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太陽観測衛星 ひので (SOLAR-B)
国際協力で新しい太陽の姿を見る  セオドア・ターベル(Theodore D. Tarbell) ロッキードマーチン太陽・天体物理学研究所 主任物理学者
より大きな成果を生む国際協力

私たちの研究所(ロッキードマーチン太陽・天体物理学研究所)は、「ひので(SOLAR-B)」の可視光・磁場望遠鏡の磁場を観測する装置、焦点面検出装置を作りました。この高度な機器を開発するにあたっては、これまでにJAXAや国立天文台の研究者や技術者たちと、密接な共同研究を続けてきました。
私たちと日本の国際協力は「ひので」で始まったわけではありません。日本の太陽観測衛星「ようこう」の軟X線望遠鏡を作ったのも、私たちの研究所でした。この望遠鏡は、今まで誰も見たことがないような、燃え輝く太陽の姿を捉え、世界中の注目を集めました。
私は「ようこう」の開発と運用には関わりませんでしたが、1992年6月と7月に行われた、「ようこう」とスウェーデン太陽望遠鏡との共同観測に、その取りまとめ役として参加しました。JAXA(当時は宇宙科学研究所)の相模原のキャンパスから、スペイン領カナリア諸島のラ・パルマ島にある天文台に、「ようこう」の観測プランが毎日ファクスで送られ、そのプランどおりに、地上の望遠鏡が太陽の活発な領域に向くよう操作したのです。そして、「ようこう」の軟X線望遠鏡によるコロナの画像取得と同時に、太陽表面上の小さな現象を捉え、世界で初めての高角度分解能による磁気測定(マグネトグラム/地磁気記録)に成功したのです。この共同観測は、そのあと何年も引き続き行われました。「ようこう」のX線画像と高分解能の磁気測定の複合による観測は、「ひので」の開発を推進する上でも、とてもよい経験になりました。
その当時、私は主に地上からの太陽観測を行っていましたが、1995年に日欧共同で太陽観測衛星SOHOを打ち上げて以来、衛星からの観測を中心に行うようになりました。なぜなら私にとって、衛星からの観測は発見も多く、とても興奮するからです。私は、SOHOや、1998年にアメリカが打ち上げた太陽観測衛星TRACEの運用にも深く携わっています。太陽観測は国際協力があるからこそ、より大きな科学的成果が出るのだと思います。

太陽物理学の黄金期をつくった「ようこう」

「ようこう」はあらゆる面で非常に成功したプロジェクトです。「ようこう」は、「ひので」だけでなく、すでに打ち上げられたSOHO、TRACE、RHESSI太陽観測衛星、そしてこれから3年以内に打ち上げられる、アメリカのSTEREO (Solar TErrestrial RElations Observatory)や、SDO(Solar Dynamics Observatory)といった衛星に引き継がれる、太陽物理学の黄金期を作り出しました。
「ようこう」は、コロナ中で太陽磁場の輪郭を描き出すX線ループや、アーチの美しいようすを画像や動画で捉えました。そのような磁気を帯びた太陽の姿は、一般の方たちだけでなく科学者にとっても、初めて見る大発見でした。結果として「ようこう」は、理論家たちが25年前にイメージした太陽フレアで起こっている現象を正当化することになりました。そして、磁気リコネクションがコロナを形成すること、太陽フレアを活発にするダイナミックなプロセスであることを世界に明らかにしてくれたのです。この発見は、磁気リコネクションがどのように発生し、どのような特性があるのかを確証し、プラズマ物理学に対する強い興味を引き起こしました。しかし、コロナ生成については未だ謎が多く、この課題は非常にさかんに研究されています。
太陽物理学の世界では、「ようこう」や他の衛星の観測によって得られた成果は、現在進行形の「革命」であると認識されています。そして、「太陽は、難易な電磁流体力学理論やモデルを確実に観測測定できる唯一の場所」ということで、ブラックホール降着円盤、マグネター(磁石星)、銀河中の磁場などといった宇宙の現象を研究している天文学者たちも、太陽の観測に興味を示すようになりました。

