微粒子の表面に穴をあけ、掘り返された原子を分析。下は穴の拡大写真(提供:北海道大学/JAXA)
同位体顕微鏡を使った分析の様子(提供:北海道大学/JAXA)
氷河や南極にある古い氷の酸素同位体を調べると、過去の気温が分かるといわれ分析が行われていますが、この分析方法では耳かき2〜3杯のサンプルが必要です。でも「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルは微少量でしたので、独自の方法で行いました。イトカワの微粒子に、酸素ではない別の原子をぶつけて穴をあけ、掘り返されてはじき飛ばされた原子を重さごとに分けて個数を測り、3種類の酸素がどういう割合で含まれるかを調べる方法です。
具体的には、同位体顕微鏡という装置を使って行いますが、まずは、酸素をイオン化させやすくするために、セシウム原子を秒速約500kmで微粒子にぶつけます。すると、分析が終わる頃には直径が10μm(1μm =0.001mm)で深さが1μmくらいの穴が開きます。酸素原子はイオン化して電気を帯びればプラスやマイナスの電極に反応して動くので、それを電気で吸い寄せます。そして磁石の中を通すと、原子は磁石のN極とS極の間の空間を回り始めます。軽い原子は回っている円の半径が小さく、重い原子は半径が大きいという具合に回る場所が変わるので、3種類の酸素を見分けることができます。こうして重量によって分けた酸素の原子、つまり、酸素-16、酸素-17、酸素-18の酸素同位体の数を数えて、その比率を出しました。
分析の練習を十分行い準備していたものの、イトカワのサンプルはこれまで練習につかっていたものと形が違います。分析の条件が練習とは異なるせいか、最初に分析した値が悪く、1週間はその誤差をなくすために苦労しました。28個の分析を行うことになっていましたが、まず1つ目の微粒子を使って2箇所の酸素同位体比を調べたところ、違う値が出たのです。同じ値が出るはずなのになぜ違うのかということで、その1個で何度も繰り返し測って、いい分析方法をやっと見つけることに成功しました。値の誤差が大きかった最初の1週間で、すでに地球の酸素同位体比とは違うことが分かったんですが、どの種類の隕石と同じかを決めるためには、もっと精度を上げなければならないということで頑張りました。普通コンドライト隕石と一緒だと分かった時は「おっ」という感じで、次の瞬間にすごく安心しましたね。
私たち研究者は、イトカワのようなS型小惑星は普通コンドライト隕石の母天体である可能性が高いという予測をしていたので、それが本当だったと証明できたこと。また、イトカワの微粒子の化学組成の分析を行った東北大学の中村智樹先生から、普通コンドライトと同じ化学組成だと聞いていましたので、その結果と一致したことでホッとしました。元素と酸素同位体は独立した情報で、これまで分析された隕石には、化学組成は同じでも酸素同位体が違うものがありました。だから必ずしも一致しない可能性があったんです。でもこの2つが一致したことで、より確実性が高まりました。
イトカワ微粒子の電子顕微鏡写真
私が想像をしていた以上にみなさん喜んで、とても祝福してくれました。これまで私は隕石の研究を行ってきましたが、小惑星の研究者との交流はあまりありませんでした。小惑星を研究している人は望遠鏡を使うので天文学者ですが、隕石の研究者は望遠鏡を使わないので天文学者ではありません。でも論文発表後にパリで行われた小惑星に関する学会に呼ばれて行くと、「イトカワを測った人だ」と紹介してくれて、その時に会場で「オーッ」という歓声があがりました。隕石の分野だけでなく、天文分野の方たちからもすごく注目されているのを感じましたね。
最近は、探査機が小惑星や彗星まで行き、X線分析などで化学組成を調べられるようになりましたので、それと隕石のデータを比較できるようになりました。また、「はやぶさ」のカプセル回収にも携わったNASAのマイク・ゾレンスキー先生が隕石の中に水を発見したことなどから、氷でできている彗星と、岩石質の小惑星が実はよく似たものかもしれないと言われはじめています。これまでも異分野の研究者がお互いに関心を持ち、交流する機会が増えつつはあったのですが、今回のイトカワの微粒子の分析によってそれがますます加速し、新たな発見につながるかもしれません。
私たちが行った初期分析はある意味で結果が予測されることでした。コンドライト隕石がS型小惑星に起因するかもしれないことは、以前から推測されていましたからね。「この分析ならこういう結果を出せる」と確実なプログラムを組み、これから研究する人たちの基礎データになることを提供するために行ったのが初期分析です。ですから、これから出てくる成果の半分くらいは初期分析の延長のようなものだと思います。でも世界中にはオリジナリティーをもった研究者がたくさんいます。私たちが想像もしないような提案がいろいろ出てくるでしょう。イトカワの微粒子は、人類史上初めて私たちが手にした小惑星のサンプルです。その貴重なサンプルによって、予想外の本当にビックリする成果が出るのを私は期待しています。
初期分析による大きな成果は、小惑星の起源を確認したほか、イトカワに宇宙風化があったことを証明したことです。イトカワの微粒子には、太陽風がぶつかって生じた痕跡が残っていたのです。私はその痕跡部分に、太陽から吹き出した粒子が実際にあるかどうか、本当に太陽風が残っているかを確かめたいです。誰も見たことがない、小惑星の表面に残る太陽風の実態を見てみたいです。
何かが起こるのを待っているものでもないし、たまたま足元にあるものを分析するわけでもない。「あそこへ行きたい」と思って行き、「あれが欲しい」という意志を持ってサンプルを持ってくること。しっかりとした目的をもって宇宙へ探査しに行くことに魅力を感じます。
私は太陽系の遠いところの探査に興味があります。隕石は火星と木星の間にある小惑星帯から来ていることが分かっていますが、その小惑星帯よりさらに遠くに、隕石と同じようなものがあるどうかは分かっていません。また、木星の先に氷があることは分かっていますが、それが実際に何でできているかは分かっていません。それらを解明する探査をぜひやってほしいと思います。
もともと私は太陽系の起源に興味があり、観測ではなく実際のものを見て分析するという方法で、太陽系の起源を明らかにしたいと思ってきました。そういうことで、隕石の分析から研究をスタートしましたが、地球外のものであれば木星でも土星の物質でも太陽系のもっとはるか彼方の物質でもいいと思っています。小惑星に限らず、私たちが知らないいろいろなところを探査してサンプルを持って帰ってきてほしいと思います。
1985年、筑波大学大学院地球科学研究科博士課程修了。1986年筑波大学地球科学系助手。1992年、筑波大学地球科学系講師。1994年、東京工業大学理学部助教授。2005年、北海道大学理学部教授。専門は太陽系の起源と進化の研究。