ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


「みちびき」が可能にする新たな測位サービスの創出 日本発の屋内外シームレス測位の実現へ コンソーシアム事務局長 吉冨進

屋内の高精度な測位を可能に

GPSと同じ信号で位置情報を送信

多分野への活用が期待されるIMES

一番の課題はIMES対応の汎用受信機

どこでも知れる正しい位置情報

屋内の高精度な測位を可能に

Q. IMES(アイメス)とは何でしょうか?

2011年6月に行われたIMESコンソーシアムの設立総会
2011年6月に行われたIMESコンソーシアムの設立総会

 IMES(Indoor MEssaging System)は、屋内外のシームレス測位を可能にするシステムで、準天頂衛星初号機「みちびき」を開発する過程で、JAXAが民間企業と協力して発案した日本独自の技術です。IMESは、アメリカのGPS衛星と同じ電波を使用し、屋内に設置する送信機から、その場所の経度、緯度、高さの情報を提供します。

 「みちびき」の目的は、GPSの補完・補強を行うことですが、GPS信号はビル等の建物や地下街では受信できません。そこで、その有効性をより高めるために、屋内でもGPSを補完できないかと考えました。都会での人々の行動範囲を見ると、7対3ぐらいの割合で建物の中にいる人が多く、そういう意味で、屋内の位置情報を提供することに意義があると考えたのです。

 2011年6月には、IMESを普及・発展させるための情報交換の場として、IMESコンソーシアムを立ち上げました。IMESを広める仲間づくりが目的で、会員は200名ほどです。研究者のほか企業に勤めている方も多く、新しいビジネスへの展開を考えている人がたくさんいます。

GPSと同じ信号で位置情報を送信

Q. 無線LANアクセスポイントを利用した位置情報システムなどもありますが、他との違いは何でしょうか?

IMESの受信機(左)と送信機(右)(提供:測位衛星技術株式会社)
IMESの受信機(左)と送信機(右)(提供:測位衛星技術株式会社)

 IMESの特徴は、GPS衛星と同じ電波を使っていることです。ですから、GPS信号が受信可能な携帯電話であれば、IMESの位置情報を受信することができます。また、建物の何階に居るかという高さの情報まで提供できるのはIMESだけです。IMESが提供するこの「経度、緯度、高さ(建物の階数)」情報は、国土地理院が日本全土を3メートル毎に区切って提供する「場所情報コード」と連携していますので、国のお墨付き情報と言えます。例えば、これまでは消防署に救急車の緊急搬送の電話が入っても、依頼者が建物のどこにいるか分からず、直行できないことがありましたが、これからはピンポイントで向かうことができます。

 ただ残念ながら、現在市販されているGPS対応の携帯電話には、IMESのPRN番号を解読できるソフトウエアが組み込まれていません。PRN番号とは、アメリカのGPSの運用管理機関がそれぞれのGPS衛星につける識別番号で、IMESの送信機にも付与されています。その番号を読める端末がないため、今のところ専用の受信機が必要なのです。その受信機で受信したデータをBluetooth(無線通信)で携帯電話に送るという方法で、実証実験を行っています。

多分野への活用が期待されるIMES

Q. IMESを利用してどのような実証実験が行われているのでしょうか?

IMES送信機が内蔵された案内板(提供:測位衛星技術株式会社)
IMES送信機が内蔵された案内板(提供:測位衛星技術株式会社)

 まさにこれから行われるのが、ショッピングセンターにおける位置情報・広告配信の実験です。東急電鉄株式会社が運営する二子玉川ライズショッピングセンターの1階から8階までに約130個の送信機を取り付け、消費者の居場所に応じた店舗の情報や広告などを提供します。例えば、貸し出した受信機を持ったお客さんが案内板の前に立つと、受信機はその場所を認識したことをスマートフォン等の携帯電話に転送します。すると携帯電話に店舗の割引クーポンや、IMESを利用した様々なアプリがダウンロードされます。行きたい売り場への道案内も可能です。この実験は、公募によるJAXA宇宙オープンラボで採択されたもので、12月から実施する予定で準備を進めています。

 またIMESは、美術館や博物館の自動案内システムへの活用が期待されています。実際に、昨年、北海道にある博物館網走監獄にて、準天頂衛星「みちびき」とIMESを連携させた実証実験が行われました。この実験に協力したソフトバンクモバイル株式会社が専用アプリを提供し、参加者はこのアプリを使って、屋内・屋外問わずに自分の位置を把握し、場所に応じた施設の解説を受けることができました。

 さらに、IMESの技術を医療や介護に役立てる取り組みもあります。これは自治医科大学の藍原雅一先生が中心となって進めている実験で、IMESの送信機を要介護者の自宅の玄関と、実際に介護する部屋に取り付け、専用のタブレット端末に介護士の行動を記録します。在宅介護サービスは、各自治体・介護事業者・要介護者間の信頼関係で成り立っていますが、残念ながら、サービスをきちんと提供していないのに、偽って自治体に報告し、助成金を受け取る悪質な介護事業者がいます。それをなくすため、在宅介護サービスの提供が確実に実施されているかどうかのエビデンスを取るというわけです。これにより、在宅サービスの品質が担保されることを目指しています。そしてこの実験の注目すべきところは、専用端末を使っていることです。

