2. |
ソビエトの宇宙物体、コスモス954号衛星(以下「衛星」という。)は、1977年9月18日、ソビエト社会主義共和国連邦によって軌道へ打ち上げられた。国際連合事務総長は、同年11月22日付の国連文書(A/AC.105/INF.368)に報告されたように、打上げを公式に通報された。1978年3月21日付駐オタワソビエト社会主義共和国連邦大使館の公文によれば、衛星は、ウラン235の同位元素による濃縮されたウランで作動する原子炉を搭載していた。1978年1月24日、衛星は、地球大気圏に再突入し、グリニッジ標準時11時53分、カナダ西海岸のクィーン・シャーロット島北部で、カナダ領空に侵入した。再突入及び崩壊に際し、衛星の残骸が、北西地域、アルバータ州及びサスカチュワン州を含むカナダ領域に落下した。 |
3. |
衛星の再突入及びカナダ領空への侵入後数分で、アメリカ合衆国政府は、カナダの緊急活動援助のため、技術的及び物質的援助を申し入れた。この申入れは、直ちに、カナダ政府により受け入れられた。 |
4. |
1月24日当日中に、カナダ外務省の係官は、衛星のカナダ領域付近での大気圏再突入の可能性及びその後の再突入の差し迫った危険性につき、ソビエト社会主義共和国連邦政府によるカナダ政府への事前通告がなかったことに対するカナダ政府の驚きを、駐オタワソ連大使に伝えた。カナダ政府係官は、衛星に関する質問を同大使に行い、特に衛星が核動力炉を搭載しているかについての情報を求め、直ちに具体的に回答するよう求めた。この質問は、1978年1月27日にも繰り返され、大使館宛同年2月8日付外務省覚書に記録されている。 |
5. |
1978年1月24日に、衛星は大気圏内に再突入した模様であり、当該衛星が燃え尽きない場合、その一部がアリューシャン列島の領域に落下した可能性を否定できないと、ソ連大使はカナダ外務省の係官に、同日遅くに申し入れた。同大使は、大きな危険はないと理解しており、落下地点でさえ、限定的な非活性化の措置が必要な些細な地域的汚染があるだけであると断言した。また大使は、衛星に搭載された原子炉の構造は、大気圏の濃い大気層に再突入する際、完全に破壊されるよう考えられていると述べた。同時に大使は、起こり得る結果を改善し衛星の残骸を除去するための専門家グループをカナダに派遣することにより緊急援助を行う用意があるという、本国政府の意向を伝えた。カナダ政府の係官は、1月24日早くに伝えた質問に対する早急かつ完全な回答が緊急に必要であると回答した。 |
6. |
1978年3月21日付の書簡で、大使館は、衛星搭載の原子炉の放射能を帯びた部分は、「ベリリウム同位体による一組の発熱体であり」、「原子炉は、大気圏の濃い大気層への再突入時の原子炉の放射能を帯びた部分の完全な破壊の後、反射体も破壊されるよう設計されている」と、カナダ外務省に通知した。 |
7. |
1978年2月28日付同国大使館に対する書簡や同年4月13日付同国大使館に対する書簡のような、度重なる情報提供要請にもかかわらず、ソビエト社会主義共和国連邦政府からは、同年1月24日付のカナダの質問に対する適時かつ完全な回答はなかった。ソ連政府からは、同年3月21日付と3月31日付の大使館の書簡により、一部の情報が提供されたのみであった。この情報により、特に後者の書簡の情報はカナダによる所要の一連の行動の評価に役立った。 |
8. |
衛星のカナダ領空侵入に際し、かつ、衛星からの有害な放射性残骸のカナダ領域への落下を懸念して、カナダ空軍及びカナダ原子力統制委員会は、残骸の位置特定、回収、除去及び試験並びに影響を受ける地域の浄化に向けての活動を開始した。これらの活動の目的は、残骸によって引き起こされた損害の質及び程度を確認し、現在の損害を制限し及び将来の損害に対する危険を最小のものとし、かつ影響を受ける地域を、衛星の侵入及び残骸の落下がなければ存在したであろう状態に、可能な限り戻すことであった。当該活動は、二つの段階で行われた。即ち、第一段階は1978年1月24日から同年4月20日まで、第二段階は1978年4月21日から同年10月15日までであった。第一段階の措置において、カナダ諸機関にかかった費用の総額は、12,048,239ドル11セントであり、そのうち4,414,348ドル86セントが、カナダの請求に含まれている。第二段階の措置においてかかった費用の総額は、1,921,904ドル55セントであり、そのうち1,626,825ドル84セントが、カナダの請求に含まれている。合計すれば、カナダはソビエト社会主義共和国連邦に対し、6,041,174ドル70セントの支払を請求している。 |
