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地球温暖化問題の克服に向けて〜GEO炭素プロジェクトへの貢献〜
温暖化をまねく二酸化炭素の循環を探る JAXA  温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」 ミッションマネージャ 中島 正勝 Masakatsu Nakajima

関係機関との協力のもとでデータを提供

Q. JAXAの温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」は、地球観測に関する政府間会合(GEO)の炭素プロジェクトに対して、どのようなデータを提供しているのでしょうか?

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2010年6月(上)と8月(下)の全球濃度分布(レベル3)。寒色系の色は濃度が低く、暖色系の色は濃度が高いことを示す。
8月は北半球が夏であり、植生の光合成が活発となるため、二酸化炭素濃度が低いことが分かる

現在「いぶき」は、二酸化炭素やメタンの濃度分布を提供していますが、近々二酸化炭素の吸収と排出の差がどれくらいあるかという「ネット吸収排出量」のデータを提供し始めます。排出した量よりも、吸収した量が小さいと、大気中の二酸化炭素の濃度が高くなっていくことになります。
データは、その処理状態でレベル0から、1A、1B、2、3、4A、4Bと呼び方があります。JAXAは1Bと呼ばれる輝度スペクトルデータを、協力関係にある国立環境研究所とNASAジェット推進研究所、欧州宇宙機関に提供しています。レベル1Bのデータは、太陽の地表面での反射光または大気からの熱放射を光の波長別に表したものです。大気中の気体は、ある特定の波長で光を吸収しますので、このスペクトルデータの中の気体によって吸収される波長を基に計算することで、大気中の二酸化炭素とメタンの量を算出することができます。しかし、レベル1Bのデータを見ただけでは、二酸化炭素の濃度は分かりません。
そこで、国立環境研究所やジェット推進研究所によって、レベル1Bのデータを基に、気象データなども使って各地点の濃度分布(レベル2)や全球濃度分布(レベル3)の画像が作成されています。NASAはもともと2009年に炭素観測衛星「OCO」を打ち上げる計画で、「いぶき」のデータと相互校正、相互検証をしようという予定になっていましたが、その打ち上げに失敗してしまいました。現在は、「いぶき」のデータをお互いに校正することで、その処理結果を検証するという形で協力しています。
一方、国立環境研究所では、データをさらに地球全体の大気の動きなどを数字的に示したモデルに取り込み、二酸化炭素のネット吸収排出量(レベル4A)や二酸化炭素の三次元分布(レベル4B)を作成していきます。レベル4は衛星データだけでなく、地上で測定した二酸化炭素の濃度や、気温や気圧などのデータも組み合わせて、算出していくものです。「いぶき」は2009年に打ち上げられましたが、レベル4の画像を作るために必要な、2009年の1年分の地上観測データが公開されたのは最近のことです。現在、国立研究所では現在レベル4の算出作業が行われていて、2011年の2月に公開される予定です。
また、国立環境研究所はウェブサイトでデータを公開しており、どなたでもご覧いただくことができます。GEOには、誰もが解析できる公開データを提供していきます。GEOは宇宙、航空、地上からの観測データをすべて集めてデータアーカイブを作ろうとしていますので、将来的には、そのアーカイブに「いぶき」のデータを全部置くようにしたいと思います。

相互校正・相互検証による高精度化

Q. 「いぶき」では、GEOの炭素プロジェクトのデータの標準化にどうかかわっているのでしょうか?

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」

みなさんが使いやすく、統一的な物差しとしてデータを提供するというのが、標準化の意味だと思いますが、「いぶき」については、まだこれからといった感じで、GEOに関連している宇宙機関や組織と調整をしているところです。
「いぶき」のように宇宙から温室効果ガスを測定する場合、観測する光が透過する大気中の部分すべての量を測りますが、地上からの観測の場合は、例えば、地上から10m、50mといった具合に、高さごとの濃度を測定するものや、宇宙からと同様に光が透過する部分すべてを測定するものがあります。また、観測機器もさまざまです。そういうことから、衛星と地上の観測データの数値に差が出ているというのが現状です。「いぶき」のデータをより信頼性の高いものにするためには、地上データとの差を補正することが、標準化の課題になると思います。
また、他の衛星のデータと比較して検証することも、標準化を図る上で必要です。「いぶき」の温室効果ガス観測センサと同じようなものは、ヨーロッパの「ENVISAT」や「MetOp」などに搭載されていますが、「MetOp」のセンサを開発したフランス国立宇宙センター(CNES)と協定を結んで、データの相互検証を行うことを考えています。さらに、 2013年の2月には、NASAの二酸化炭素観測衛星「OCO-2」が打ち上げられる予定ですが、今度こそ打ち上げに成功していただき、「いぶき」と協力してデータの標準化にも貢献してほしいと願っています。

