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いよいよ始まる「きぼう」日本実験棟の組立て
氷と宇宙 −氷結晶の形はどう決まるのか− 北海道大学 低温科学研究所 教授 古川義純
図1 (提供:北海道大学)
図1 (提供:北海道大学)

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結晶は私たちの回りにたくさんあります。みなさんが普段身につけているアクセサリーには結晶が付いていると思いますし、携帯電話やパソコンなど電子機器には必ず結晶が使われています。結晶は私たちの生活に役に立ち、日本の産業の基幹をなすような物質です。
最も身近にある結晶というと、雪の結晶や冷蔵庫の中で作られている氷の結晶を思い浮かべるでしょう。冷蔵庫の氷は、一見無色透明の塊にしか見えませんが、上手に凍らせると雪の結晶と同じように、きれいな対称性をもつ樹枝状結晶になります。一方、鉱物やタンパク質などのように、サイコロのように平らな面で囲まれた多面体をした結晶もあります。(※図1)

では、この美しい結晶の形は、どのようなしくみで作られるのでしょうか?結晶というと、はじめから美しく整った、ある形のものができると考えがちですが、実際には何もないところに非常に小さな結晶が誕生し、それが時間と共にだんだん成長して大きくなり、樹枝状や多面体など非常にきれいな形を作りだします。これは、まさに生き物の成長と同じですから、これになぞらえて結晶成長と呼びます。

図2 (提供:北海道大学)
図2 (提供:北海道大学)

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図3 (提供:北海道大学)
図3 (提供:北海道大学)

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さて、ここに出てきた樹枝状結晶というは木の枝のように複雑な形をしたもので、氷の結晶がその典型例です。私たちは、このような結晶形がどのようなしくみで作られるのかを理解したいと考えています。そのためには、結晶が成長する様子を詳しく観察し、その成長の仕組みを理解しなければいけません。しかし、地上で実験を行うと、結晶の周りに起こる液体の流れなどの影響で、結晶成長の様子が乱されてしまいます。このような乱れを避けるためには、宇宙などの非常に静かな環境が必要です。なぜなら、重力の影響がない宇宙では、液体の流れが起きないので、地上では実現できないほど精密な結晶成長が観察できるのです。

2008年から行われる予定の「きぼう」日本実験棟を利用した実験では、私たちが提案した氷の結晶の実験が行われます。そのために、宇宙で自動的に氷の結晶を成長させ、形の発展する様子を観測する新しい装置を開発しました。氷の結晶は、最初に薄い円盤状の結晶ができ、時間と共に結晶の形が発展し、六回対称の樹枝状結晶へと変化していくのが特徴です。今回の宇宙実験では、特に円盤状から樹枝状成長への移行がどのような仕組みで起こるかに焦点を当てます。この現象は、特に結晶形の「形態不安定化」と呼ばれるものですが、どういう条件で、そしてどういう仕組みでこの現象が起こるのかを解明するのが目的です。

氷の結晶は、花びらのように非常に薄っぺらいものですので、形を二次元だと考えて研究が行われてきました。しかし、薄いとはいっても、1mmの10分の1、あるいは、20分の1ぐらいの厚みはありますので、きちんとその厚みの影響を考える必要があります。このために私たちは、結晶の厚みや結晶表面の凸凹などを、精密に測定する方法を提案しました。それは、レーザー光の波のわずかなずれを利用した光干渉法です。その結果、円盤状の結晶の縁のところが、スカートのようにだんだん広がっていき、それがやがて樹枝状に変化することが明らかになりました。(※図2、3)このような形の変化は、氷の円盤結晶の丸い面と側面とで、結晶の成長の仕組みが全く違うことを意味しています。同じ氷の結晶なのに、結晶の部分によってなぜ成長の仕組みが違うのか?そしてそれが、結晶の形の発展にどんな影響をあたえるのか?興味の種は尽きません。

図4 (提供:北海道大学)
図4 (提供:北海道大学)

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宇宙における氷の結晶成長の実験は、1998年にNASDA(現JAXA)のロケットにより世界で始めて実施されました。これは、ロケットの弾道飛行によって作られた無重力環境を利用するものですが、私たちの設計した装置で実際に氷の結晶を作ることができることを確認しました。(※図4)しかし、この実験で無重力状態が作れたのは約360秒だけですので、氷の結晶は1回しか作ることができませんでした。この装置をさらに改良した、宇宙ステーション実験のための新しい装置が完成し、2008年に打ち上げられます。そして、いよいよ2009年の春以降から実験が開始される予定です。宇宙ステーションは、無限の無重力時間が得られますので、100回でも200回でも繰り返し実験を行うことができます。理想的な環境で、何度でも繰り返し実験が行える、これが宇宙で実験を行うことの大きな利点であります。

結晶の形は、結晶が誕生して徐々に成長し、その結果として達成されるものです。すなわち、結晶の形を理解するということは、結晶成長の仕組みを完全に理解することと同じなのです。結晶は、美しい対称性と千差万別の形を持つ、きわめて魅力的な物質です。雪や氷の結晶は、私たちの最も身近な結晶であるとともに、その美しさでは群を抜いています。この美しい結晶と宇宙環境を活用し、結晶成長の普遍的な仕組みを探りたい。これが私の長年の夢でもあります。結晶成長の仕組みが分かれば、人間にとって役立つ新しい結晶を作り出すことにも貢献することでしょう。よい成果を出したいと思います。

古川義純(ふるかわよしのり)
北海道大学低温科学研究所 教授
1978年、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了。北海道大学低温科学研究所助手、助教授を経て現職。
田中哲夫 土井隆雄 高橋秀幸 二川健 古川義純 河村洋

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