(インタビューは2013年当時)
EVA訓練にて。宇宙飛行士の安全を守るためNASAの訓練に極力立ち合う。
主に、日本人宇宙飛行士の船外活動(Extravehicular Activity: EVA)にかかわる支援業務と、次世代先端宇宙服の研究をしています。
日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)で安全かつ正確にEVA作業ができるよう、NASAで行う事前のEVA訓練に極力立ち合い、懸念事項があればNASAへ確認し、要すれば改善要請を行ったりしています。また、NASAが作成するEVA手順のレビューや作業の概要を国内へ展開します。さらに、EVA実施中は、モニター映像と通信設備を用いて安全管理を行い、国内へ作業状況を展開するなどの作業も行っています。
はい。安全面には特に注意しています。私たちはEVAを行う宇宙飛行士に対して、決して無理をさせないよう最大限に注意を払う必要があります。作業手順を確認し、作業に危険はないか、仮に危険な箇所があったとしても、訓練などでそれらに対する注意喚起が行われ、適切な改善がなされているか。そういった確認を常に心がけています。さらに、宇宙飛行士自身は自己の能力と作業全体を見極め、作業にリスクが予測される場合は作業を中断、あるいは断念する勇気も必要だと思います。
船外活動を行う星出宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
EVAの訓練は定期的に行っていましたが、実際にEVAを行うと決まったのはミッションの2ヵ月前くらいでしょうか。1週間前に予定が変わることもありますので、具体的に「いつ」となかなか言えないんです。ISSが建設中の時は、ずいぶん前から、いつ頃、何のEVAを行うか決まっていましたが、ISSは2011年7月に完成しました。今は、ISS船外で何か機器の不具合が起きたり、消耗品の交換が必要になった時にEVAで対応します。消耗品等はある程度想定できますが、不具合がいつ起きるかは誰にも予測できないので、誰がなんのEVAに対応するかは直前にならないとなかなか分からないんです。
JAXAの意向をどのようにNASA側に伝えていくか、反映させていくかについては、かなり苦労しましたね。また、NASAで作成されるEVAの作業手順を事前に確認するのですが、ほぼ毎日アップデートがあるので、これに追いつくための情報が国内にいるとなかなか手に入らず苦労しました。幸いNASAのEVA担当は、私が古くから知るメンバーが多かったので、協力してもらってなんとか対応できました。
JAXAの要望だけを一方的に伝えるのではなく、ISS全体のことを考え、優先順位も考慮したうえで、私たちの意向をうまく入れ込んでもらうこと。その辺りのバランス感覚を大事にしてきました。言うタイミングもありますしね。それと、日本の菓子折りをお土産に持って行くのも絶対に忘れないようにしましたね。意外とそういうのが大事だったりするんですよ(笑)。
日本とアメリカは離れていて立地的なハンデがあるため、出来る限りにはなってしまいますが・・・。やはり、さまざまな調整は相手の目を見ながら、相手の意図をくみながら進めていくべきだと思うんですよね。相手の表情などで、自分が無理なことを言っているかどうかも分かりますし。この提案は、自分たちだけでなく相手にとっても良いものである、という感じに話を持っていくのが重要かなと思います。
もちろんです。無事に完全にEVAが終了するまで細々とした作業は続きます。また、EVAはやってみないと分からないという点も多々あります。今回も当初の予定は1回だけでしたが、機器の不具合で2回目、3回目のEVAが計画されましたから・・・。
NASAのミッションコントロールセンター(提供:NASA)
NASAのジョンソン宇宙センターにあるミッションコントロールセンター(管制室)のバックルームにおり、通信機器と映像を活用して、EVAの準備から作業の終了までをモニターしていました。ISSの宇宙飛行士とフライトディレクター(飛行管制官)とのやりとりを聞きながら、どのような状況になっているかを把握し、星出宇宙飛行士の安全が懸念されたり、おかしな動きがある場合は、NASA側に詳しくヒアリングして、その情報を日本のスタッフに展開するといった作業を行っていました。筑波の「きぼう」日本実験棟の管制室でも軌道上のことは分かりますが、NASAの内部のやり取りは現場でないと分からないんですね。ですから、星出宇宙飛行士が EVAをやる時はずっと現場に張り付いていました。とにかく、安全に確実にEVAが完了することだけを祈りながら見守っていました。
そうです。でも初めてとは思えないほど、星出宇宙飛行士のEVAは素晴らしかったと思います。彼は1回目のEVAで8時間を超えましたが、それだけ酸素がもつということは、呼吸が乱れない、つまり落ち着いて作業をしていたということなんです。
技術者や宇宙飛行士が集まってボルト取り付けの検証が行われた(提供:NASA)