9. |
前節に記載された活動の期間中、衛星の残骸が、カナダ北西地域、アルバータ州及びサスカチュワン州で発見された。残骸発見場所のリストは、1978年2月8日、同年3月3日及び同年12月18日付カナダ外務省のソビエト社会主義共和国連邦大使館宛書簡において示されている。発見された破片の一つに、キリル文字のアルファベットの銘を識別することができる。 |
10. |
カナダ当局は、発見された破片のうち少なくとも二つは、放射能を帯びていると判断した。破片の一部は、致死量の放射能を帯びていることも明らかとなった。放射性物質は重大な生理学上の効果、場合によると致命的な効果をもち得ることが明らかとなっているので、残骸を非常に慎重に取り扱う必要があった。発見された残骸は、マニトバ州ピナワにある、カナダ政府のホワイトシェル原子力研究施設へ送られた。同施設で、残骸について試験が行われ、その結果、活動を援助する貴重な情報が得られると共に、高度に放射能を帯びて危険な衛星の残骸が、カナダ領域に落下したことが明らかとなった。 |
11. |
カナダ政府は、衛星の残骸の発見を国際連合事務総長に通報した。当該通報は、1978年2月8日付(A/AC.105/214、214/Corr.1)、同年3月6日付(A/AC.105/217)、及び同年12月22日付(A/AC.105/236)国連文書に掲載された。 |
12. |
残骸がコスモス954号衛星のものであるという一般的な容認に加え、ソビエト社会主義共和国連邦政府は、宇宙空間平和利用委員会科学技術小委員会において1978年2月14日同国代表アカデミー会員フェドロフによる発言において、発見された残骸の出所及び正体に関するカナダの結論を確認した。更に、1978年3月31日付駐オタワソビエト社会主義共和国連邦大使館からの書簡により、カナダ北西地域で発見された残骸は衛星からのものであるという事実を容認した。 |
13. |
以上で述べられた活動及びソビエト社会主義共和国連邦代表の容認により、活動が行われた地域で発見された残骸は、コスモス954号衛星として確認されたソビエト社会主義共和国連邦宇宙物体からのものであることは疑いない。 |
14. |
カナダの請求は、(a)関係する国際協定、特にカナダ及びソ連双方が当事国である1972年の「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約」、及び、(b)国際法の一般原則の双方、又はその一方に基づいている。 |
(a)国際的合意 |
15. |
「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約」(以下「条約」という。)第2条に基づき、「打上げ国は、自国の宇宙物体が、地表において引き起こした損害の賠償につき、無過失責任を負う。」ソビエト社会主義共和国連邦は、コスモス954号の打上げ国として、同衛星が引き起こした損害の賠償をカナダに支払うべき無過失責任を負っている。危険な放射能を帯びた衛星の残骸をカナダ領域の広範な地域に落下させたこと、及び、カナダ領域の一部を使用不能とする当該残骸の存在は、条約が規定する「財産の損傷」を構成する。 |
16. |
原子炉を搭載した衛星のカナダ領空への侵入、及び、カナダ領域上空での当該衛星の破壊は、カナダの人と財産に対する損害(放射能損害を含む。)が、明白かつ緊急に危ぶまれるのである。しかし、ソビエト社会主義共和国連邦政府は、原子炉衛星の差し迫った大気圏再突入をカナダ政府に対し事前通告しなかったし、また、衛星に関する1978年1月24日付カナダの質問に対し、適時かつ完全な回答を与えなかった。これらによって、衛星のカナダ領空への侵入による有害な結果を最小限にすることができなかった。 |
17. |
