

Q. 競争相手に勝つためにはどのような提案が必要だと思われますか?
新興国はどの国も発展を望んでいますので、単に地デジの方式を売り込むだけでなく、相手国が求めるニーズに適う「協力」「支援」を盛り込んだパッケージ提案が必要です。そのためには現地の大使館や外務省と連携を密に取り情報を収集しなければなりませんし、日本としての総合的な提案ができるよう国内調整も重要です。地デジの場合は次の6つについて提案しましたが、これは他の売り込みにも共通すると思います。
1. 技術的な優位性
2. 導入コストの価格優位性
3. 経済協力(融資、放送機器の設備支援など)
4. 技術移転(人材育成、基本的な技術の特許開示など)
5. 産業支援(工場の建設、雇用の拡大など)
6. 二国間の連携協力(国立研究機関・大学との共同研究など)
このようなパッケージ提案は、当然、競争相手も行っています。そこで大切なのは、「分かりやすい説明」のテクニックです。決定権のあるキーパーソンは技術者ではありませんので、技術的な詳しい話をされても分かりません。競争相手の方式と比較して、日本のどこがどのように優れているかを明確に分かりやすく示す必要があります。 Q. 「分かりやすく」という点についてもう少し詳しく教えていただけますか? 例えば、多くの日本人は「日本方式にはこのような良い機能がある」という説明をしますが、それでは「ああ、そうか。良いんだ」という印象で終わってしまいます。一方、競争相手の欧州の提案ははっきりしています。既存のテレビを買い替えないで安くデジタル放送を見るためには、デジタル信号をアナログ信号に変換するセットトップボックス(簡易チューナー)が必要ですが、その値段を秋葉原で調べてこう言ったそうです。「日本ではセットトップボックスの値段は秋葉原の安売りショップで150ドルである。欧州方式のセットトップボックスは普通のショップでも30ドルで買える。日本方式の機器は値段が高く、貧困層には買えない」と。
このように欧州勢は日本方式の弱点をはっきり示したようです。日本人はそのようなことが不得意ですが、相手のシステムをよく勉強して、相手側の弱点を分かりやすく言うことが重要だと思いました。交渉は通訳を雇って相手国の母国語で行いましたので、「分かりやすく」というのは英語が上手い下手には関係しません。とにかく、「具体的で分かりやすい資料」で提案することが、勝つための絶対条件です。 Q. パッケージ提案には国内調整が重要な鍵となりそうですね。 日本として総合的な提案を出すためには、関係省庁や企業と相談をして国内の基盤をかためることが不可欠です。国際問題は国際的な活動を得意とする人が携わることが多いですが、実際には「国内の調整ができる人」でなければ国際的な仕事はできません。海外に売り込みに行く前に、相手国の質問に前向きに答えられるだけの準備が必要ですし、相手国からの要望に対しても、それを帰国後すぐに国内で展開できる人が必要なのです。要は、国際的な仕事は国内を動かせる人がやらなければダメということです。国内の地盤がないと国際的な仕事はできないと思います。

Q. 日本の宇宙産業にはどのような印象をお持ちですか?
人工衛星は、気象、通信、地球観測など国の業務として必要なものですが、日本はもともと国土が狭いですから、国内市場の伸びはあまり期待できないと思います。ですから国内だけの利益を考えるのではなく、アジア全体で使うことを前提にした「アジアサット」のような衛星を作ったらよいと思います。衛星を打ち上げるには莫大な費用がかかりますので、アジア近郊の小さい国が個々にいろいろな衛星を持つのは難しいですからね。現在、日本の衛星は日本人だけで開発していると思いますが、アジア各国も参加してもらって、共同で開発スキームを構築することも考えられると思います。宇宙開発の実績がある日本が中心となり、アジアが連携して衛星ミッションを立ち上げることができるような、新しい枠組みをつくることが必要なのではないでしょうか。 Q. 日本の宇宙産業の海外展開において、アドバイスをするとしたら何がいえるでしょうか? 宇宙産業に限らず、諸外国へ売り込む際には、「政治」「行政」「民間」の連携が絶対に必要です。「政治」は官邸(首相)のことで、「行政」は関係省庁や経済支援を行う機関などを指します。「民間」は、地デジの場合、日本方式を中心となって開発したNHK、民間放送会社、電波産業会、送受信機器メーカ等です。この3つが力を合わせて本気で戦えば国際市場で勝てるということが、今回の地デジの日本方式の売り込みの成功で実証されたと思います。
また、各国の要人との人脈を構築するためには、現地大使館が鍵となりますので、外務省との二人三脚でやらないと良い結果は出ないと思います。一度人的なつながりができれば、他の分野の協力にも広がっていきますので、「官だ」「民だ」と分かれずうまく連携していけば、きっと成果が出てくると思います。
海外展開を難しく考えず、何事も実践あるのみです。ダメと言われて諦めるようではいけません。チャレンジ精神が大事です。どこに何を売り込みたいかを決めたら、その国に行ってキーパーソンと会って話をする。そして、それが単なるパフォーマンスで終わらないように、相手国に何度も顔を出し、継続的に働きかけるということが大切です。このように世界のビジネスルールで仕事をすれば、日本がグローバル市場で勝てるチャンスはあるはずです。
寺崎明(てらさきあきら)
株式会社野村総合研究所 顧問 東京工業大学 大学院理工学研究科集積システム専攻 客員教授 北陸先端科学技術大学院大学 客員教授
1976年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年郵政省(現・総務省)入省。宇宙開発事業団筑波宇宙センターを経て、1990年から本省電気通信局電波部移動通信課デジタル移動通信推進室長、同課長などを歴任。携帯電話の普及、デジタル化等に携わる。1997年通信政策局技術政策課長、99年同総務課長。2000年北陸電気通信監理局長、01年の中央省庁再編により総務省北陸総合通信局長。2002年大臣官房参事官。2004年、独立行政法人情報通信研究機構理事。2005年総務省総合通信基盤局電気通信事業部長、06年同政策統括官、07年総合通信基盤局長、08年総務審議官。2010年に総務省を退任。専門は情報通信政策。