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地球温暖化問題の克服に向けて〜GEO炭素プロジェクトへの貢献〜
世界から高く評価されるJAXAの地球観測衛星 JAXA宇宙利用ミッション本部 衛星利用推進センター 主任 落合 治 Osamu Ochiai

地球温暖化問題に有益な情報を提供

Q. 地球観測に関する政府間会合(GEO)とはどのような組織なのでしょうか?

熱帯降雨観測衛星「TRMM」
熱帯降雨観測衛星「TRMM」

GEO(Group on Earth Observations)は、2005年2月に行われた「第3回地球観測サミット」で承認された「複数システムからなる全球地球観測システム(GEOSS: Global Earth Observation System of Systems)」を構築するための、政府間の組織です。GEOには2010年11月時点で85ヵ国と欧州委員会(EC)、世界気象機関(WMO)など61の国際機関が参加しています。
GEOSSとは、災害、健康、エネルギー、気候、水、気象、生態系、農業、生物多様性という9つの社会利益分野において、全球的な地球観測を実現しようという取り組みです。宇宙や航空機、地上、海上などから地球を包括的に観測し、そのデータを統合して、より詳細かつ正確な科学的情報を政策決定者などに提供することを目的としています。その中でJAXAは、地球観測衛星による貢献を行っています。
また、GEOSSは、2005年の第3回地球観測サミットにおいて採択された「GEOSS10年実施計画」に沿って進められています。2005年から10年実施計画が始まり、災害や気候、水の分野で、JAXAの陸域観測技術衛星「だいち」や、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」、熱帯降雨観測衛星「TRMM」などが成果をあげています。

Q. GEOの炭素プロジェクトとは、どのような取り組みでしょうか?

GEOでは、「GEOSS10年実施計画」の実施を参加国に推奨していますが、その計画書には、2年間、6年間、10年間でそれぞれ達成すべき目標(ターゲット)が241個設定されており、それをより具体化した実施計画(タスク)も設定されています。炭素プロジェクトは、気候分野のタスクの1つで、衛星や地上からの観測によって、全地球の炭素循環の実態を調べるものです。このプロジェクトには、JAXAを中心とする日本、アメリカや欧州も参加しています。
また、炭素プロジェクトはさらに3つのサブタスクに分かれていて、1つ目は、森林による炭素の吸収と排出を衛星と地上から観測します。2つ目は、宇宙からの衛星による温室効果ガス観測を世界が協調して行います。3つ目は、研究者の国際的な協力関係を確立し、政策担当者などユーザーの要望に応じた観測をきちんと実行するための調整を行うということです。今後の炭素観測において、どのような観測が必要か、またどのような観測方式、解像度と観測頻度によるセンサー、並びにデータの処理や解析技術が必要かといった要求をまとめ、それを将来の計画に反映していきます。

「だいち」と「いぶき」への大きな期待

Q. JAXAはGEOの炭素プロジェクトにどう貢献しているのでしょうか?

陸域観測技術衛星「だいち」
陸域観測技術衛星「だいち」
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」

全球炭素観測と解析システムの構築を達成するために、先の「森林炭素トラッキング(Forest Carbon Tracking)」と「宇宙からの温室効果ガスの観測」という2つのタスクがあります。「森林炭素トラッキング」には「だいち」の観測データを提供しています。また、宇宙からの温室効果ガス観測については、「いぶき」は、雲がなければ3日間で全球の二酸化炭素とメタンの観測ができますので、今後データの検証が進めば、価値ある重要なデータになると期待されています。
特に、「だいち」は2009年の全球の森林・非森林の分類画像を、10mの分解能で作成しました。これほど高い分解能で、全球の森林分布を出したのは、「だいち」が世界で初めてです。森林は、地球温暖化の要因となる二酸化炭素を吸収して光合成を行っていますので、その面積等から、どれくらいの量の二酸化炭素を貯蓄できるかを調べることができ、温暖化問題を考えるうえでとても重要です。森林のモニタリングは「だいち」のほか、欧州宇宙機関の「ENVISAT」なども参加していますが、同時に同じ場所を観測することで、データの整合性を検証する作業も行っています。そして、それらの観測結果は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」などに報告しています。 Q. GEOのメンバーからは、JAXAに対してどのような期待がありますか?JAXAの衛星データには多くの期待が集まっています。特に、「だいち」と「いぶき」については、とても重要なデータを提供してくれると多くのGEOの参加国と機関から高く評価されています。
「だいち」は、森林炭素トラッキングによる「気候」分野への貢献だけでなく、アジア太平洋地域の自然災害の監視を目的とする「センチネル・アジア」や、世界の災害監視やデータの提供を行う「国際災害チャーター」といった国際的なプロジェクトを通じて、これまで「災害」分野にも多くのデータを提供してきました。今後は、「生態系」「農業」「生物多様性」といったほかの分野への貢献も考えられ、例えば、2010年10月には、「だいち」を利用した湿地の調査に関する協力協定が、ラムサール条約事務局と結ばれています。これは、湿地を生息地とする水鳥の生物多様性の調査に役立てられます。
また「いぶき」についても、気候変動の研究などにデータを使いたいという要望が世界中から来ています。

