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目次 巻頭言 凡例 第1章 第2章
第3章 第4章 後書き アペンディクス 索引

巻 頭 言

石本三郎
柳澤弘毅

 「古くは海を制するものが世界を制するといわれ、20世紀の中ごろは空を制するものが世界を制するといわれたが、現在では宇宙を制するものが世界を制する時代になっている」という言葉が、本書の編者である龍澤邦彦教授の別著にみられる。まことに、1991年に始まった湾岸戦争以来、軍事衛星の存在が、にわかにクローズアップされるところとなり、従来の国際安全保障の枠組みに重大な影響を与えるのではないかという認識が育ってきた。地上にある15センチの物体まで確認可能であるという高性能スパイ衛星、レーザー兵器を軌道上に打ち上げるテクノロジーの存在等、SF小説や劇画に描かれたフィクションに、現実が急速に追い付いていることを物語っている。しかも軍事用の衛星のみならず、気象や環境等の用途を担って打ち上げられた衛星が、他の目的にも簡単に転用が可能であるとすれば、宇宙で行われていることは、さらに重大な意味を持つことになる。それにもかかわらず、そこで何が行われているかを我々はほとんど知らない。人類の歴史上、最大の影響力を持ちうる行為に対して、誰が、いつ、どのように、いかなる目的をもって、これを実行しているのかを知らないのである。ここに問題がある。
 我々は、このような重要問題について、まず事実を知らねばならず、次にルールを求めなければならない。これが、権利であるとともに義務である。しかるに、事実を知ることは容易ではない。その理由は、第一に、軍事目的による宇宙開発が宇宙開発をリードしてきたことによる。軍事上の情報については、いかに情報公開が進んだアメリカにおいても、秘匿されることが多い。この点に関しては国家という壁が、とりわけ超大国における国家の壁が超越しがたいことは、過去の歴史が示す通りである。第二に、宇宙開発は、アメリカ、ロシア等の大国が実施することが多いとはいえ、他の国々も関与することは多く、その情報は極めて広汎にわたる。全貌を一度に把握することは容易ではないのである。第三に、宇宙開発は、技術の最先端に関わるから、専門家以外の者に理解しがたいところがある。これも、情報を国民から隔てる原因のひとつであろう。第四に、発展の速度についていけないという要因がある。軍事目的から発する問題は、当然、競争原理に支配される。競争の中でも最も熾烈な争いに発展する。その結果は、異常な速度の変化を帰結する。一般国民にとって、到底ついていけない状況を生じさせることになるのである。かくして、一般国民にとって、是非とも知らなければならない事項であるにもかかわらず、知ることができないという、深刻な背反状況が出現することになる。
 本書は、このような背反状況に対して、通路を設けることを目的としている。すなわち、第一に、宇宙に関する基本的なルールとなりうる情報を非常に広く網羅している。未知の分野を開拓するのであるから、先ず、個別的分野で解決される先例は貴重である。具体的問題に対して与えられた政策、条約、協定、共同宣言、政令、法律、法案等の諸実験が網羅され、変転極まりなく、広汎にわたる宇宙情報に対して、これを一望の下に見渡せるように配列されている。第二に、法的資料の的確な理解の方法は、法の体系に即して行うことである。しかし、宇宙法の体系化についての多様な議論は、この方法を困難にしている。従って、ここでは、宇宙開発の歴史に即したこれらの資料の整理が試みられている。第三に、資料を網羅的に採取するといっても、体系を見失うわけではない。宇宙開発の背景にある国際関係の展開をこれを読み解くキー・ワードによってまとめ、各専門家が、通暁する分野について各々責任をもって編集し解説を加えている。第四に、本書の試みは類例がないのであるから、既存の枠、例えば国際法というジャンルあるいは商法・民法等の既成体系、にのみ囚われてはいない。宇宙法をVereshchetin ICJ判事のいう「法の一般領域」(「法概念及び国内的と国際的の両方のレベルでの法の作成活動の領域」をいう。龍澤邦彦監修「国際関係法」(丸善プラネット、1996年、9〜10頁参照)として位置づけて、問題志向的なアプローチを試みるという意図が窺える。
 以上の意図と特徴を持つ本書の上梓は、時宜に適い、非常に大きな価値を有するものと思われる。この困難な一大事業に取り組まれ、ここまで到達することができたのは、龍澤教授の努力はもとより、参加した諸先生方をはじめ、編集に携わられた方々の大変な苦労の賜である。また、本書の刊行にご支援とご配慮をいただいた丸善プラネット(株)に心からお礼を申し上げたい。

(中央学院大学名誉教授  地方自治研究センター顧問)
(地方自治研究センター  センター長)

平成11年2月