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小惑星イトカワの真の姿を明らかに 〜「はやぶさ」サンプルの初期分析結果〜 酸素が証明した隕石のふるさと 北海道大学大学院 理学研究院 教授 圦本尚義

隕石のふるさとは小惑星だった

分析値の信頼性を世界最高レベルに

誰もが予測できない成果に期待

太陽系の起源を明らかにしたい

隕石のふるさとは小惑星だった

Q. 先生の専門の研究を教えてください。

アエンデ隕石。1969年にメキシコに落下した炭素質コンドライト隕石(提供:圦本尚義)
アエンデ隕石。1969年にメキシコに落下した炭素質コンドライト隕石(提供:圦本尚義)
小惑星イトカワ
小惑星イトカワ

専門は太陽系の起源と進化で、太陽系の小天体の研究を行っています。特に、小天体に残る、約46億年前の太陽系が誕生した頃の古い物質に興味があります。地球のように大きな天体は進化の過程で、古い物質が新しい物質に置き換わってしまっています。例えば、これまでに地球で見つかった最も古い岩石は、オーストラリアの一部に残る約44億年前の鉱物です。太陽系の年齢は約46億年といわれていますので、最初の2億年間の物質はもうありません。一方、隕石に含まれる鉱物は全部約46億年前のものなので、それらを分析することで太陽系の歴史をひも解きたいと思ってきました。

Q. 先生が行った初期分析成果について教えてください。

私たちのグループはイトカワの微粒子の酸素同位体比を調べましたが、この「酸素同位体」についてまず説明しましょう。科学的には同じ性質を持つ原子で、質量が違うものを「同位体」といいますが、酸素には酸素-16、酸素-17、酸素-18という重さが異なる3種類の酸素同位体があります。この3種類の酸素同位体の量の割合は、月と地球では同じですが、それ以外は天体によって全て違います。地球でいちばん多くあるのは酸素です。私たちの足元にひろがる地下は、元素から見ると半分以上が酸素であり、酸素は岩石質の惑星を作る最も大きな要素です。ですから、酸素を調べることは、惑星の半分以上を調べることと同じなのです。
イトカワの微粒子の28個の酸素同位体比を調べた結果、イトカワの酸素同位体比は地球上の物質とは明らかに異なっており、また、普通コンドライト隕石に含まれる鉱物と非常によく似ていることが分かりました。これまで隕石のふるさとは小惑星だろうと予測はされていましたが、確証はありませんでした。でも今回のイトカワの微粒子の分析によって、その予測が正しかったと証明することができたのです。

分析値の信頼性を世界最高レベルに

Q. 分析はどのような方法で行われたのでしょうか?

微粒子の表面に穴をあけ、掘り返された原子を分析。下は穴の拡大写真(提供:北海道大学/JAXA)
微粒子の表面に穴をあけ、掘り返された原子を分析。下は穴の拡大写真(提供:北海道大学/JAXA)
微粒子の表面に穴をあけ、掘り返された原子を分析。下は穴の拡大写真(提供:北海道大学/JAXA)
同位体顕微鏡を使った分析の様子(提供:北海道大学/JAXA)
同位体顕微鏡を使った分析の様子(提供:北海道大学/JAXA)

氷河や南極にある古い氷の酸素同位体を調べると、過去の気温が分かるといわれ分析が行われていますが、この分析方法では耳かき2〜3杯のサンプルが必要です。でも「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルは微少量でしたので、独自の方法で行いました。イトカワの微粒子に、酸素ではない別の原子をぶつけて穴をあけ、掘り返されてはじき飛ばされた原子を重さごとに分けて個数を測り、3種類の酸素がどういう割合で含まれるかを調べる方法です。
具体的には、同位体顕微鏡という装置を使って行いますが、まずは、酸素をイオン化させやすくするために、セシウム原子を秒速約500kmで微粒子にぶつけます。すると、分析が終わる頃には直径が10μm(1μm =0.001mm)で深さが1μmくらいの穴が開きます。酸素原子はイオン化して電気を帯びればプラスやマイナスの電極に反応して動くので、それを電気で吸い寄せます。そして磁石の中を通すと、原子は磁石のN極とS極の間の空間を回り始めます。軽い原子は回っている円の半径が小さく、重い原子は半径が大きいという具合に回る場所が変わるので、3種類の酸素を見分けることができます。こうして重量によって分けた酸素の原子、つまり、酸素-16、酸素-17、酸素-18の酸素同位体の数を数えて、その比率を出しました。

