1960年代末の人類を月へ送り出すアポロ計画に先行して、アメリカは無人探査機を打ち上げました。月が人間にとって安全な場所かどうか確かめるため、衛星からの情報をもとに月の研究をするためです。まず、月面に硬着陸するまでの間、月面を近接撮影した「レインジャー」。続いて、月へ軟着陸をした「サーベイヤー」、月軌道を周回しながら観測をする「ルナ・オービター」です。これらの無人探査機によるデータ取得をした結果、私たちは人間を月へ送っても大丈夫だと確信しました。そして後に、アポロ計画で6回の有人着陸に成功しています。アポロ探査ではサンプル採取とたくさんの写真撮影を行いましたが、これらの成果はアポロ計画が終わった後の研究にも活かされています。アポロでは約350kgの月の岩石サンプルが集められましたが、月の秘密を解き明かすために、現在もそれらの分析が行われています。
アポロ計画が終わったのは1972年でしたが、その後もアメリカは月の軌道へ2機の探査機を打ち上げています。全域に渡る月面構造の観測に成功した1994年の「クレメンタイン」と1998年の「ルナ・プロスペクター」です。アポロ以前のミッションからアポロ以降の「クレメンタイン」や「ルナ・プロスペクター」まで、すべてのミッションによる全データを使って、月の地質構造図を初めて作成することができました。それらをもとに、月の歴史が研究されてきたわけですが、今日ある月の起源や進化に関する知識は、これらのデータによって明らかにされてきたのです。
私が先日提出した論文では、月のトリウム元素の分布を扱いました。これは放射性のある大変面白い元素ですが、この分布が分かれば、月での火成活動の歴史、地殻の溶解の変遷が分かるはずです。このように、これまで取得したデータを使ったさまざまなプロジェクトが現在進行中で、研究が盛んに行われています。
地質学者はいろいろな観点から岩石の研究に取り組んでいますが、まず岩石の構成と変遷を調べることが大きな目的です。岩石を見ると何でできているか、どんな元素がどれ位あるかなどの化学組成が分かります。また、鉱物学的な元素の配列も重要です。基本的に鉱物は結晶ですが、含まれる元素は結晶によって異なります。したがって、岩石の化学的性質や鉱物性を調べると組成が分かり、その岩石がどのように形成されたか解明する糸口になります。
つまり、まず組成を調べ、次にどのようにしてできたかというプロセスを考えます。例えば、暗く滑らかな月の海から採取された玄武岩のサンプルは、何十億年も前に月面に噴出した溶岩が、月面にとても近いところで冷えきったものであることを教えてくれます。岩石の組成や起源を研究することにより、岩石の変遷が浮き彫りになります。
さらに、採取場所が明らかなのでその場所の歴史についても学ぶことができます。岩石が月のどの場所からきたのか、そしてその場所の特徴や歴史を調べることによって、一つの筋道が組み立てられていきます。
アポロで採取したサンプルや、その後の月探査機の成果のおかげで、月の歴史に関してかなり分かってきました。簡単に月の歴史を説明すると、月は地球と同じ年齢で、約45億年前に誕生したこと。また、形成直後に月全体が溶岩の海に覆われた結果、あのような地殻が形成されたらしいことが分かっています。溶岩の海では、軽くて低密度の鉱物が表面に浮上し、高密度の鉱物が沈下して、地殻とマントルの2つの構成要素に分かれました。これが月の歴史の初期に起こった現象です。溶岩が凝固した後は、大規模な盆地やクレーターが形成される原因となる小惑星や彗星の衝突がかなり長く続きました。そして次に、地殻激変(cataclysm)と呼ばれる、非常に激しい衝突が短期間に多発する時期をむかえます。それが終わると、月の一部は溶岩の洪水に覆われますが、30億年前にほぼ静まりました。それ以後の月では、時折の衝突と、月面の岩石を粉状化する微隕石の衝突が恒常的に起こっているくらいです。このような月の変遷はすべて、これまでの月探査の成果から判明しました。
2006年12月にNASAは新たな宇宙計画の概要を発表しましたが、実は私も計画作りに参加していました。現在、私たちは月へ戻る指令を受けていますが、今回は月の成因や進化を調べるだけでなく、「惑星で人類が生活を営むための研究」という目的があります。つまり、アポロ時代から培ってきた私たちの知識を補うと同時に、未知のことを学び、新発見のために月に戻るのです。
