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目次 巻頭言 凡例 第1章 第2章
第3章 第4章 後書き アペンディクス 索引

後書き

瀧澤 邦彦

宇宙法という法分野は当初は国際法の一部として国連により採択された決議及び宇宙関連条約とにより構成されていた。しかし、近年では、米ソ以外の、中国、欧州、日本等の宇宙活動への参加と彼らによるオートノミーの模索、宇宙活動の商業化から民間化への進展に比例して、地域的又は二国間の協力の枠組みを形成する条約のみでなく、各国独自の宇宙政策に導かれた国内法や国内判例の増大によって飛躍的に一つの独自の法体系として発展しつつある。つまり、宇宙法は、国際法の一分野という垂直的な構図ではなく、国際法及び国内法(その背景としての法政策をも含む。)をも取り込んだ水平的な構図によってよりよく示し得るものとなりつつある。今日、欧米諸国では、多くの大学が大規模化する先端技術に基づく21世紀の社会を見据えて、法学部の先端技術(例えば、バイオエシックス、ディジタル・キャッシュによるサイバー取引を含む情報通信ネットワーク等)に関する経済・法律研究に関する主要講義の一つとして宇宙法の講座を置いており、マギル大学、ライデン大学、ケルン大学等のように航空・宇宙法研究所を設置している大学も多い。
 この宇宙法に関する主要な多国間及び二国間条約、国際会議や機関の枠内の決議・提案、二国間の共同声明、国内法令及び判例等を集めた書物は、伝統的には、「宇宙法資料集」という名を冠するのが妥当であろう。しかし、我々は敢えてこの通常の呼称を取らず、佐藤案に基づいて「原典 宇宙法」と命名した。この語は、宇宙六法又は宇宙法全書という具合に理解していただいても構わない。なお、この書物を基礎としたデータ・ベースの設置が宇宙開発事業団(NASDA)の枠内で同時進行しており、近い将来アクセスが可能となろう。
 この書物の構想は10年以上前の米田と龍澤の出会いに溯る。二人が構想し、橋本氏に加わってもらって仕事を始めたものの、年を追って溢れ出す資料の翻訳と整理に何度投げ出そうと思ったかわからない。宇宙開発利用制度研究会(SOLARPSU)の主要メンバーの先生方のこの企画への参加によって、この資料集は日の目を見た。また、この書物は奇しくも宇宙条約30周年にあたる年に作成されることになった。諸先生方には、小菅、米田、龍澤並びに佐藤とも心から感謝申しあげる。構成については、全面的に米田案に従っている。このような年代を追った形のものは、諸外国の資料集、例えば、フランスのもの等に既に見られるが、諸文書の背景となる時代を読み解く法政策上の鍵概念の下に解説を加えた点が異なっている。当然のことであるが、宇宙活動は、地上の政治・社会思想に連動しているのである。
 ここでもう一つ付け加えなければならないことは、この資料集が終わりにこぎつけた矢先、龍澤が勉学を続けていく上での理想像としていた吉永榮助先生が亡くなられたことである。龍澤の申し出により、この本の作成に参加された諸先生方の同意を得て、この本を慎んで航空法の大先達でいらっしゃった吉永榮助先生に永遠に変らぬ尊敬の念を込めて捧げさせて頂く。
 最後に、余談になってしまうが、アメリカの学者達を中心としてアストロ・ロー(宇宙共通私法)の試みがある。これは、長期間にわたって宇宙空間で生活する人間と、その社会を規律するための規範であり、宇宙空間での生活が地上のそれとは全く異質なものになろうということを前提としている。宇宙空間においては個人の自由が大幅な制限を受けるだろうということは想像に難くない。生活環境は完全に人工的だし、何よりも生活空間が極端に狭いため、地上よりもはるかに強く他人を意識する必要がある。また、資源の浪費は厳しく戒められ、リサイクルを余儀なくされる。結果的に、人種、国家、宗教などの枠組みは地上に比べればずっと低い価値しか持たなくなろう。更にこのような空間においては、問題の解決にしこりを残すような強制的な方法は選びにくくなる。従って、宇宙空間では、人間の行為全般にわたって、普遍的なモラルに基づく規範に従って、自分で自分を律していくことが必要となり、争いの場合にも、制裁や罰則を押し付けるのではなく、コンセンサスによる解決を求めるのが望ましくなる。このようなアストロ・ローは、従来の法律知識のみからでは考えにくく、学際的な協力に基づく柔軟性を有するシステムの構築が必要になる複雑系である。人種の坩堝といわれるアメリカで、この宇宙法の延長線上にある新しい法システム、人種、国家、宗教等の違いを一切取り除いて、まさに人間同士の関係を再構築しようとするアストロ・ローの研究が始まったのは非常に興味深い。自然科学のみでなく社会科学においても宇宙の研究は、最終的に人間自身の研究でもあるということになるのだろうか。

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