(1)アメリカ合衆国対コルドバ(合衆国ニューヨーク地方裁判所、1950年)
1949年3月30日、被告であるコルドバ及びサンタノに対し、4罪状からなる刑罰を課す訴訟が提起された。1)1948年8月2日、アメリカ合衆国の会社であるフライング・タイガースが所有する航空機のパイロットであるマチャダに当該航空機がプエルトリコのサン・ファンからニューヨークへと公海上を飛行中に暴行を加え、2)同時に同じ場所において、フライング・タイガースのスチュワーデスであるサンチャゴに対しても暴行を加え、3)同時に同じ場所において、共同被告であるサンタノに対しても暴行を加え、4)同時に同じ場所において、サンタノはコルドバに対して暴行を加えたという4点において起訴された。
告訴状において主張されている管轄権の法律上の根拠は次の各条である。(a)合衆国の海事管轄権の範囲内において攻撃、傷害及び殴打、単純な暴行を禁ずる法律(合衆国刑法第18巻§451、現在の合衆国刑法第18巻§133(d)及び(e))、(b)海事管轄権を定義する法律(合衆国刑法第18巻§451、現在の合衆国刑法第18巻§7)、及び(c)海事管轄権の範囲内での犯罪の訴追に関する準拠法(the venue statute)(合衆国刑法第18巻§102、現在の合衆国刑法第18巻§3238)。1948年8月2日の時点で存在したこれらの法律の関連部分は欄外に与えられる。
端的に明らかなように、事実が示された後の刑法典の改正は本件とは関係はない。関連法は告訴状に述べられた傷害の時点においてそうであったように現在の法律と実質的に同じである。
政府は、審理が始まった時、共同被告サンタノに被告コルドバに対する暴行の罪を課す告訴状の第四の罪状を却下しようと図った。陪審制は放棄され、訴訟は、裁判所の審理に付された。告訴された暴行に対する裁判所の裁判管轄権に異議を申し立てる関係動議が事件の各段階で提出された。…
事実は簡潔かつ明白である。ニューヨーク時間午後6時42分、DC-4、No.NC-90911はプエルトリコのサン・ファン空港を離陸した。航空機はアメリカ企業であるフライング・タイガースの財産であり、当該飛行の時点では同様にアメリカ企業で、カリフォルニア法に基づき経営されているエアー・アメリカにチャーターされていた。飛行機には2歳未満の幼児11人、2歳以上の子供6人を含む60人の乗客と6人の乗組員が搭乗していた。
1948年8月2日午後8時15分、同機は時速180マイルで大西洋上空を飛行中であった。この時の位置は、バハマ諸島の北、プエルトリコのサン・ファンからは北西に約270マイル、高度は約8,500フィートである。この時、同機は機体後部が過重の状態となり、表示航空速度が時速180マイルから150マイルにまで低下した。機首が急激に上がったので、自動操縦装置は機体を平衡に保つ補正を行うことができなかった。当該機器を調整する必要が生じた。この危機に際して、スチュワードは、機長マチャダに旅客室で喧嘩が続いている旨通知した。マチャダは、操縦を副操縦士に任せ、後部に行った。彼が見たものは、乗客コルドバとサンタノの間で行われていた喧嘩であり、スチュワードとスチュワーデス(サンチャゴを含む。)が止めようとしていたが、なす術もなかった。他の乗客が喧嘩を見るために後部に集まったために飛行機の機体後部が過重状態になっていたのである。
機長のマチャダは喧嘩を止めようとしたために被告コルドバに肩を噛みつかれた。この喧嘩騒ぎの最中、コルドバはサンタノだけでなく、スチュワーデスのサンチャゴをも殴打した。
この喧嘩の原因はよくあるものである。喧嘩の当初、コルドバとサンタノは、感情溢れんばかりに相互に乾杯をしていたが、間もなく、ラム酒のビンがなくなったことで、争いが始まった。…結局コルドバは、コンパートメントに閉じ込められた。
同機は、1948年8月3日、午前4時45分にラガーディア空港に着陸した。コルドバとサンタノは、即座に同管区において逮捕され、傷害罪に問われた。前に欄外で引用された法律28U.S.C.A.§102の犯行地の要件は、犯罪が合衆国裁判所の管轄権内で行われた場合には満たされる。…