このための第一歩が、2008年打ち上げ予定の月周回衛星「ルナ・リコネイサンス・オービター」です。この衛星の目的は、今あるデータに欠けている重要な情報を補うことです。例えば、「クレメンタイン」と「ルナ・プロスペクター」計画により、月の極域が非常に興味深い場所であることが分かりましたが、その領域を本格的に調査したことはありません。以前の探査ではまだ分からないことばかりです。したがって、今度のミッションによって、月極域の状況、地勢、天候、高低の具合、永久的に陰っている所、そしてその地表の特徴などを測定します。「ルナ・リコネイサンス・オービター」には、暗い極域内に氷が存在する証拠を明らかにする機器も搭載される予定です。
「ルナ・リコネイサンス・オービター」の次には、月の極地域に着陸機を送り、月面で実際に測定をし、地上から極域環境を調査できるような探査が行われると思います。アポロ計画の時代と比べると私たちの技術は進歩し経験も豊かになっています。そして遂には、人類を月へ送り、定住を始めることが大きな目的であり、そのための月探査計画が進められています。
ぜひ行ってみたいですね。でもたぶん時間的に無理だと思います。昨年末にNASAが発表した構想によれば、次の有人による月面着陸は、2020年です。今から13年後というと、私は少し歳をとり過ぎていると思います。
月のすべてです。まだ私たちが分かっていないこと全部です。私がこれまで説明したことは、月の本当の姿のごく一部にしかすぎません。月には私たちの知らないことがまだあるはずです。もしかすると、私たちのこれまでの知識で間違っていることがあるかも知れませんし、月にはまだまだ驚くような発見があると思います。私は惑星科学者ですから、科学的見地から月に興味があります。月がどのように形成され進化してきたのか、月の歴史に興味があります。また、これらのことを理解することによって、月をもっと上手く利用できるようになると思います。
昨年発表した計画と過去の月探査の違いをよく聞かれるのですが、ポイントは「月への移住」だと思います。月の資源を使いながら宇宙に暮らすこと。そしてそのためにも、月がどのように形成され何でできているのか理解することが大切です。
今年打ち上げられる「セレーネ」によって、クオリティの高い月全体の観測データが取得できると思います。今回初めて小型副衛星が「セレーネ」に搭載されますが、これを中継にして、遠く離れた地域を観測している主衛星を追跡することができます。また、まだ分かっていない遠隔地の重力場の観測も可能になります。この月全域に渡る磁場の観測データは非常に重要です。私は「セレーネ」に期待しています。
いつか日本の方と一緒に仕事をしたいと思っています。残念ながら、私は日本の科学者と国際会議などでお目にかかることがあっても、仕事を一緒にする機会がありませんでした。
これから数年の間に、アメリカだけでなく、他の国々も月へ探査機を送ります。今年、日本は「セレーネ」、中国は「チャンア(嫦娥)」を打ち上げ、インドも2008年に「チャンドラヤーン」という月周回衛星を打ち上げます。このインドの衛星には、私が開発を担当している撮像レーダが搭載される予定です。まるで世界が月へ飛び立っているかのようです。
私は国際協力が重要だと思います。各国が打ち上げる衛星が取得した全データを集め、皆が共有し利用できるデータバンクができたらいいと思います。世界中の高度なデータを共有できれば、比較研究ができますし、画期的な成果も生まれやすくなるでしょう。
一番の理由は、もはや地球の周りを超えて他の惑星までも探査している人類にとって、月に行くことは理にかなっているからです。これまでの30年間、地球の低軌道へ行き、たくさんの発見をしました。特に宇宙ステーションに関しては、軌道上での宇宙基地の組み立て、宇宙での長期に渡る滞在や仕事の遂行の仕方などについて多くを学びました。そして今、地球軌道だけでなく、太陽系のより遠いところまで、新たなステップを踏み出す時が到来しました。その第一歩が月なのです。月では将来の宇宙探査の足がかりとなる研究を行います。他の惑星に居住するための研究、宇宙へ行く新しい手段を開発するための宇宙資源利用の検討。これらが月へ再び向かう主なる目的です。そしてせっかく月へ行くのですから、月全域の探査も行います。私たちが今まで想像してきた以上に、月の形成と進化が詳細に解明されるでしょう。そして月を拠点とし、太陽系外へと進出していくのです。