ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


世界が再び月へ!  〜今なぜ人類は月を目指すのか?〜
「月は私たちの8番目の大陸」
ベルナール・フォワン
欧州宇宙機関(ESA)、欧州宇宙技術センター(ESTEC)、 月探査機「スマート1」主任科学者

Q.月探査機「スマート1(ワン)」の観測によって何が分かったのでしょうか?

「スマート1」は、欧州宇宙機関(ESA)の初の月探査機です。大きな目的は2つあり、まずはイオンエンジンによる電気推進システムを使った飛行の技術試験。そして月に到着してからの、月の地形や鉱物組成の観測です。2003年9月に打ち上げられ、14ヵ月かけて月に到着した後、月の起源や初期の進化の様子についてだけでなく、地図の作成や地形の変遷について観測しました。赤外線やX線分光装置、小型カメラなどを使って、月が何でできているのか、月の基本構造を調査したのです。現在その観測データの収集と分析が進められています。

Q.2006年9月に「スマート1」を月面に衝突させた理由は何でしょうか?その際、どのような観測が行われましたか?


ヨーロッパ月探査機「スマート1」
(提供:ESA - AOES Medialab)


「スマート1」が月面衝突数時間前に撮影した月の地平線
(提供:ESA/SPACE-X, Space Exploration Institute)

「スマート1」は約1年半にわたって月の探査を行って目的を果たし、燃料が残り少なくなってきたため、月の表側の「優秀の湖」へ予定通り衝突させました。衝突地点は地質学的に興味深い場所、また地球の望遠鏡から観測しやすい場所が選ばれました。「スマート1」は、5度以下という浅い角度で、また速度は秒速約2kmで衝突しましたので、衝突エネルギーはそれほど大きいものではなく、月が受けた衝撃も比較的少なかったようです。衛星が落下する際は、月面を近距離から観測し、また衝突後にも数分間は、衝突時に発生した粉塵雲や月面の調査を行いました。衝突の瞬間の閃光や物質が巻き上がる様子が地上から観測され、その様子を見た時は感慨深いものがありました。なにしろ私は1996年の開発当初から「スマート1」に携わってきましたから、このミッションに10年もの歳月をかけたことになります。「スマート1」は、月面構造に関する観測成果を残しただけでなく、衛星の技術的な成功も収めました。「スマート1」の衝突によって、現在月を周回する探査機はなくなりましたが、「スマート1」を通じて得たさまざまな経験、科学データは今後の月惑星探査に活用されていくことでしょう。

Q.これまでヨーロッパではこれまでどのような月の研究を行ってきたのですか?

ヨーロッパの研究者は、アメリカのアポロ計画など初期の月探査計画に参加してきました。地上からの観測で、スイスと共同で月の周りの太陽風の構造を研究したこともあります。以前から私たちは、月の地質調査などに強い関心を持っていましたが、月惑星探査の分野ではロシアやアメリカに後れをとっていたのです。そして、「スマート1」によってようやくヨーロッパ独自の月探査を実現することができました。

Q.ヨーロッパが将来計画している月探査はありますか?

将来的な月面着陸計画はありますが、今進められているヨーロッパ独自の月探査ミッションはありません。国際協力として他国の月探査計画に参加しています。例えば、2008年に打ち上げが予定されているインドの月探査機「チャンドラヤーン1」には、「スマート1」で使用した観測機器を搭載するため、現在その装置を改良中です。また、日本が今年打ち上げる予定の月周回衛星「セレーネ」には、「スマート1」で得たデータが使われますので、日本のスタッフと打ち上げ前の準備を進めているところです。

Q.日本の月探査のレベルは世界的に見ていかがでしょうか?

素晴らしいです。科学者も技術者も一丸となって、とても熱心に「セレーネ」計画に取り組んでいます。「セレーネ」には15もの観測装置が搭載され、包括的な調査ができると期待しています。月の起源や構造などの科学的研究だけでなく、月面ロボットや着陸船、月面基地計画にも役立つような、将来の宇宙探査の布石となるような活動がきっと行われるでしょう。「セレーネ」の観測が始まってからも、ぜひ協力させていただきたいと思っています。

Q.やはり国際協力は必要だと思われますか?

月は人類の共通財産ですから国際協力は必要です。私たちの起源や地球の歴史について月から学べることは、皆で分かち合うべきです。また、月は私たちの未来でもあります。国際協力を通して、月で一緒に活動する方法を学べるほか、専門的知識や技術を持ち寄ることによって新しい発見をしたり、さらなる技術的な開発が可能になってくると思います。

Q.月探査の魅力は何だと思いますか?

私たち自身について学べることだと思います。地球と共通点が多い月の変遷を研究すれば、私たちの惑星、地球の進化についても理解を深めることができます。また、太陽系の初期の様子や、地球外での人間の活動や生活の手段についても学べます。資源開発や月からの天体観測も面白いでしょう。さらに、月へ行くことは火星探査へのステップでもあります。月では極端な環境下での生存方法を学ぶことができますし、月を拠点にして火星へ向かうこともできます。月の研究を進めることによって、可能性が広がってくるのです。それも月探査の魅力の1つです。

Q.月へ行ってみたいですか?

すでに行きましたよ。といっても、私の子供のような存在である「スマート1」がです。私の頭脳が月へ行ったという意味です。きっと20年、30年後には実際に月へ行く人間がいるのだと思います。

Q.今、なぜ人類は月を目指すのでしょうか?

人類が月に興味を持つのは、私たちの日常に月が存在しているからだと思います。どこに月があるかを、私たちは小さい頃からは知っています。さらに、月は私たちの生命にも深く関わっていて、月によって地球の変遷も調べることができます。また、月は地球ととても近い距離にありますので、人類が次に目指す場所であるだろうと感じます。月は私たちにとって8番目の大陸です。現実に私たちは月探査を行っていますし、アメリカではすでに人類が月へ降り立ちました。そして今、世界のすべての国に、月探査を行う可能性があるのです。


ベルナール・フォワン Bernard H. Foing
欧州宇宙機関(ESA)、欧州宇宙技術センター(ESTEC)所属。
太陽・恒星物理学、月・惑星探査を専門とする。2006年9月に月面衝突をして探査を終えた、ヨーロッパ初の月探査機「スマート1」の主任科学者として活躍。そのほかにも、太陽観測衛星SOHO、X線天文衛星XMM、火星探査機「マーズ・エクスプレス」などの宇宙計画で共同研究を行う。これまでに、欧州宇宙機関の宇宙科学部門の主任研究員を務めるほか、現在は国際月探査ワーキンググループ(ILEWG)のエグゼクティブディレクターとして、2020年の月面有人基地の建設準備を進めるなど、月探査における国際協力プロジェクトを推進している。