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目次 巻頭言 凡例 第1章 第2章
第3章 第4章 後書き アペンディクス 索引


はじめに


中央学院大学 地方自治研究センター編集の「原典 宇宙法」を利用して、宇宙関連の政策、条約、協定、共同宣言、政令、法律、法案等のデータ集を構築しました。
また、データを時系列に並べていますので、ストラクチャに従い成立年月日から目的の法律等を探すことも可能です。
なお、この宇宙法データベースの内容に関する著作権は中央学院大学地方自治研究センターに帰属しています。



このデータ・ベース編集の基本的な考え方

龍澤邦彦


 法律の観点から重要なことは物自体または活動自体ではなく、法主体間の関係であるとすれば、この関係の変化は必然的に法の発達に影響を与え得ると考えられる。この考え方が、このデータ・ベースの編集の基本になっている。その根底には、1957年の人工衛星打上げ成功以来の月その他の天体を含む宇宙空間の探査・利用を巡る国際関係の変化を捉えて、宇宙法の発達過程を明確にすることで、同法の体系構築とその適用の基軸を定めるのに寄与することを望んだからである。Funk Brentano & A.Sorelが言うように、「人間は理想的な国家の抽象的な関係について思弁することによってではなく、国家関係の現実を考慮し、幻想や熱狂もなく確固としてこれらの関係を規律する法を求めることにより、国家の関係において秩序と正義をもたらすのである。」(Brentano F. & Sorel A., Precis du Droit des Gens,p.496) 我々がここで求めたのは、このような法の本質、つまり、現在ある法がどのようなものであるかということである。ボシュエのいうように、「最も甚だしい精神の錯誤は、その実際のありのままを見ようとせずに、こうあって欲しいということから物事を信ずることである。」しかし、このことは、法律が決定論の法則に従う空虚な物質的な現実でしかないということを意味するのではない。M.Virallyの指摘のように、法律は、「知的、文化的な構築物である。」(Virally M.,le Phenomene juridique, RDP, 1966, p.5-64)現在ある法というものを確実に把握することによって初めて、我々は理想的な法を求めて一歩進むことができるようになる。このデータ・ベースはその足がかりであると考えていただきたい。

(立命館大学国際関係学部教授)