しかし、合衆国の海事管轄権の範囲内で、殴打、傷害、打擲、及び単純な暴行を禁ずる法律は、訴えられた行為が以下の2つの基準のうち1つを満たさなければ適用されない。(1)当該行為が公海上、合衆国の海事管轄権の及ぶその他の水域上、又はいかなる特定の国の管轄権も及ばない水域上で行われた、若しくは、(2)行為が、合衆国の海事管轄権の及ぶ水域上又はいかなる特定の国の管轄権も及ばない水域上で、全部又は一部が合衆国、合衆国市民、合衆国法又はそのいずれかの州、準州、若しくは特別区の法律に基づき設立された法人に所属する船舶上で行われた場合である。
第二の問題は第一の問題に比してあまり難しくなく、多分、最初に取り組むべきものである。なされるべき回答は、法令の意味において、航空機は船舶かどうかという点であるが、明らかに、これへの答えは否定的である。
有名なラインハルト事件(Reinhardt v. Newport Flying Service Corp.,1921,232N.Y.115、133N.E.371,18A.L.R.1324)において、カルドゾ判事は控訴裁判所の全会一致の判決を代表して、次のように判示した。航行可能な水域に停泊し、錨が利かず漂流し始めた水上飛行機には海事管轄権が及ぶ。この判断は、難破の危機に瀕した水上飛行機を救助しようとした労働者に対してニューヨーク州労働者補償委員会が裁定を下す権限を有しているかどうかが法廷において問題とされたために、当該事件の裁決に必要なものであった。下級裁判所は、委員会の権限を認める判断を下したが、控訴裁判所は否定した。航行可能な水域に浮かんでいる間は、水上飛行機は海事管轄権の下にあるという結論が一度導かれてしまうと、補償委員会の権限が排除されることになる(Knickerbocker Ice Co. v. Stewart, 1919,253U.S.149,40 S.Ct.438,64L.Ed.834,11A.L.R.1145)。
カルドゾ判事は、海事裁判所は、航空機が船舶であるという理論に基づき、航空機に対する修繕の留置権を行使する権限を持たないと判示するクロフォード兄弟事件(Crawford Bros. No.2 M D.C.Wash.1914,215F.269,271)の判例を引いて、水上飛行機であっても空中にある間は海事管轄権の対象とはならないと判示した。クロフォード兄弟事件の論拠は、航空機は、陸上のものでも海上のものでもなく、その活動が海洋又は航行可能な水域に限定されるものではないということであった。合衆国では、ラインハルト事件の後、同様の判決が、United States v. Northwest Air Service,Inc.,9 Cir.,1935,80F.2d 804 においてなされている。1926年Air Commerce Act, 49U.S.C.A.§§177、181、1930年のTariff Act19U.S.C.A.§§1454,1459、及び1931年Customs Regulationsに違反したとして合衆国により申し立てられた航空機に対する海事留置権の主張は認められなかった。却下された海事留置権の論拠は、航空機がワシントン湖畔の格納庫にある間の航空機のエンジンに関する作業の遂行であった。
これまでに言及された判例は民事事件であり、そのため、連邦刑事管轄権の問題の根拠とはならないとの反対がなされた。しかし、ホームズ判事は、マクボイル事件(McBoyle v. U.S.,1931、283U.S.25,5l S.Ct.340,341,75 L.Ed.816)において、自動車窃盗法を解釈して、航空機の窃盗の場合には適用されないと判決した。刑法18U.S.C.A.§408(現§2311)の文言は非常に広範なものである。「本条において用いられる『自動車』という言葉は、自動車、トラック、ワゴン、バイク、又はレール上を走るためにデザインされたものではないあらゆる自走式の乗物を含むものとする。」勿論、字句の上では、航空機はレール上を走るためにデザインされたものではない自走式の乗物である。しかし、ホームズ判事は、『自動車』という言葉が通常の意味で使用されており、1919年に法案が通過した時点で航空機がよく知られたものであっても、議会は、「陸上を移動する乗物の姿を一般に想起させる言葉で」行動規則を作成したと述べた。類似の理由により、議会が、18U.S.C.A.§451において、合衆国の海事管轄権の下にある『船舶』という言葉を使用した場合は、一般に船の姿を想起しているのであり、航空機ではない。
