
X線天文衛星「チャンドラ」が撮影した天の川銀河中心(提供:NASA, UMass, D.Wang et al.)
Q.「すざく」の今後の観測で注目していることは何でしょうか?
私たちの天の川銀河中心領域で何が起こっているかをしっかり観測すること、これが第一の重点項目です。「すざく」がこれまでに観測した天の川銀河中心領域のX線地図には、まだ見ていない黒い部分があります。 地図の黒い部分を埋めるとともに、天の川銀河中心領域をもっと広い領域で観測します。また、X線だけでは宇宙現象のごく一部しか見られませんので、他の波長を観測する衛星と一緒に観測していくことが非常に大事だと思います。そういう意味で、今年打ち上げられる予定のアメリカのガンマ線観測衛星GLASTと、ぜひ一緒に観測を行いたいと思います。それによって、活動銀河核や宇宙線の研究がさらに深まっていくでしょう。

宇宙の進化の計算機シミュレーションが予想するダークバリオン(観測されていないバリオン物質、温度が10万度から1000万度の極めて希薄なガス)の空間分布。立方体の一辺は 4.7億光年。(Cen & Ostriker 1999, ApJ 514, p1より)
Q.先生が「すざく」で特に研究したいことは何でしょうか?
2001年にアメリカが打ち上げたマイクロ波観測衛星WMAPによって、宇宙の96%は目に見えない物質でできていることが分かりました。96%の内訳は、23%がダークマター(暗黒物質)で、73%がダークエネルギーです。これらは、可視光、赤外線、X線といった電磁波では直接とらえることができないため、どのようなものなのか全く分かりません。残りの4%は、星や天体など、直接観測が可能な普通の物質で、これを「バリオン物質」あるいいは単に「バリオン」と言います。ところが、星や銀河、銀河団の高温ガスをすべて足し合わせても、存在するべきバリオンの半分にも満たないのです。宇宙のヘリウム存在量やWMAPの観測から、宇宙全体の4 %がバリオンだということは分かっているものの、その大半がどこにあるか分かっていません。これを「ダークバリオン」と言っています。
最近の研究から、ダークバリオンの大半は、温度が10万度から1000万度の極めて希薄なガスで、宇宙の大規模構想に沿ってフィラメント状に分布している可能性が示唆されています。銀河団と銀河団をつなぐクモの巣のような構造をしている銀河間物質だと考えられています。温度が10万度から1000万度のガスは、紫外線または軟X線を放射しますので、本来ならば観測することは可能ですが、ダークバリオンのガスがとても薄く、非常に暗いため、これまでの観測にはかからなかったと考えられます。銀河団のごく周辺であれば、ガスが割と濃くて見えるかもしれないという仮説をもとに、「すざく」は銀河団外縁部の観測を行っています。
これまで見えなかったダークバリオンがどこにあるか分かれば、ダークマターがどのように分布しているかも、もっとよく見えてくるはずです。もしこれが見えれば、宇宙がどう進化していったかということが、過去にさかのぼっていろいろ見えてくるでしょう。ダークエネルギーが過去はどうだったのか、という大事なトピックにも結びついていきます。私は、ダークバリオンを早く見つけたいです。やはり、本来は見えるはずのものが見えないというのは、なんだか気持ち悪いですよね。観測装置の精度をさらに向上させるなど、いろいろな意味で、ダークバリオンの発見にはまだ時間がかかると思いますが、「すざく」によってまず第一歩を踏み出したいと思います。
Q.天文学の魅力は何だと思われますか?
宇宙の謎は根源的なものが多いので、興味が尽きません。宇宙を調べれば調べるほどよく分からなくなり、新しい謎が見えてきます。天文学の面白いところは、やはりそこだと思います。
また、私たちは自ら装置を作って観測をしています。衛星を作るところから、観測するまでを自分たちで行います。物作りをして、何か結果を出すこと、また、公募観測という形で皆さんに成果を出していただけることに、非常にやりがいを感じます。
宇宙にはまだ謎が多く、たとえ本質的なことが分かっても、さらに奥深いところで新たな疑問が出てきます。例えば、私が学生の頃は、ブラックホールや中性子星の存在については、あくまで仮説でした。それが、今の学生さんは、ブラックホールありき、中性子星ありきで話を始めます。初期の段階では、「これはブラックホールか?中性子星か?」という基本的な問いかけだったのが、今はもうそれがブラックホールや中性子星であることは分かっていて、「ブラックホールや中性子星はなぜ光るのか?どうやって作られ進化するのか?」というような新しい疑問へと発展しています。このように、天文学には疑問が尽きず、しかも多くが根源的な重要さを持つというのが大きな魅力であり、私は常にそのようなことに興味を持っていきたいと思います。