宇 宙 法 の 体 系

中村 恵

 1957年10月、ソ連(当時)は、人類初の人工衛星「スプートニク1号」を、また翌1958年1月には、アメリカも、人工衛星「エクスプローラー1号」を、地球軌道に打ち上げることに成功した。さらに1961年4月には、ソ連のガガーリンが搭乗した宇宙船「ヴォストーク1号」により、人類初の有人宇宙飛行に成功した。これらの人工衛星や有人宇宙船の打ち上げ成功により、人類による宇宙開発が、急速に進展していくことになる。
 このような宇宙開発の進展に呼応して、宇宙開発という極めて特殊な活動に対して適用される宇宙固有の法、すなわち、1919年の「パリ国際航空条約」以来整備されてきた航空法とは異なる「宇宙法」の整備が必要になり、この宇宙法は、国際法の特殊な一分野として、整備されていった。
 国際法の主要な法源には、国々の慣行の反復継続に「法的信念」という義務意識が備わった「国際慣習法」と、国家間の国際的合意である「条約」があるが、宇宙法の法規則の大部分は、後者の条約によって形成されたものである。その理由の第1は、宇宙開発技術の発達が急激であったことにある。宇宙開発活動に伴う国家慣行の反復と法的信念の拡大を待っていたのでは、何らかの措置が必要な緊急の事態に、充分対応できなかったからである。理由の第2は、宇宙開発活動が最先端の技術と関連した特殊な問題であったことにある。このような活動を規律する法規則は専門技術的なものとならざるを得ず、国際慣習法では充分に対応できなかったからである。さらに理由の第3は、宇宙開発活動に参加する国の数が当初は少なかったため、法規範作成過程において、国際的合意に達することが比較的容易であったからである。
 一方、このような条約と並んで、国際慣習法も宇宙法の重要な法源となっていることに、注目しなければならない。後述の「宇宙条約」が規定する「宇宙活動自由の原則」と「宇宙空間領有禁止原則」は、宇宙条約の締結に前後して、国際慣習法として確立したとする見解が一般的である。したがって、宇宙条約の締約国であるか非締約国であるかにかかわらず、これらの宇宙法の基本的規則は、すべての国に適用されることになる。
 さて、宇宙法の条約としての立法作業は、「国連宇宙空間平和利用委員会」の下部組織である「法律小委員会」を中心に、進められていった。同小委員会によって、1967年には「宇宙条約」が、1968年には「宇宙救助返還協定」が、1972年には「宇宙損害責任条約」が、1976年には「宇宙物体登録条約」が、また1979年には「月協定」が、それぞれ締結された。これらの条約のなかでも最初に作成された宇宙条約は、「宇宙憲章」とも呼ばれ、月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を規律する、最も基本的な宇宙法である。
 この宇宙条約には、1)「宇宙活動自由の原則」、2)「宇宙空間領有禁止原則」、3)「宇宙平和利用原則」、4)「国家への責任集中原則」という、4つの基本的な規則が含まれている。
 まず第1の「宇宙活動自由の原則」は、宇宙条約第1条が規定するものであり、すべての国が、天体を含む宇宙空間を自由に探査及び利用することができると規定するが、その際、「すべての国の利益のために」、また「全人類に認められる活動分野」として活動することが求められる。特に、宇宙条約第5条は、「宇宙飛行士を宇宙空間への人類の使節とみなし」、事故、遭難、及び緊急着陸の場合には、その飛行士にすべての可能な援助が与えられると規定しているが、この規定は宇宙開発活動を「国際公役務」と考え、宇宙法に普遍性を付与するものとして、注目される。なお、この第5条を具体化する条約として、「宇宙救助返還協定」が締結された。
 第2の「宇宙空間領有禁止原則」は、宇宙条約第2条が規定するものであり、天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用、占拠、又はその他のいかなる手段によっても、国家による領有権の対象とはならないと規定する。この規定は、国々の領土・領海上空の「領空」や公海上空の「公空」の上部空域に、新たな法制度の下におかれた「宇宙空
間」という空域を創設するものであり、この規定も宇宙法に普遍性を付与するものである。
 第3の「宇宙平和利用原則」は、宇宙条約第4条が規定するものであり、天体を含む宇宙空間の軍事利用の禁止を、規定している。ただしこの規定は、天体と宇宙空間で禁止される軍事利用の手段が異なり、天体については「もっぱら平和目的のために」利用され、一切の軍事利用が制約されるのに対し、宇宙空間については、「核兵器及び他の種類の大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せないこと」だけが、規定されている。この点は、いわゆる「偵察衛星」の利用が制約されていないことを意味し、軍縮の面で必ずしも充分ではないと考えられる。
 さらに第4の「国家への責任集中原則」は、宇宙条約第6条と第7条が規定するものであり、宇宙開発活動が政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、当該活動に伴う国際的責任を国家(宇宙物体の打ち上げ国)に集中させることが、規定されている。この規定は、従来の国際法が規定する国際責任とは異なる新しい法制度を創設したものであるが、細部にわたるものではなかった。そこで、地上の第三者が宇宙物体により被った損害に対する結果責任制度のような詳細な規定が、後に「宇宙損害責任条約」により作成された。
 このように宇宙条約は、宇宙法の基本的な規則として上述の4つの基本原則について規定したが、宇宙利用の実用化が最も早かった衛星通信の分野では、「国際電気通信衛星機構」(INTELSAT)と「国際海事衛星機構」(INMARSAT)が、それぞれの国際機構設立条約により設置され、当該活動を実施している。また、衛星放送やリモートセンシングの分野についても、前述の宇宙空間平和利用委員会の法律小委員会でルール作りが進められ、1982年には「放送衛星法原則」が、また1986年には「リモートセンシング法原則」が、それぞれ国連総会決議により採択されたが、一部の国の反対により、未だ条約化はされていない。
 さらに今日では、宇宙開発活動が商業化の段階に入り、各国の私企業を含む非政府団体が、当該活動に参入するようになってきた。そこで前述の宇宙条約の締約国は、同条約第6条が規定する非政府団体の活動に対する「許可及び継続的監督」を具体的に規定する必要等から、国内法を整備するようになった。この国内法には、スウェーデンの「宇宙活動法」(1982年制定)、アメリカの「商業宇宙打上げ法」(1984年制定、88年と94年に改正)、イギリスの「宇宙法」(1986年制定)、南アフリカの「宇宙事業法」(1993年制定)、ロシアの「宇宙活動法」(1993年制定)等が挙げられる。これらの宇宙開発活動に関する国内法も、広い意味で、宇宙法の法源になると考えられる。

(日本大学法学部教授)

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