Q. 月探査の魅力は何だと思いますか?

シャックルトンクレーターの内部(かぐやの地形カメラ撮影)
地球に最も近い天体であることです。私は「いつか宇宙へ出て行きたい」という思いがあり、自分が生きている間にもしかしたら行けるかもしれないという、手の届く範囲にあるのが、月の魅力です。また近いということは、行きやすく探査しやすいので、観測データがたくさんあるということです。月を周回する探査機だけでなく、アメリカのアポロ計画では人間が月へ降り立ち、総重量約382kgもの石や砂を持ち帰りました。これらのデータによって、月はほかの惑星よりも詳細に研究されています。さらに、将来実現するであろう日本の無人着陸機による探査データが加わると、さらに月のいろいろなことが総合的に分かると思います。
そういう中で、自分が担当した地形カメラで月の全体をしっかり見ることができたことは、研究者冥利に尽きます。特に、南極のシャックルトンクレーターの常に陰となっている領域を、地形カメラが捉えたとたことを確認したときは感動しました。クレータの底が、クレータの壁からの散乱光でほんのわずかですが照らされていたのです。高い感度を持つ地形カメラだからこそ撮像に成功できました。その夜、シャックルトンクレーターの高解像度データを飽きることなくずっと見ていましたが、いつしか涙が出ていました。10年以上の長きにわたって、多くの仲間と共に乗り越えてきた苦労が報われたんだなぁ、という思いでした。極域は水の存在が示唆されていた場所で、昼と夜の温度差がほとんどないため、月面基地建設に適しています。そういう意味では、将来人類が行く可能性の高い場所なのです。いつしか、人が月の南極に降り立ち、シャックルトンクレーターを見るとき、「あぁ、ここはかつて、日本の『かぐや』が初めて中を撮影するのに成功したのだったなぁ」と思ってくれる日が訪れるかもしれないと思うとワクワクします。
Q. 今後、どのような月の研究をしていきたいと思いますか?

ライナーガンマといわれる渦巻き模様の地形(かぐやのハイビジョンカメラ撮影)
月に彗星の衝突がどれくらいあったかを調べたいです。学生の頃は彗星に興味があり、彗星がどう形成され進化してきたか、内部構造はどうなっているのかを研究していました。なぜ彗星かというと、生命の起源を知りたかったからです。地球の生命のもととなった有機物の起源の一つとして、彗星の衝突があげられています。また、月の極域には氷があるかもしれませんが、それは、彗星の衝突などで蒸発した水蒸気が移動して捕捉され、氷として存在しているはずだという考えもあります。そういう意味では、月面には、彗星が衝突したのではないかと思われる渦巻き状の模様など、不思議な地形がたくさんあります。これらの模様がどのようにして形成されたのか、彗星衝突との関係を研究したいと思います。
Q. 将来の月探査にどのようなことを期待しますか?

ティコクレーターの北壁。階段状になった内壁の形状がよく分かる(かぐやの地形カメラ撮影)
「かぐや」が打ち上がる前は、「もう月の探検の時代は終わって、精査の時代になる」とよく言われました。これまでのデータをもとに細かく調べるのが「かぐや」の役目だと言われたのです。ところが、「かぐや」が打ち上がって高精細な観測機器で月を見てみると、発見の連続なのです。月は今もまだ探検の時代で、誰もが知らない宝の山がたくさん眠っているのだと思います。ですから、「かぐや」のデータを基にして、将来の月探査がますます発展していってくれればよいと思います。また、これからは国際協力が重要だと思います。「かぐや」と他の月探査機のデータを使って、世界中の研究者と協力し合って研究を進めていきたいです。そして、他の研究者もまたそうできるようにするのを助けていきたいですね。私たち科学者の研究の成果によって、一般の人たちが、宇宙や科学により興味を持ってもらえるようになれば、とても嬉しいです。
私は、引き続き日本による月惑星探査に関わってきたいと思っています。「かぐや」の前は、他の国の月探査機のデータを使って研究せざるを得ませんでした。今回、観測データを外部に提供する側になってみると、データを較正するのがとても大変だということが、自分たちでやってみて初めてよく分かりました。「かぐや」で得た科学的成果はもちろんのこと、どのような観測をすべきかという議論から始まって、機器開発、地上の処理ソフトの開発、機器や衛星の運用、データの校正・補正、そして、目標としたデータの解析をするまで、すべてを手がけやってきた、ということは非常に大きなことで、私のみならず、多くの仲間の自信にもつながったと思います。この経験は、将来の月惑星探査に活かされ、新しい発見や新しい分野の開拓へとつながっていくであろうと思います。