも宇宙服作りは、私たちにとって新しいチャレンジです。繊維素材や被服設計・縫製などについてはJAXAには経験や知見がないので、いかに研究を進めていくかは非常に難しいです。そのため、常日頃、宇宙分野以外にもアンテナを広げるように心掛けていて、世の中で出てくる新しい素材・技術・商品を新聞やインターネットなどを通じて情報収集し、これは宇宙服に使えそうだと思ったら自分たちで企業さんに連絡を取って宇宙服に適用できるかどうか検討することもあります。

 日本が有する繊維技術や被服設計・縫製技術は世界でトップクラスだそうで、それらの技術をうまく融合すれば、必ず今のアメリカ・ロシアの宇宙服よりも良いものができると思っています。

最終目標の月をめざして

──日本製の宇宙服ができるのが楽しみです!

有人月探査のイメージ
有人月探査のイメージ

 現在の私たちの研究では、自分たちの宇宙服の課題を整理して研究計画を立案し、計画に沿って研究を実行するとともに新たな課題を識別して次の研究計画に反映するという、いわゆるPDCAサイクルを回すように研究を進めています。そうやって課題を一つ一つ潰すことによって技術や知見を蓄積し、日本製の宇宙服に向けて一歩一歩前進していきたいと思います。

──最終的に目指しているゴールはありますか?

 私たちの最終目標は月で使うことのできる宇宙服です。すでに、冷却下着と気密拘束層については人が着ることができる試作品ができているので、もうすこし頑張らせてもらえれば、外側から一目見て宇宙服だと分かるようなものをお見せできるんじゃないかと思います。

──月ですか!?

 はい。私たちの宇宙服は、ISSの次の有人宇宙探査(ポストISS)を見据えて月面での使用を想定しています。

 これまで船外活動を行ったことがある宇宙飛行士は世界で約200人いますが、月面で船外活動を行ったことがある宇宙飛行士は12人しかいません。この12人はアポロ計画での宇宙飛行士ですから、直近の“月面歩行”は約40年前ということになります。月面探査の場合ISSでの船外活動とは違って、歩く・走る・跳ぶというような下半身の動きが非常に重要ですし、月面の細かい砂(レゴリス)や鋭利な岩石にも対応しないといけません。まだまだ課題はいっぱいあります。

 しかし、将来、国際協力によって有人月面探査を行う計画が具体化したときに日本がイニシアティブをとれるよう、他の国が持っていない技術を獲得することはとても重要だと考えています。だからこそ、よりチャレンジングな課題を設定して追求しているところです。

本当に宇宙服の中だけで生きている!

──星出宇宙飛行士の船外活動はご覧になられましたか? どのようなことを感じましたか?

船外活動を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
船外活動を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)

 筑波の管制室で、リアルタイムで見ていました。船外活動は毎回異なるタスクが設定されるので、「今回の船外活動ではどこをどうやって移動して、どのツールを使って、どのような作業をするのか…」という技術的な観点で見ていました。

 一方で、個人的な感想として、「宇宙空間で体を守るのは本当に宇宙服だけなんだ」ということを強く感じました。宇宙服のヘルメットの上部にビデオカメラが付いていて、星出さんの視線と同じような映像が管制室のモニタ画面で見られるんです。また、星出さんが話す無線の声もヘッドセットを通じて聞くことができます。ときおり、モニタ画面は宇宙の漆黒を映しているのですが、ヘッドセットからは星出さんの息づかいが聞こえてくるんです。まるで自分自身が船外活動しているような錯覚に陥りそうにもなり、冷静に考えれば当たり前ですが、「本当に宇宙服の中だけで生きている!」というのが衝撃的だったというか・・・。改めて、宇宙空間で人を生かすことができる宇宙服のスゴさを認識しました。

──まさしくミニ宇宙船ですね。今後の研究に活かそうと思ったこともありましたか?

 船外活動を詳しく知るまでは、無重力の宇宙空間でふわふわ浮いて全身を使ってゆっくり動くんだろうなと思っていたのですが、手先の細かい作業が非常に多かったのが新鮮でした。ボルトの穴につまった金属ゴミをかき出すような作業もありましたし、電動ドライバーのスイッチを何回も押して設定を変えるような作業もあったりして。全身の動きやすさと手先の細かさを両立させた宇宙服を作ければならないと思いました。

──宇宙服の研究の面白いところは何だと思いますか?

 宇宙服はいわば小さな宇宙船であり、人に一番近い機械を扱っているという点は非常に面白いです。私は、宇宙服研究チームに入る前は人工衛星の環境試験を担当していました。宇宙服が人工衛星と大きく違うところは最終的には人が着るということです。宇宙服を作る際には、人工衛星と同じように、仕様を決めて設計図を書いて部品製作、組み立て、試験という手順を経ることになると思いますが、宇宙服については「最終的に人が着て快適か、使いやすいか」という観点を忘れてはいけません。これらの観点は数値化することが難しいので答えが一つに決まることはなく、その代わりに宇宙服を作る側がきちんとした設計思想を持たなくてはならないと考えています。数値化できない側面を追求していくことは非常にもどかしいことではありますが、そこがまた面白いです。

誰もが行ける宇宙で、誰もが着られる宇宙服を

──和田さんが理想とする究極の宇宙服というのは?

 一言でいうと、街の量販店に並ぶような宇宙服です。宇宙服の試作品を作っていると、お店で売っている服は完成度が非常に高いことを痛感させられます。スタイリッシュだし機能や性能、耐久性とコストのバランスが取れているし、何よりも、特別な取扱説明書なしで着て洗って箪笥にしまうことができます。

 近い将来、誰もが宇宙へ行ける時代において、特別な訓練を受けた宇宙飛行士だけが着る専用品ではなく、老若男女が量販店で購入して着られるような宇宙服。そして、宇宙では船外活動の直前にパッと宇宙服を着て、キュッとファスナーを上げて、「空気漏れなし!OK!」という掛け声とともにポンと宇宙空間に体一つで出られる。そういう世界が理想です(笑)。

──今後の展望を聞かせてください。

 筑波宇宙センター特別公開の際に研究中の宇宙服を展示したことがあります。ご来場いただいたお客さんから「日本の特色を活かした宇宙服を実現してほしい」という温かいご声援を多くいただきました。これらに応えられるよう頑張りたいと思います。また個人的には、将来、宇宙服開発プロジェクトのプロジェクトマネージャになって、自分たちが開発した宇宙服で世界中に驚きを与えたいと思っています。

(インタビューは2013年当時)

和田理男(わだよしお)
JAXA 有人宇宙ミッション本部 有人宇宙技術センター 開発員

2008年にJAXA入社。環境試験技術センターで宇宙機の機械環境試験に係る試験手法検討・設備開発・プロジェクト支援等を担当。2011年8月より現職。

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