同様に、他の刑事判例において、船舶で密航する者を軽罪に処する法律、18U.S.C.A.§469は被告が航空機により密航した場合には適用されなかった(U.S. v. Peoples, D.C. Cal. 1943,50F.Supp.462.)。ラインハルト事件及びマクボイル事件は、この見解の中で、議会が『船舶』に与えている権利である海事管轄権の賠償責任を限定する権利を航空機には否定したNoaks v. Imperial Airways事件(D.C.S.D.N.Y.1939,29F.Supp.412)と並んで議論された。Peoples事件の後、議会は、見解を書いた判事の提案を容れて、特に航空機を含むように法規を修正した(18U.S.C.A.§2199,see 58Stat.111,Mar.4,1944)。
最後に、否定的な面から、ラインハルト事件は、たとえ漂流する航空機を船舶であると主張する範囲までであっても、法律によって廃止された。1926年の航空商業法(49U.S.C.A. §171以下、現在49U.S.C.A.§177を含む。)は次のように規定する。「その中に船舶又は乗物の定義及び衝突防止規則を含む合衆国の航行法及び海運法は、水上飛行機その他の航空機、又は水上飛行機その他の航空機に関連する船舶の航行には適用されないと解釈するものとする。」
従って、先例及び原則によれば、航空機が周知のものとなって以降も、議会及び裁判所がラインハルト事件を援用して、水上飛行機を、それが水上に浮かんでいても船舶と認めることを拒否し、今も拒否していることは明らかである。本件の場合、航空機は飛行中であり、コルドバの行為が『船舶』上でなされた犯罪を扱う法規の下で処罰されないことは議論の余地はない。
今こそ、公海、及び合衆国の海事管轄権の範囲内、及びいかなる特定の国家の管轄権外の水域でなされた若干の犯罪を告発する法規、8U.S.C.A. の最初の節に立ち帰る必要がある。疑いなく、コルドバの違法行為は公海上空においてなされた。刑事事件において、公海及び合衆国の海事管轄権の及ぶ水域においてなされた犯罪に言及する法規に基づき連邦の刑事管轄権を公海上空を飛行する航空機に拡大することは適当であろうか。もちろん、ホームズ判事がマクボイル事件において述べたように、殺人又は窃盗が行われる前に犯罪人が法文書を考慮することを想像することは奇妙なことである。同時に、行為規範が一般に心に呼び覚ます『姿』に照らして考えられることも重要である。
多分、不適当かもしれないが、私は、議会がそうすることを望む場合には、国家安全保障に影響しないものであっても、その警察権に基づき、合衆国国民により所有される航空機上で行われた行為へ刑事管轄権を拡大することができたことをあまり疑わない。U.S. v. Flores,1933,289U.S.137,53S.Ct.580,77L.Ed.1086事件において、最高裁は、まさに同じ法規の下で、合衆国の刑事管轄権は、たとえ他国の領海内であっても、合衆国を旗国とする船舶において行われた行為を含めるのに充分であるとまで判決の範囲を拡大した。裁判所は、連邦政府がこの分野を占有していないので、連邦の州が公海上での行為を規定する有効かつ効果的な規則を作成することができるとさえ示唆した(Skiriotes v. Florida, 1941,313U.S.69,61S.Ct.924,85L.Ed.1193)。折に触れて、最高裁判所は、厳密な法解釈に従った場合を越えて、犯罪が船舶自体の上で行われたか又は隣接する海域で行われたかどうかを確かめた(United States v.Holmes,1820,5 Wheat.412,5L.Ed.122)。当該判例については、『公海』という表現が一般的な意味を有すると主張され、裁判所が『公海』という語が大きな湖に適用されるかどうかという問題を扱った際に、類似の結論に到達した(United States v.Rodgers,1893,150U.S.249,14S.Ct.109,37L.Ed.1071)。
