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いよいよ始まる「きぼう」日本実験棟の組立て
筋細胞からわかる無重力 徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授 二川健
なぜ宇宙へ行くと筋肉は萎縮するのでしょうか? 真空(=空気がない)、無重力、宇宙放射線、過重力(打上げ時)、閉鎖空間といった宇宙の環境は、人間や動物、植物を含めすべての生物にとって究極な世界です。宇宙に長期間滞在すると、骨量の減少、宇宙放射線の被爆、精神的ストレスなど医学的問題がでてきますが、特に、骨格筋の萎縮に着目して研究を行っています。

図1 (提供:徳島大学)
図1 (提供:徳島大学)

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筋肉を構成しているのはタンパク質(筋タンパク質)です。筋タンパク質は常に分解と合成を繰り返し、その量が均等だと一定の筋量が維持されますが、宇宙環境や寝たきりの状態になると、その均等が保てなくなります。筋タンパク質の合成量が低下し、分解量が増えてしまうのです。(※図1)その結果、筋肉の量が減ってしまいます。1998年に、約100匹のラットをスペースシャトルに載せて宇宙実験を行ったところ、ラットの筋肉は著しく萎縮しました。無重力でふわっと浮きながらも、確かにラットは動いていました。それにもかかわらず、約2週間の宇宙滞在で、半分ほど委縮してしまう筋肉もありました。そこで、地球に戻ってきたラットの筋肉(腓腹筋)のタンパク質を調べたところ、ユビキチン化したタンパク質が非常に増大していることが分かりました。ユビキチンとは、空港でバックをあずけた時、そのバックに行き先を示すラベルが貼られるように、分解すべきタンパク質に貼られるラベルのようなものです。ユビキチンが付加することを、ユビキチン化と言っています。つまり、宇宙では行き先の決まった(分解されやすくなった)タンパク質が増えることが筋萎縮の原因であることが分かりました。では、なぜ、重力のない宇宙へ行くと、タンパク質がユビキチン化、あるいは筋肉が萎縮するのでしょか。おそらく、筋肉細胞自体が重力を感知しているからだろうと考えられます。そこで、私たちは、遺伝子の発現の変化を調べることにしました。それによって、筋肉がどのように重力を感知しているか分かるのではと考えたのです。

図2 (提供:徳島大学)
図2 (提供:徳島大学)

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宇宙環境で発現している遺伝子、あるいは地上の方で多く発現している遺伝子を解析した結果、宇宙と地上の環境の変化で、発現が増大する遺伝子と、減少する遺伝子があることが分かりました。細かなデータは省かせていただきますが、宇宙環境にさらされた筋細胞は、ユビキチン化を誘導する酵素(ユビキチンリガーゼ)の遺伝子が非常に強く発現し、また、細胞小器官(オルガネラ)のミトコンドリアを固定する遺伝子が特異的に減少していました。ミトコンドリアを支えるタンパク質が減少すると、その配置が異常になります。実際にミトコンドリアを染色すると、宇宙ラットの骨格筋では、ミトコンドリアの局在がおかしくなることが分かっています。宇宙では、船内でヒトが浮いているように、細胞内でもミトコンドリアが浮いているのかもしれません。(※図2)さらに、ミトコンドリアは酸素からエネルギー(ATP)を産生しますが、ミトコンドリアの配置が異常になるとその機能が低下しATPが作れないだけでなく、酸素がうまく代謝されず活性酸素(酸化ストレス)を誘導します。そして、その酸化ストレスがユビキチンリガーゼの発現を増大させ、その結果最終的に筋肉を萎縮させるのではないかと考えています。幸い、私たちは2年後に国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟で実験をする機会を得ましたので、この筋肉が重力を感知する仕組み(仮説)を宇宙で証明したいと思います。

重力による筋肉萎縮のメカニズムを解明すれば、長期間の宇宙滞在を可能にするだけでなく、地上での寝たきりによる筋萎縮の治療にも応用できると考えています。現在、老化や寝たきりによる筋萎縮を予防・治療するために、運動トレーニングやリハビリテーション、食事療法などが行われていますが、それだけで十分回復しているとはいえません。そのため、食品メーカと共同研究し、新しい筋肉萎縮予防食の開発なども行っています。タンパク質のユビキチン化を防ぐ、つまり、タンパク質を分解する酵素を阻害できるような栄養素が、筋肉の萎縮を予防するのではないかと考え、その答えを「オリゴペプチド」に見いだしました。オリゴペプチドは、数個のアミノ酸で構成された栄養素です。まだ開発段階ではありますが、製品化に向けて研究を続けていきたいと思います。「きぼう」での実験が、大きな成果を生むだろうと期待しています。

二川健(にかわたけし)
徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授
1987年、徳島大学医学部医学科卒業。1991年、徳島大学大学院医学研究科博士課程修了。1992年、ドイツ国デュッセルドルフ大学医学部第一生理化学研究室に留学。1994年、徳島大学医学部栄養学科栄養生理学の助手。2003年より助(准)教授。2007年9月より現職。
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