カナダは、国際法の一般原則に基づいて、損害の危険な結果の発生を防止しかつ減ずるために必要な措置を講じ、それにより損害自体を軽減する義務を有していた。従って、宇宙物体の残骸について、カナダには、その捜索、回収、除去、試験及び浄化に係る活動を、遅滞なく行う必要があった。これらの活動は、また、カナダ国内法の要件に適合するように行われた。更に、条約第6条によれば、賠償請求国は、宇宙物体により引き起こされた損害につき、注意に係る合理的な基準を遵守する義務が課されている。 |
18. |
損害が、カナダ領域においてコスモス954号衛星の危険な放射性残骸により引き起こされたものでないなら、また放射能汚染の性質からしてより一層の損害が合理的に懸念されないなら、上記第8節で述べられた活動は必要なかったであろうし、また行われなかったであろう。これらの活動の結果、影響を受けた地域は、衛星の侵入及び残骸の落下が起こらなかったならば存在したであろう状態に、可能な限り戻ったのであった。これらの活動に参加したカナダ政府の諸機関は、特に役務と設備の調達と使用、人員と設備の輸送、必要な基盤施設の設定と運用に関し、結果として相当の支出を被った。カナダの請求に含まれる費用は、衛星のカナダ領空への侵入と、衛星からの危険な放射性残骸のカナダ領域への落下の結果としてのみ負担されたものであった。 |
19. |
宇宙物体により引き起こされた損害の賠償については、条約(第12条)が、「当該損害が生じなかったとしたならば存在したであろう状態に回復させる補償」を定めている。前文(第4節)に従って、条約は「当該損害の被害者に対する充分かつ衡平な賠償がこの条約に基づいて迅速に行われる」旨確保するよう求めている。カナダの請求は、コスモス954号衛星によって引き起こされた損害が発生しなかったならば存在したであろう状態にカナダを回復させるために支払った費用のみを含んでいる。各約(第12条)は、また、「打上げ国が、損害につきこの条約に基づいて支払うべき賠償額は、国際法並びに正義及び衡平の原則に従って決定される」と規定している。カナダは、請求賠償額の算定にあたって、国際法の一般原則により確立された関連基準を適用し、かつ、請求に含まれる費用を衛星の侵入と残骸の落下を近因とする合理的な費用でかつ合理的な程度の確実性をもって算定し得るものに限定した。 |
20. |
衛星によって引き起こされたソビエト社会主義共和国連邦の責任は、カナダ及びソビエト社会主義共和国連邦双方が当事国である、1967年の月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約第7条にもまた見出される。衛星のカナダ領空への侵入及び衛星の危険な放射性残骸のカナダ領域への落下の結果について、ソビエト社会主義共和国連邦は、国際法に基づく賠償をカナダに対して行う義務を負っている。 |
(b)国際法の一般原則 |
21. |
コスモス954号衛星のカナダ領空への侵入及び衛星の危険な放射性残骸のカナダ領域への落下は、カナダの主権に対する侵害となる。この主権侵害は、衛星の侵入という単なる事実、この侵入による危険な結果から成り立っている。この結果とは危険な放射性残骸の存在によってカナダに対して引き起こされた損害及びカナダ領域で行われる行為を決定するためのカナダの主権的権利の侵害である。国際先例によれば、主権侵害は、賠償を支払う義務を生じさせることが認められている。 |
22. |
宇宙活動、特に原子力の使用を含む活動についての無過失責任という基準は、国際法の一般原則となっていると考えられる。カナダ及びソ連を含む大多数の国は、1972年の宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約に含まれているこの原則を遵守している。無過失責任の原則は、高度の危険性を伴う活動領域に共通に適用されている。この点は多数の国際合意で繰り返し述べられているし、また、国際司法裁判所規程第38条が規定する、「文明国が認めた法の一般原則」の一つとなっている。従って、この無過失責任という原則は、国際法の一般原則として、受け入れられている。 |
23. |
カナダは、賠償請求額の算定にあたって、正当な賠償が支払われるべきであるという国際法の一般原則により確立された適切な基準を適用しており、また、衛星の侵入及び残骸の落下を近因とする合理的な費用でかつ合理的な程度の確実性をもって算定し得るものに請求を限定している。 |