私はこれまで、地上からの太陽観測や、理論的な研究を中心に行ってきました。特に、太陽表面の磁場を測ることです。黒点は強い磁場を持っていますが、その周辺にも弱い磁場が広がっています。太陽の磁場の観測を学生時代からやってきました。磁場を調べる面白さはいろいろあると思いますが、太陽の爆発現象でフレア爆発というのがあります。それは、磁場の歪みがだんだん溜まってきて、どこかで耐えられなくなって爆発します。そうすると、地球に爆風のようなものが飛んできて、オーロラが見えたり、磁気嵐を起こしたりします。太陽で起こったいろいろな現象が地球に影響を及ぼし、私たちの実生活にも関係していることが、私が太陽磁場を調べる動機の1つになっています。
「ひので(SOLAR-B)」の観測装置は、これまでの装置と比べて画期的に分解能が上がり、精度も高くなっています。地上の太陽観測望遠鏡で太陽を見ると、どうしても大気の影響で解像度が低く、細かいところまで見えません。また、太陽表面の磁場しかわからないため、表面よりも上空の磁場については、計算してこうだろうと予測して理論モデルを作らなければなりませんでした。
「ひので」の観測では、太陽の磁場の分布が正確にわかります。表面の磁場を測るだけでなく、磁力線が太陽のコロナに向かってどういう風に伸びているかが見えるのです。光(可視光)の望遠鏡で太陽表面の磁場を観測すると同時に、X線の望遠鏡でコロナの中の磁力線の形を観測したら何がわかるのか。自分がいちばん興味を持っている太陽磁場の観測を、いま考えられる最高の性能を持った装置で、しかも日本の人工衛星によって行えることに感激しています。夢の一部分がかなったという喜びもありますが、その半面、正直に言うと、「ひので」の観測によって出てくるデータが自分の想像をはるかに超えた複雑なもので、うまく使いこなすことができるだろうかという心配もあります。高解像度、高分解能のデータというのは、データの大きさも膨大なわけで、それを完全に使いこなせるだけの観測の数値モデルが必要になってきます。しかし、それもうれしい悲鳴ではありますね。私は、「ひので」のデータを使って、長年の夢だった太陽磁場の解明に向けて研究を進めたいと思います。
「ひので」の可視光・磁場望遠鏡の望遠鏡本体は、「すばる」望遠鏡の実績がある国立天文台のメンバーが中心となって開発されました。開発段階の試験には、国立天文台の職員やメーカーの技術者だけでなく、大学院の学生たちも参加しました。多くの技術と人が集まって「ひので」は開発されたのです。しかし、高性能の望遠鏡を作っただけでは、科学的成果を生むことはできません。観測をし、そのデータを使って多くの研究がされることによって、大きな成果を生みます。そのためにも、私は皆が良い研究ができるよう、科学主任としての役割を果たしたいと思います。
「ひので」の観測は、世界中の科学者が注目しています。こういうデータが出てきたら、こういう研究をしましょうという国際シンポジウムを開くと、150人近い人が世界中から集まり、その半分以上は海外からの方です。ただ、期待半面、手ぐすね引いて待っているという感じで、良いデータが出たら使ってしまうぞという雰囲気を感じます。研究の世界は、先に発見した人が勝ちという競争の世界でもありますからね。「ひので」の開発を行った日米欧のチームにはデータの優先権がありますが、それは最初の半年間だけです。半年経ったらデータはすべて公開されます。私は、日本の研究者たちが「ひので」のデータを使って良い研究をし、多くの成果を出してくれることに期待しています。
本格的な宇宙空間からの太陽観測は、1973年に打ち上げられたアメリカの宇宙ステーション「スカイラブ」に搭載された望遠鏡によるものでした。宇宙ステーションにいるアメリカの宇宙飛行士が望遠鏡を操作して、太陽のX線写真などを撮影しました。それ以前は、衛星による太陽観測が行われても期間が短く、あまり成果が上がりませんでした。スカイラブでは1年近く太陽観測を行い、それにより宇宙から太陽を観測する新しい時代が始まりました。
日本で最初の太陽観測衛星は1980年代の「ひのとり」で、これは188kgと小さな衛星でした。同じ頃、アメリカが、「ひのとり」と同じような装置を搭載した2tもあるSMM(Solar Maximum Mission)衛星を打ち上げましたが、「ひのとり」は、小さいながらも互角の成果を残しました。その後、1991年に「ようこう」が打ち上げられ、初めてCCDカメラが搭載されました。スカイラブの時代はフィルム撮影で、動画として太陽の変化を捉えたのは「ようこう」が世界で初めてです。太陽がクルクル回って、バンバン爆発するようすは一般の方が見てもびっくりしたと思います。ですから「ようこう」が新しい太陽観測の時代を作ったのだと言えます。
「ようこう」はたくさんの成果を残しましたが、中でも特に印象に残っているのは、磁気リコネクションを確証した、フレア爆発のループの先のところがろうそくの火のようにとがった形をしているデータです。これは、昔から、こうなるだろうという理論的なスケッチはありましたが、それとそっくりなものが見えたので驚きました。これは、これから先ずっと教科書に残るような大きな発見で、初めて画像を見た時の感動は今でも忘れられません。
日本では、人工衛星を使った天文学はJAXAで、地上にある望遠鏡を使った天文学は国立天文台というように分担されています。これはもともと国の予算の流れで分かれてしまいましたが、実際の宇宙科学の研究では、宇宙からと地上からの2つにきれいに分けることはできません。協力して研究を進めていく必要があるのです。私はその垣根が取り払われて、研究や開発の面でもっと人事交流が公的にできればいいなと思います。たとえば、JAXAが使っているデータ受信用のアンテナは天文観測にも用いられていますし、お互いに共用できる施設はいくつもあると思います。
実際には、「ひので」のように共同開発しているプロジェクトもありますが、それはあまり一般の方には知られていません。人工衛星を使った天文学は、JAXAと国立天文台がやっているというように認知してもらえれば、もっと共同作業しやすい環境になるのではと思います。日本の宇宙開発、宇宙科学の発展のためにも、JAXAには人事交流を今一層、活性化していただき、より良い研究の推進をしていただきたいと思います。
桜井隆 (さくらいたかし)
国立天文台 副台長
理学博士。国立天文台太陽天体プラズマ研究部教授。専門分野は太陽磁場の研究。1978年に東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。東京大学理学部、東京大学東京天文台を経た後、1988年に国立天文台に着任。2004年より現職。「ひので」の科学主任。