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世界が再び月へ!  〜今なぜ人類は月を目指すのか?〜
「人類の長期的な投資として」
カーリ・ピータース
ブラウン大学地質科学科、教授

Q.現在、どのような月探査プロジェクトを進めていますか?

私の主な研究課題は、月の組成を分析し、月の地殻の形成と進化、月の海の玄武岩の特徴と多様性などを調べることです。月の研究を何十年もしていますが、最初は望遠鏡で月の表面を観測する天文学者としてスタートしました。最近は科学技術が向上し、探査機が月全域を高解像度で調査できますので、探査機によるデータを好んで使っています。私は研究を進めるにつれて、スペクトロスコピーによる月の組成物質の研究に興味を持つようになりました。スペクトロスコピーとは、分光器を使って物質の発光・吸収スペクトルを調べたり、それによって物質の性質を調べる方法のことをいいます。


月の南極-エイトケン盆地
(提供:NASA)
インドの月探査機「チャンドラヤーン1」
(提供:ISRO)

現在は、月の南極-エイトケン盆地は、月の南極から月の裏側にあるエイトケンクレーターまで広がる巨大盆地の範囲を示しています。この盆地の一端は南極で、もう一端は赤道付近、赤道から約15度のところです。この盆地の面白いところは、南極から1000kmくらい離れた付近で、盆地内に月の内部の深部物質が露出しています。それは下部地殻で、マントルである可能性があります。月の表側に多く見られる盆地とは違って、南極-エイトケン盆地は、これまで玄武岩の溶岩で埋め尽くされたことがありません。ですから、露出した深部物質の特徴を月の表面でも確認できます。この巨大盆地を研究することによって、月の深部の様子、マントルや下部地殻を調べることができるのです。
その他に、2008年初めに打ち上げが予定されているインドの「チャンドラヤーン1」に搭載する撮像分光装置の主任研究員をしています。これは、月の特徴と鉱物分布を高解像度で調べる装置です。インドは「チャンドラヤーン1」の打ち上げに、自国だけでなく、外国からも搭載機器を募集したので応募しました。これは、私が携わった月探査の観測機器が初めて打ち上げられるチャンスだったのです。私たちの案が認められた後、NASAに資金面の援助を依頼し、幸いにもNASAの審査に通って現在、開発中です。「チャンドラヤーン1」は、インド初の月探査機ですが、インドの宇宙開発は、これまで地球周回する衛星に集中しているとはいえ、リモートセンシングに関してかなり成功を収めています。ですから、これまでの経験と実績からも「チャンドラヤーン1」を成功させるだろうと期待をしています。

Q.日本の月探査機「セレーネ」についてどう思われますか?

これまで日本の方たちと交流する機会がありましたが、私は彼らを尊敬しています。「セレーネ」はとても素晴らしいミッションですから、打ち上げが楽しみです。月全域の磁場に関する世界初のデータが取得されたら、科学の分野において非常に貴重なデータになるでしょう。
これからの2年間は、日本の「セレーネ」やインド、アメリカなど、注目すべき月探査機が次々と打ち上げられます。科学や宇宙探査にとって非常に実りある時期になると期待しています。世界各国で同時期に探査が行われることは、本当にすばらしいことだと思います。

Q.月探査における国際協力についてはどう思われますか?

月探査に限らず、国際協力はとても重要だと思います。研究者は常に他の研究者と話したがっているものです。もちろん、どの国も自分たちの持っている力を示す必要があるのは理解しています。しかし計画が進むにつれ、お互いに競うだけでなく、国際的な協力ができるよう願っています。

Q.月探査の魅力は何だと思いますか?博士が知りたいことはどんなことですか?

私は惑星地質学者ですから、惑星の作用について理解したいです。地質がどう形成され変化し、進化するのか。それから、惑星に変化をもたらすプロセスも解明したいです。
月の面白いところは、地質がほとんど誕生したままの純粋な状態にあることです。月には大気がありませんから、風や雨などといった地質を変化させる気象現象が存在しません。草木やプレートテクトニクス(地殻変動)もほとんどありません。ですから現在に至るまでの月の進化の過程を、地質を調べることによってすべて読み取ることができます。地球や火星の調査と違って複雑な作業をせずに、月のストーリーが理解できるのは、私たちにとって大変喜ばしいことです。月には、月の謎を解明するための記録が何十億年分も保存されているのです。

Q.月へ行ってみたいですか?

ぜひ行ってみたいです。月の研究をしたことがある人なら誰でも行ってみたいのではないでしょうか。しかし、探査機が私たちの代わりにたくさん仕事をしてくれて、月からデータを送ってくれるのなら、私はそれを待つだけでも満足できます。

Q.今、なぜ人類は月を目指すのでしょうか?

私個人の見解は、もし世界中の社会が認めるなら、宇宙探査や宇宙活動は長期の投資になるということです。そして、最初に人類が目指すのは明らかに月です。月探査や月面基地、そのほかのことがどれだけ早く進行するか分かりませんが、長期にわたる投資になることは間違いありません。価値があり、最も必要とされる月の資源が何かはまだ分かっていませんが、私たち地球に住む人類にとって、地球外の最初の居住地の1つが月になることは間違いないでしょう。


カーリ・ピータース Carle Pieters
ブラウン大学地質科学科、教授
惑星地質学者。マサチューセッツ工科大学にて惑星科学博士号を取得。スペクトロスコピーなど組成の遠隔分析に重点をおいた、地球型惑星の起源や進化、惑星表層の研究を専門とする。ピースコープ(Peace Corps)のボランティア活動としてマレーシアで科学教師をしたり、NASAジョンソン宇宙センター月惑星科学部門に科学者として勤務するなどの経歴を経て、1980年よりブラウン大学で教鞭を執る。2008年打ち上げ予定のインドの月探査機「チャンドラヤーン1」に搭載する撮像分光装置(M3: Moon Mineralogy Mapper)の主任研究員。NASAの小惑星探査機「ドーン」の共同研究員。NASAケック反射実験研究所(RELAB)の科学マネージャーを務めるほか、NASAのPlanetary Protection Advisory Committeeなど多くの諮問委員会でも活躍。