しかし、これらの判例のいずれも、『公海』という語の意味を公海の上空にまで拡大することを正当化するものではない。この点において、本件は最初のものである。しかし、適切なアプローチは、例えば、United States v. Wiltberger,1820,5Wheat.76,5L.Ed.37.から収集することができる。同事件においては、中国ワンポア(Wampoa)沖の米国船ティグリス(Tigris)リヴァー号の船長が船上の過失致死罪により処罰された。起訴は、1790年4月30日の1Stat.112に基づいて行われた。この法律の第1条は、いずれの特定の国家の管轄権も及ばない公海、河川、港、溜池、湾を扱っていた。同法の他の条項は、公海上で行われた過失致死を扱っているが、他の場所には触れていない。政府は裁判所に対して、殺人に対するより幅広い範囲の権限を過失致死罪に変更し、また『公海』という言葉でカバーできない河川上で行われた犯罪を処罰可能とするように求められた。マーシャル首席判事は、たとえ、議会が実際に殺人と過失致死の間の適切な司法上の定義を行おうとすることは全くあり得なかったとする政府に同意するとしても、裁判所による法的定義の拡大は拒否した。換言すれば、議会は『公海』上の過失致死に対する限定的管轄権しか持っておらず、最高裁は、他の場所で行われ、起訴された行為は、これらの場所を含めようとする議会の理論に基づいて処罰することはできないと判断した。
コルドバが起訴された行為は、極めて不道徳なものである。彼は、相当数の子供も含め、その場の他者の生命を危険にさらした。しかし、こうした行為が、アメリカの『船舶』上で又は『公海』で行われた場合に、これらを禁ずる法律によって起訴されないことは明白のことに思われる。
状況は修正を必要とするかもしれない。何年もの間、航空法の分野における専門家は、この問題を解決する方法を検討している。例えば、1937年のいわゆるWisscher条約草案は、この種の犯罪を犠牲者が所属する国家の法律若しくは犯人の所属する国家の法律、又は航空機が到着する国家の法律により処罰可能であるべきと提案している。後者の場合には、行われた行為が自国の安全上の利益に影響するからである。英国航空法(1920年)は、英国の航空機上で行われた犯罪は、その時間にいたであろう場所において行われたものとみなすと規定する。フランス刑法は、世界中いずれの場所においても、飛行中のフランスの航空機に適用される。イタリア法もまた、1924年航空法第5章、第20条で、民法のみではあるが、いずれの場所での飛行においてもイタリア航空機に適用される。
私が推測する限りでは、そうする必要はあるが、困難で繊細な主権の問題を含む国際協定の見込みがほとんどないということである。このことがどのようであろうと、法律が現在もとのままなので、会社の所在地法がこれらに適用されるとみなすことができなければ、コルドバによって行われた行為は処罰されない。
したがって、私は、起訴された行為に関し、コルドバは有罪だと判断するが、これらの行為を処罰する連邦管轄権がないために、有罪判決は停止しなくてはならない。
私は、政府が本裁決を再審査する機会を持つべきであると考える。また、司法長官にU.S. v.Flores事件等で援用された手続、及び、誤った裁判所への控訴に対して十分な保護を与えるように思われる
18U.S.C.A.§3731の刑事控訴規程への注意を促した。真偽は別にして、私は、私の判断が事実についてのことを問題にしているのではなく、単なる法的問題、即ち、18U.S.C.A.§451の解釈についての決定を問題にしていることを証明する。
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