世界が待ち望むデータ

私が担当した「ひので」の可視光・磁場望遠鏡の焦点面検出装置は、観測対象の全領域で、より上層の高熱の部分の画像とスペクトルを捉えます。これまでの観測衛星によるこの手の測定は、ごく散発的なものでした。しかし、「ひので」では1日24時間常時測定が可能になり、しかも感度と分解能が格段に優れています。今まで地上からの観測でも可視スペクトル画像を取得してきましたが、地上から撮影された画像は、地球の大気圏のゆらぎの影響でほとんどピンぼけです。たとえ空がクリアな日でも、「ひので」の装置の高感度と、高空間分解能のスペクトルにはかないません。太陽の全活動は磁場に支配されています。太陽表面の磁場ベクトルや活動を精密に観測することにより、磁場研究や、太陽圏の自由エネルギーと磁気ヘリシティ(素粒子の運動方向のスピン成分の値)に関する量子力学の新分野が誕生するでしょう。
私は、「ひので」の打ち上げ後数年は、搭載機器の可能性を最大限利用するため、かなり多くの時間を衛星の運用に費やしたいと考えています。私が担当した衛星機器で最高のデータが取得でき、若い研究者たちの研究と新発見に役立ってもらえたら、これ以上の喜びはありません。彼らがそのデータを使って研究し、博士論文や科学雑誌などで発表し、それが世界で認められれば、私も大変うれしいです。有り難いことに、「ひので」のプロジェクトチームがデータ公開を約束してくれました。興味のある研究者なら誰でも、半年後には全てのデータを利用できるようになります。
個人的には、太陽表面からの新しい磁場生成の研究に関心があります。また、新しい磁場と既存の磁場との最初の接触と、磁気リコネクションのようすもぜひ観測したいです。大気や光球、彩層、遷移領域、コロナなど、観測可能な全層で発生する磁気リコネクションを目撃できるのではと楽しみにしています。どこで磁気リコネクションが起こるかにより、かなり異なった特性や結果になると推測されますが、これらの観測や複雑なコンピュータシミュレーションによる観測について、たくさんの博士論文が書かれると思います。私を含め、世界中の太陽物理学者が、「ひので」の搭載機器を使った観測やデータ解析を待ち望んでいるのです。

教育教材にも活用できるデータ

私の娘がまだ小学3年生だった頃、X線で見える太陽の写真を生徒たちに見せるため、「ようこう」の軟X線望遠鏡が撮った画像を学校に持って行きました。生徒たちの誕生日の太陽がどんな姿をしているかを見せたかったのです。それに数時間かかりましたが、斬新でおもしろい宇宙科学の世界を紹介することによって、子供たちに関心を持ってもらえました。
最近私たちの研究所では、アメリカの太陽観測衛星TRACEを使って観測データの画像集やビデオ、カレンダーなどを制作しました。これらはたくさんの雑誌やテレビ番組でも紹介されました。これをぜひ「ひので」のデータでもやってみたいと思います。
私たちは、地元の博物館やプラネタリウム、それからカリフォルニア州オークランドのシャボー宇宙科学センターとも協力しながら活動しています。シャボー宇宙科学センターは「ひので」による画像を展示していくほかに、ホームページやプラネタリウムのショーでも画像を紹介する予定です。また、学校の先生たちに活用してもらえるように、カリキュラム教材のオンライン提供などを計画中です。教材は高校やコミュニティカレッジの科学の授業に使われる予定で、インタラクティブな授業とクラス活動を目的としてやっています。このように、観測データは教育教材としても世界中の人たちに活用してもらえたらと思います。

セオドア・ターベル(Theodore D. Tarbell)
ロッキードマーチン太陽・天体物理学研究所 主任物理学者
太陽物理学と画像処理の研究に携わる。専門分野は太陽磁場と速度場の高分解能観測。太陽観測機器の開発に携わるほか、さまざまな研究、技術、観測プロジェクトに研究主任として参加。NASA/ESA共同のSOHOやNASAのTRACE太陽観測衛星など、多くの宇宙ミッションの開発、運用、データ解析の経験を持つ。NASA諮問委員会メンバー。「ひので」可視光・磁場望遠鏡焦点面検出装置、開発主任。


1.太陽活動の起源を解明する国際共同プロジェクト 
2.世界が期待する「ひので」の高性能望遠鏡  / 桜井隆 | 柴田一成 | セオドア・ターベル
3.これまでの主な太陽観測衛星の成果