日本の次期衛星計画につなげるために

Q. GEOの炭素プロジェクトを通じて得るものは何でしょうか?

2010年11月に北京で行われたGEO閣僚級会合
2010年11月に北京で行われたGEO閣僚級会合

GEOのプロジェクトで成果をあげることで、日本の次の衛星計画をきちんと進めていくことにつなげていきたいと思います。JAXAでは、地球環境変動観測ミッション「GCOM」、全球降水観測計画「GPM」、雲・エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」といった衛星を打ち上げる予定がありますが、「だいち」や「いぶき」によって得た経験や実績が、きっと役に立つはずです。予算を確保するという意味でも、実績を残すことはとても重要だと思います。
また、国際協力で他国のメンバーと一緒に調整しながらプロジェクトを進めていますので、将来の衛星計画を立てる際、ほかの国との協力体制を築きやすくなっていると思います。例えば、「いぶき」の後継機をどうするかという大きな課題があります。2010年11月に北京で行われたGEOの閣僚級会合では、炭素プロジェクトにおいて科学要求としてまとめられたGEO炭素戦略報告書をもとに、JAXA以外の衛星も含めて、今後の計画をどうするかという話し合いが行われました。それを受けて、現在、JAXAでは、NASAやESA(欧州宇宙機関)などと調整しながら、炭素観測をする衛星の今後の計画を作成しつつあります。まだ調整は続くと思いますが、このような国際協調による将来の衛星計画の策定に係る調整作業も、GEOのプロジェクトに参加している成果だと思います。
そして何よりも、地球規模の問題となっている温室効果ガス削減に対する政治的な判断にGEOを通じて貢献するということは、国際社会において、大きな意義があると思います。

Q. 今後、炭素プロジェクトではどのような取り組みが必要だと思われますか?

GEOにおいては、観測データを蓄積して提供することで、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などで、観測の重要性を認知してもらうのが、現在の課題となっています。気候変動は非常に大きな社会問題となっていますので、炭素プロジェクトは、GEOの中でも重要な位置づけにあると思います。
その中の森林炭素トラッキングにおいて、森林の変化に伴う気候変動を調べる場合、時系列のデータが重要で、10年単位ぐらいのデータが必要になってきます。ですから、観測を持続することがとても大切なのです。また、それを1国の衛星で続けるのは難しく、国際協力が不可欠です。しかし、GEO自身が予算を持っているわけではなく、「参加国ができる範囲でやってください」というスタンスなので、どうしても継続性のないデモンストレーションという形にとどまってしまっているのが現状です。参加国と機関のやる気に頼るボランティアで続けるのはなかなか難しいため、炭素プロジェクトのみならずGEOから得られた成果を維持していくためには、別のきちんとした資金保証と共に継続性のある国際的な枠組みが必要になってくると思います。

Q. 今後JAXAは、GEOの炭素プロジェクトにどう貢献していきたいですか?

JAXAとしては、今後もGEOに貢献していきたいと考えています。特に、「災害」「気候」「水」の3分野では、これからもっとデータの提供を増やしていきたいと思います。どのようなサービスでもそうだと思いますが、新しいデータを広く使ってもらうにはまず敷居を低くする必要があります。また、データを利用するためのさまざまなプロバイダ側のサポートも必要です。残念ながら個人的にはJAXAの衛星データはまだ十分広く活用されるまでには至っていないと思います。可能な限り使いやすいデータを積極的に無償で利用してもらうことにより、GEOのみならず世界標準の地球観測データとして位置づけられる事が可能になると思います。また、現在は気候変動が大きなテーマとなっていますので、「だいち」と「いぶき」を使って森林監視や温室効果ガスの観測を確実に実施し、成果を出していきたいと思います。

落合 治 (おちあいおさむ)
JAXA宇宙利用ミッション本部 衛星利用推進センター 主任
1994年、北海道大学環境科学研究科大学院修士課程修了。大学では地球物理学(気象)を学ぶ。同年、宇宙開発事業団(現JAXA)に入社し、地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」から陸域観測技術衛星「だいち」に至る複数の地球観測衛星ミッションのデータ情報サービスシステムの開発に携わる。2006年より地球観測に関する政府間会合(GEO)の事務局に複数システムからなる全球地球観測システム(GEOSS)の構造及びデータ管理のエキスパートとして出向。2009年より現職。

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