Q. 今後はどのような物質科学実験が予定されているのでしょうか?

「きぼう」船内実験室の内部(提供:NASA)
マランゴニ対流については、今後も徹底的にデータを取る予定で、あと5年くらいは継続的に続けます。氷の結晶実験については、今度は純水ではなく、タンパク質を入れた水で結晶を生成するという計画があります。深海の魚は、-40°Cという融点よりもかなり低いところにいるのに血液が固まりません。ですから魚のタンパク質を混ぜて固まりにくくした状態で、どのように結晶化するのかを調べます。
そして、2010年度に打ち上げが予定されているHTV(宇宙ステーション補給機)の2 号機で、勾配炉ラックという新しい実験ラックが「きぼう」に運ばれます。温度勾配炉という実験装置が勾配炉ラックに搭載され、宇宙で半導体の結晶を作る実験を行います。半導体の材料となる物質の結晶形成過程を明らかにし、その成長メカニズムを利用した製造方法を確立すれば、良質の結晶を育成できるはずです。温度勾配炉を使った実験は2011年に始まる予定です。また、2〜3年後には多目的ラックが完成する予定で、現在、多目的ラックに搭載する燃焼実験装置も開発中です。この装置ができれば、宇宙で火を燃やす実験も行われます。
Q. 先生が特に興味を持っている実験は何でしょうか?

静電浮遊炉で浮遊する高温の試料
私は、物質を浮遊させた状態で溶解、凝固して、結晶化する様子を観察する研究を行っています。地上では、重力に打ち勝って物質を浮かせるのに超音波や静電気を使いますが、宇宙ではその必要がありません。例えば、地上では水を保持するときに必ずコップなどの容器が必要ですが、宇宙ではコップがなくても水は丸くなって浮きます。容器がないと、容器のことを心配することなく、その中の物質に熱を加えたり、冷やしたりすることができるのが非常に良いところです。例えば、ガラスの容器に入った物質に3000°Cの熱を加えたら、ガラスのコップは溶けてしまいますが、容器がなければ高温で物質を溶かすことも可能です。また、容器からの不純物の混入を防ぐこともできます。さらに、容器がないために、融点より低い温度の液体状態(過冷却状態)が容易に達成できるので、これまでにない固め方ができるのです。物質を浮遊させて新材料を作る研究は、誘電材料や光学用ガラスの製造などに貢献します。
そこで、現在私たちは、「きぼう」に設置する静電浮遊炉という実験装置を開発しています。静電浮遊炉では、微小重力の環境を利用して、ガラスなどの物質を浮かせた状態で溶かしたり、固めたりする実験を行います。具体的には、静電気を使って物質を浮かし、レーザーを照射して2000°C以上に加熱します。そして、物質が溶ける様子や再び結晶化する様子を、放射温度計やカメラなどで観察します。また、高温で溶けた状態の性質(粘りけなど)を測定することも実施します。この装置はすでに地上では実用段階になり、それを小型化して、安全性をさらに高めたうえで打ち上げる予定です。私は実験のまとめ役ということで、これまで皆さんのサポートをしてきましたが、今度はぜひ自分の研究で宇宙実験を行いたいと思います。
Q. 物質科学実験における今後の目標は何でしょうか?
確実に実績を残すことだと思います。そのためには、あれもこれもと総花的に実験をするのではなく、いくつかテーマを決めて、その実験を集中的に行うことが肝要だと思います。実験の条件を変えたり、再現性を確認するなど、「きぼう」にある実験装置をとことん使い込んで、徹底的にデータを集めたいと思います。精緻なデータを基に、結晶成長や流体力学研究において日本が世界でも確固たる地位を築くことができればと思います。そしてこのことは、新素材の開発などにも寄与し、私たちの生活を豊かにすることにつながると思います。