当然ですが、雰囲気は良くなかったですね。交換用のMBSU(電力切替装置)のボルトがうまく回らなかったのは、ボルトの穴にゴミが詰まっていたのが原因でしたが、その時は地上側でも何が起こっているのか分かりませんでした。それでも、地上の技術チームはトラブルの状況を予測し、さまざまな打開策を検討していました。強引にボルトを締めた場合のインパクトや、万が一ボルトが折れたらどうなるのか等々。また、作業をこのまま継続させたらどれくらい時間がかかるのか。宇宙服のバッテリーや酸素の残量はどれくらいか。といったことが、即座に結論を出せなかったので、最終的にはフライトディレクターの判断で、EVAを途中で中止させたのです。
その日から、地上では、NASAのベテラン宇宙飛行士や、地上技術スタッフ、MBSUにかかわるメーカーの方たちが休日返上で集まって、懸命に解決策を考えていました。その姿がすごく印象的でしたね。MBSUが使えないとISSへ電力を分配できなくなってしまうので、今後の運用にすごく影響が出ます。だから、どうしても早く解決したかったんです。
そして、ISSのウィリアムズ飛行士と星出飛行士が再びEVAを行い、地上チームが考えた復旧作業の方法でボルトを締めることができたのです。ボルトがきちんと締まった時は本当に嬉しくて、NASAのミッションコントロールセンターでは大きな歓声が上がっていました。これはまさに、地上とISSのクルーが一丸となって成功に導いた一例だと思います。
3回目の船外活動を行う星出宇宙飛行士(左)とウィリアムズ宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)
まったくその通りです。NASAからも星出宇宙飛行士とウィリアムズ宇宙飛行士の2人のコンビならできると言ってくれました。3回目のEVAでは、太陽電池パネルの熱制御装置の冷却用アンモニアがもれているのを修理しましたが、これも今後のISSの運用にかわる重要な作業でした。
最初のEVAから想像以上の動きをしていましたが、回数を重ねるごとに動きに無駄がなくなり、益々シャープになっていったと思います。NASAのEVAチームも感嘆していました。完璧なEVAだと思いましたね。
星出宇宙飛行士が初めてISSのエアロックから船外に出る時と、ロボットアームに乗って移動する時でしょうか。まさに、彼の座右の銘である「夢の実現」の真っ最中で、とても宇宙を楽しんでいる感じがしました。
星出宇宙飛行士ほか第32次長期滞在クルー。何よりも大切なのはチームワーク(提供:JAXA/NASA)
技量や知識も大切ですが、それよりも重要なのは「チームワーク」だと思います。これは宇宙飛行士間だけでなく、彼らの作業を支援する地上管制員や彼らをサポートするメーカーをはじめとする多くの人たちとの協力態勢を構築していくことが、ミッション成功への最も有効な手段だと考えます。
また、EVA作業は分刻みでやる内容が決まっていますので、時間配分を自分で考えながら、全体を見て作業を進める必要があります。私たちはこれを「Situational Awareness(状況認識)」といっています。例えば、ある作業を行う前にその次の作業を予測した動きが必要で、そのためには自分はどうすれば良いのか、どう動けば良いのかを常に考えて行動しています。つまり、EVAは常に先を予測した動きが求められています。
でも、日本人のEVA経験者はまだ3名しかいないんですよ。米露以外の宇宙機関のEVA経験者と比較しても、最も少ない人数です。JAXAが研究する次世代先端宇宙服は月面での活動を目標にしていますが、将来、実際に人が月へ行ったことを想定すると環境は違いますが、EVAを経験した人若しくは、そのような経験者から指導を受けた新人飛行士達は技術面、安全面でも有利だと思うんです。やはり、将来の有人惑星探査を見据え、EVA経験者を一人でも多く増やしていくことが必要だと思っています。
宇宙飛行士の皆さんは、宇宙に滞在するという経験からいろいろな知見を得ていると思うんですね。それを、地上の人々に宇宙飛行士自らの言葉で分かりやすく発信していくことは重要だと思います。そして、これから宇宙へ行く宇宙飛行士には、将来宇宙環境を利用して何ができるのか、地上の産業や医療等のさまざまな分野でどのように生かすことができるのかを常々考えながら、宇宙を体験してほしいと思います。そして私たちは、彼らがもっと発信しやすい環境を作り、共に発信していくために最大限の努力をしていく必要があると考えます。
また、将来、有人惑星探査の時代が必ずやってくると思います。EVAは他惑星での探査や宇宙基地の建設では必ず必要になってきます。その時代に対応するため、多くの日本人宇宙飛行士にEVAの技術や知識、経験を豊富に身につけてもらい、新しい時代を築いていってもらいたいですね。そして、日本人にとって宇宙がもっと身近になるように、我々も全力で支援していきたいと思います!
(インタビューは2013年当時)