Q. 分析するにあたって苦労された点はありますか?

分析の練習を十分行い準備していたものの、イトカワのサンプルはこれまで練習につかっていたものと形が違います。分析の条件が練習とは異なるせいか、最初に分析した値が悪く、1週間はその誤差をなくすために苦労しました。28個の分析を行うことになっていましたが、まず1つ目の微粒子を使って2箇所の酸素同位体比を調べたところ、違う値が出たのです。同じ値が出るはずなのになぜ違うのかということで、その1個で何度も繰り返し測って、いい分析方法をやっと見つけることに成功しました。値の誤差が大きかった最初の1週間で、すでに地球の酸素同位体比とは違うことが分かったんですが、どの種類の隕石と同じかを決めるためには、もっと精度を上げなければならないということで頑張りました。普通コンドライト隕石と一緒だと分かった時は「おっ」という感じで、次の瞬間にすごく安心しましたね。
私たち研究者は、イトカワのようなS型小惑星は普通コンドライト隕石の母天体である可能性が高いという予測をしていたので、それが本当だったと証明できたこと。また、イトカワの微粒子の化学組成の分析を行った東北大学の中村智樹先生から、普通コンドライトと同じ化学組成だと聞いていましたので、その結果と一致したことでホッとしました。元素と酸素同位体は独立した情報で、これまで分析された隕石には、化学組成は同じでも酸素同位体が違うものがありました。だから必ずしも一致しない可能性があったんです。でもこの2つが一致したことで、より確実性が高まりました。

誰もが予測できない成果に期待

Q. 論文発表後、周囲の研究者からの反応はいかがでしたか?

イトカワ微粒子の電子顕微鏡写真
イトカワ微粒子の電子顕微鏡写真

私が想像をしていた以上にみなさん喜んで、とても祝福してくれました。これまで私は隕石の研究を行ってきましたが、小惑星の研究者との交流はあまりありませんでした。小惑星を研究している人は望遠鏡を使うので天文学者ですが、隕石の研究者は望遠鏡を使わないので天文学者ではありません。でも論文発表後にパリで行われた小惑星に関する学会に呼ばれて行くと、「イトカワを測った人だ」と紹介してくれて、その時に会場で「オーッ」という歓声があがりました。隕石の分野だけでなく、天文分野の方たちからもすごく注目されているのを感じましたね。
最近は、探査機が小惑星や彗星まで行き、X線分析などで化学組成を調べられるようになりましたので、それと隕石のデータを比較できるようになりました。また、「はやぶさ」のカプセル回収にも携わったNASAのマイク・ゾレンスキー先生が隕石の中に水を発見したことなどから、氷でできている彗星と、岩石質の小惑星が実はよく似たものかもしれないと言われはじめています。これまでも異分野の研究者がお互いに関心を持ち、交流する機会が増えつつはあったのですが、今回のイトカワの微粒子の分析によってそれがますます加速し、新たな発見につながるかもしれません。

Q. 今後期待される、分析成果は何でしょうか?

私たちが行った初期分析はある意味で結果が予測されることでした。コンドライト隕石がS型小惑星に起因するかもしれないことは、以前から推測されていましたからね。「この分析ならこういう結果を出せる」と確実なプログラムを組み、これから研究する人たちの基礎データになることを提供するために行ったのが初期分析です。ですから、これから出てくる成果の半分くらいは初期分析の延長のようなものだと思います。でも世界中にはオリジナリティーをもった研究者がたくさんいます。私たちが想像もしないような提案がいろいろ出てくるでしょう。イトカワの微粒子は、人類史上初めて私たちが手にした小惑星のサンプルです。その貴重なサンプルによって、予想外の本当にビックリする成果が出るのを私は期待しています。

太陽系の起源を明らかにしたい

Q. 先生ご自身は今後どのような分析をしたいと思われますか?

初期分析による大きな成果は、小惑星の起源を確認したほか、イトカワに宇宙風化があったことを証明したことです。イトカワの微粒子には、太陽風がぶつかって生じた痕跡が残っていたのです。私はその痕跡部分に、太陽から吹き出した粒子が実際にあるかどうか、本当に太陽風が残っているかを確かめたいです。誰も見たことがない、小惑星の表面に残る太陽風の実態を見てみたいです。

Q. 宇宙探査の魅力は何だと思われますか?

何かが起こるのを待っているものでもないし、たまたま足元にあるものを分析するわけでもない。「あそこへ行きたい」と思って行き、「あれが欲しい」という意志を持ってサンプルを持ってくること。しっかりとした目的をもって宇宙へ探査しに行くことに魅力を感じます。

Q. 将来の小惑星探査にどのようなことを期待されますか?

私は太陽系の遠いところの探査に興味があります。隕石は火星と木星の間にある小惑星帯から来ていることが分かっていますが、その小惑星帯よりさらに遠くに、隕石と同じようなものがあるどうかは分かっていません。また、木星の先に氷があることは分かっていますが、それが実際に何でできているかは分かっていません。それらを解明する探査をぜひやってほしいと思います。
もともと私は太陽系の起源に興味があり、観測ではなく実際のものを見て分析するという方法で、太陽系の起源を明らかにしたいと思ってきました。そういうことで、隕石の分析から研究をスタートしましたが、地球外のものであれば木星でも土星の物質でも太陽系のもっとはるか彼方の物質でもいいと思っています。小惑星に限らず、私たちが知らないいろいろなところを探査してサンプルを持って帰ってきてほしいと思います。

圦本尚義(ゆりもとひさよし)
北海道大学大学院 理学研究院 自然史科学専攻 教授。理学博士。

1985年、筑波大学大学院地球科学研究科博士課程修了。1986年筑波大学地球科学系助手。1992年、筑波大学地球科学系講師。1994年、東京工業大学理学部助教授。2005年、北海道大学理学部教授。専門は太陽系の起源と進化の研究。

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