Q. 専用端末を使うことで何か利点があるのでしょうか?

介護士の行動を記録する専用端末(提供:自治医科大学地域医療学センター)
介護士の行動を記録する専用端末(提供:自治医科大学地域医療学センター)

 専用の端末であれば、IMESだろうが準天頂衛星であろうが、個別のニーズに対応した新しい機能を自由に作り込むことができます。ところが市販の端末の場合は、新しい機能を追加したいときは製造メーカーに依頼するなど手間がかかり、迅速にはできません。いろいろな可能性を試すという意味では、IMESを専用端末で体感してもらえるような取り組みを、重点的に行いたいと考えています。

 専用端末の利点はほかにもあります。例えば、IMESを地下街での災害対策に使いたいという声が数多くあります。地下にある各店舗の店員さんに専用端末を持たせて、地下街が被災した場合に、防災センターからその端末に緊急情報や避難経路を配信します。この場合、個人の携帯電話に緊急情報が入ると、私的な連絡と重なって、かえって混乱することがあると思うんですね。その点、専用端末は入ってくる情報は限られていますので、店員さんは必要な情報だけを見て、適切に顧客の避難誘導ができると思います。人々の安全・安心のためにIMESを活用できるというわけです。

一番の課題はIMES対応の汎用受信機

Q. IMESの実用化に向けた課題は何でしょうか?

LEDランプ内蔵型のIMES送信機(提供:株式会社リコー)
LEDランプ内蔵型のIMES送信機(提供:株式会社リコー)

 一番の課題は、IMESの信号が読める携帯電話がまだ市販されていないことです。これは「みちびき」についても同じことが言えますね。最近、アメリカの通信機器メーカーが「みちびき」の信号が読める受信機を販売しましたが、携帯電話はまだ「みちびき」に対応していません。もともとGPSの受信機はLSI化されていて、チップで携帯の中に入っています。そのチップのソフトウエアを少し書き換えるだけで、準天頂衛星の信号もIMESの信号も読めるようになるのですが、それが実現していません。どの携帯電話通信会社も、IMESには関心を持っていますが、ビジネスとしてどこまで成り立つのか見通しがつかないと言うのです。チップを作っている会社も同じように、IMESがどこまで使えるシステムかを見極めているところです。いくら素晴らしいシステムだと説明をしても、実際に IMESが使われているところを見せないと信じてもらえないと思いますので、これからもっと事例を増やしていくことが大事だと思っています。

 それと、屋内につける送信機の設置費用を誰が出すのかという問題もあります。送信機は名刺ほどの大きさのカード式で、1台、数万円します。それを5m〜10mおきに取り付けて配線をしますので、設置コストがかかってしまうのです。しかし最近、株式会社リコーが、蛍光灯型LEDランプにIMESの送信機を組み込んだ試作品を作りました。このような送信機であれば、配線コストが不要になります。でもIMESコンソーシアムとしては、送信機の設置は国や自治体にお願いしたいと思っています。なぜなら、IMESの技術は、災害対策に役立ち、安全・安心のためのツールとして利用できるからです。平常時は民間が送信機を使ってビジネスをして、利益が出れば、税金の形で国や自治体に納められるのですから、悪い話ではないと思います。

どこでも知れる正しい位置情報

Q. 吉冨さんが描く、衛星測位システムの将来像を教えてください。

吉冨氏

 私は準天頂衛星とIMESをセットで考えていて、同じ端末を使って、建物の中でも外でも高精度な測位ができる「屋内外シームレス測位」を理想としています。1つの端末で、GPSも「みちびき」もIMESも、あるいは他の測位衛星の信号も認識できて、どこにいても最も正しい位置情報を入手できる社会をぜひ実現したいです。

吉冨進(よしとみすすむ)
財団法人日本宇宙フォーラム常務理事。横浜国立大学大学院講師(非常勤)

1972年、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。技術試験衛星I型「きく1号(ETS-I)」の開発、電離層観測衛星「うめ(ISS)」、技術試験衛星II型「きく2号(ETS-II)」の運用等に従事。また、我が国初のリモートセンシング衛星となった海洋観測衛星「もも1号(MOS-1)」の概念設計から打ち上げまでを一貫して担当。1991年〜1994年、NASDAパリ駐在員事務所長。1994年に帰国後、国際宇宙ステーション計画(ISS)に従事。主に「きぼう」日本実験棟に搭載する各種実験装置の開発や、研究者支援を担当。2003年、宇宙環境利用センター長。2005年、通信測位衛星利用センター長。その後、衛星測位システム室長として、準天頂衛星プロジェクトの立ち上げに従事。2007年、JAXA退職、財団法人日本宇宙フォーラムに移籍。2011年、IMESコンソーシアム事務局長に就任。2012年4月より現職。

コーナートップに戻る