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太陽観測衛星 ひので (SOLAR-B)
地球のためにも太陽の解明を 柴田一成(Kazunari Shibata) 京都大学理学研究科附属天文台 台長
宇宙の天気を予測したい

私は基本的には、宇宙の爆発現象に興味があります。最近は、宇宙のあらゆるところで爆発や、ジェット現象という猛スピードのガスの細長い噴出現象が見つかっています。それがどうも天体の正体で、形成史にも重要であるということがわかってきました。そのひな形となるのが、私たちにもっとも近い恒星、太陽です。太陽を調べれば、宇宙の爆発現象の謎が解明できるのではないかと、私はこの20年間太陽の研究を続けています。
現在、太陽が地球に大きな影響を与えていることがわかってきました。例えば、太陽の爆発の影響で起きた磁気嵐のせいで、人工衛星が故障したり、地球上で大停電が起こったりといった被害が起きています。私は、宇宙の爆発現象の謎を解明するだけでなく、地球のためにも太陽を観測することが必要だと思います。そういう意味で、私は宇宙天気予報の基礎研究という観点でも研究を行っています。「ひので(SOLAR-B)」の観測機器はこれまでの太陽観測衛星にはない、最高の性能を持っていますから、この宇宙天気の予報にもきっと貢献するだろうと思います。私は、「ひので」のデータを使って、宇宙天気予報の改善に努め、一般の方にも太陽観測が役立つようになってほしいと思います。

太陽の活動を物理的に解明したい

私は、「ひので」を使って、「ようこう」の観測によって確証された、太陽フレアの磁気リコネクション(磁力線のつなぎ変わりによって起こるエネルギーの爆発的な解放)を、さらに物理的に解明したいと思います。リコネクションがあると、激しくガスが噴出して、その一部が地球に飛んできますが、その時の速度にとても関心を持っています。「ようこう」では測定することができなかった、ガスの運動速度が「ひので」で初めてわかると思います。
また、コロナの加熱についても解明したいと思います。フレアが発生する場所を、コロナと言いますが、コロナは、そんなに大きなフレアが起きなくても、数百万度の超高温状態です。このコロナ加熱の謎は、2つの説があって論争中です。1つはアルフェーン波という磁力線に沿って伝わる波によって、エネルギーが加熱されているという説。もう1つは、ナノフレアというとても小さなフレアがたくさんあって、その爆発によって加熱されているという説です。アルフェーン波もナノフレアも理論上のもので、まだ誰も見たことはありませんが、「ひので」が見せてくれるかもしれないと期待しています。
私はこれまで磁場についての研究をあまり行ってきませんでした。「ひので」の磁場の観測装置を使って、黒点やその周りの光球の磁気流体現象の研究もしたいと思っています。これは私にとって新しい試みです。黒点の外側の光球でもリコネクションが観測されるかもしれないと、今からどんな成果が出るか楽しみにしています。

太陽の正体を見せてくれた「ようこう」

今まで誰が予想していたよりも、太陽が激しく活動し、爆発しているということを教えてくれたのは「ようこう」です。
私は、91年に「ようこう」が打ち上がった後、国立天文台で「ようこう」の運用に携わりました。人工衛星がちゃんと動いているか、太陽面で何か異変がおきていないかを毎日観測していました。それはとてもやり甲斐のある仕事で、「太陽の正体はこうだったのか」と太陽を見ているだけでワクワクしました。
私が「ようこう」の発見でもっとも感動したのは、磁気リコネクションです。リコネクションの後に起こるだろうと予測されていた、先がとがったフレアの構造(カスプ)を見た時にとても感動しました。私はもともと理論家で、コンピュータによるシミュレーションでいろいろな現象を検証していましたが、その計算によると、カスプの上の方にはガスが激しく飛んでいるはずでした。ところが、ぱっと見ただけでは、何も見えなかったのです。私は、画像の半分が露出オーバーして、データとしては使えそうにないようなものまで、とにかくあらゆるデータを解析しました。そして、理論が予言するような、フレア上方に向かってガスが飛んでいく現象(プラズモイド現象)を多数発見したのです。磁気リコネクション説は長年世界中で議論されてきましたが、「ようこう」がその形を見つけ、1つの証拠を自分が発見したというのが大きな感動でした。しかし、この発見は「見かけのデータだけで速度もわからない」と批判されることがあります。ですから「ひので」がその速度を観測し、磁気リコネクションの構造を詳細に明かしてほしいと思います。