Q. 世界各国の衛星データを標準化するにあたって、難しい点は何ですか?

やはり、衛星ごとにセンサの測定方式が違うということです。観測している範囲も、使っているハードウエアも違いますからね。どう違っているかを見つけて、そこを互いに補い、より正確な数値を導きだせるかが難しいところです。そのためには、センサの特性をきちんと把握しておく必要がありますが、NASAのOCOとの間では、打ち上げ前に、校正作業を行いました。アメリカのチームが彼らの測定器を日本に持ってきて、「いぶき」の地上試験で使った測定器と双方で、試験で用いた光源の波長ごとの明るさのデータをとって比べてみたのです。また、同じことを日本のチームがアメリカに行って実施しました。データを標準化していくためには、このように、打ち上げ前の地上での試験において、共通的な校正を行っていくことも必要だと思います。今後打ち上げるほかの衛星とも、このような共同試験ができる方向に持っていきたいと思います。

Q. 標準化においては、日本の研究機関とも連携をとっていますか?

「いぶき」の温室効果ガス観測センサには、短波長赤外と熱赤外のバンドが搭載されていますが、短波長赤外のデータから二酸化炭素の濃度を出すのは、国立環境研究所と協力しています。また、熱赤外のデータから二酸化炭素とメタンの濃度を算出するのは、東京大学の大気海洋研究所と協力しています。さらに、「いぶき」では研究公募を行っていますので、そこで選ばれた研究者との協力もあります。
また、先ほど申し上げたレベル4の画像を作成するためには、地上の観測データが必要です。大気海洋研究所のほか海洋研究開発機構とも協力して海上での観測を行っていますので、そのような研究機関と、さらに積極的に協力していきたいと思っています。

社会に貢献するためにも

Q. 今後、「いぶき」の炭素のデータをどのように発展させていきたいですか?

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」

二酸化炭素の濃度の増減に関する科学的な観点だけでなく、社会に貢献するために「いぶき」のデータを使っていただきたいと思います。具体的には、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で進められている「REDDプラス」という取り組みに、貢献していきたいと考えています。もともとは、森林の減少や劣化に由来する排出の削減を目的とする「REDD」があり、それに、植林をして森林を増やすことが「プラス」されました。
森林は大気中の二酸化炭素を吸収しますが、違法伐採や、温暖化に関連して段々枯れていったり、山火事などで森林が減ったことにより、二酸化炭素の吸収量が減ってしまいました。その結果、大気中の二酸化炭素の濃度が増えたというわけです。ですから、森林の劣化を抑えたり、植林をすることで、大気中の二酸化炭素の濃度を削減するというのが、「REDDプラス」の活動の目的です。
「REDDプラス」において、森林面積の変化については、JAXAの陸域観測技術衛星「だいち」がすでにデータを提供しています。全球の二酸化炭素の濃度を調べるという面では、今後「いぶき」で貢献していきたいと思います。 Q. 今後の抱負をお聞かせください。将来的には、国別に二酸化炭素の排出量を出していくのが目標です。そのためには、「いぶき」の観測センサの精度では満足できない部分があります。より高精度の観測機器を開発していくためにも、「いぶき」に続く後継機を、2号、3号と打ち上げていく必要があると思います。
ただし、単に衛星データを提供するだけではいけません。データの信頼性を高めるためには、地上の観測データと組み合わせて、誤差を補正する必要があります。そのためにも、地上で測定されたデータを持つ関係機関との協力は不可欠です。ただデータを提供するだけでなく、関係機関と一緒になって、データの高精度化を達成したいと思います。
また、地球の温暖化は世界共通の問題です。特に、自国での観測手段を持たないような国にとっては、宇宙からの観測はとても有効的だと思いますので、そのような国に、精度の高い、二酸化炭素の吸収・排出量のデータを提供できるようになればと思います。

中島正勝(なかじままさかつ)
JAXA宇宙利用ミッション本部 衛星利用推進センター ミッションマネージャ
1985年、名古屋大学卒業。1987年、地球観測用光学センサの研究を始めて以来、地球観測関連業務に携わる。環境観測技術衛星「みどり2号」においてはグローバル・イメージャ(GLI)の開発に携わる。

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