人々にロマンを伝える観測データ

宇宙の写真はそれを見るだけで心が癒されることがあります。きれいな写真を見ると誰もが感動します。私は、そこが天文学の大事なところだと思います。ですから、年に1回の一般公開とは別に、一般の方を集めた天体観望会を2〜3か月に1回を目標に開催しています。私がいる京都の花山天文台は、清水寺の裏山にあり、77年前にできた日本でも古い天文台です。100年前の望遠鏡も残っていて、驚くことに100年前の望遠鏡でも第一線の観測ができるんですよ。その他にも、ふだんの研究に使っていないような観測装置を、一般の方や小中高の学校の先生や生徒に使ってもらうようにしています。観望会には一般の天文ファンの方にもご協力いただいています。まだ始めたばかりですが、前回は60人の定員で募集したら700人の募集がありました。これは続けることに意義がありますので、何とか定例化していきたいと思います。「ひので」のデータも一般の方に紹介していく予定です。

JAXAと大学の新しい関係を求めて

「ひので」が打ち上がってデータが出始めたら、だいぶ状況も変わるとは思いますが、太陽の研究分野は、世界的にもまだ発展途上です。日本は「ようこう」の実績もあって、太陽分野では世界でもトップレベルの研究を行っていますが、研究者の数はとても少ないです。「ようこう」の後にだいぶ人が育って、環境も変わったとは思いますが、大学で太陽あるいはそれに近い分野で博士号がとれる大学は全国で3校くらいしかありません。学生の時に学んだことを、そのまま研究テーマとする人が多いですし、特に日本は、生涯1つの分野という研究者が多く、このままでは、太陽分野の後継者が育たないということになってしまいます。
太陽の研究は、50年以上前は天体物理学の最先端でした。しかし、だんだん観測技術が発展していくと、もっと遠い銀河の現象を見ることができるようになり、天文学のフロンティアが外側に広がっていきました。そのために、太陽の研究者も少なくなってきたのだと思います。しかし、先ほども申し上げたとおり、太陽の活動は地球にも大きな影響を与えていて、地球の研究という観点からも、太陽は非常に大事です。だからこそ、JAXAの中で、太陽と地球の分野がうまく協力していってほしいと思います。そして、太陽を研究する、太陽をわかる人を増やすためにも、全国の研究者を支援していただきたいと思います。
JAXAはこれまで素晴らしい観測成果をあげていますし、宇宙教育の分野でも、子供たちが楽しめるような工夫をし、たくさんの実績を持っています。その経験を、ぜひ大学に、さらにそのような経験がないところにも伝えてほしいと思います。JAXAの方が大学に行って、教育をし、後継者を育てるといったことも必要だと思います。支援の方法はいろいろあると思いますが、基本精神がしっかりしていればきっとうまくいきます。「ひので」が出す素晴らしいデータを、日本の若い研究者に活かしてもらうためにも、JAXAと大学の新しい関係ができればと思います。そして、太陽の研究に対する理解を広める啓蒙活動を続けていきたいと思います。

柴田一成(しばたかずなり)
京都大学大学院理学研究科附属天文台 台長 
理学博士。京都大学大学院理学研究科、教授。専門は宇宙におけるさまざまな爆発現象や活動現象の研究。太陽面爆発から銀河中心核ジェットに至るまで幅広く研究している。1981年に京都大学大学院理学研究科博士後期課程宇宙物理学専攻中退、1983年、京都大学理学博士(論文博士)となる。愛知教育大学教育学部を経て、1991年、国立天文台太陽物理学研究系、助教授に着任。「ようこう」の運用に携わる。2004年から現職。「ひので」の科学主任。