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いよいよ始まる「きぼう」日本実験棟の組立て
植物は無重力でどうなるの 東北大学 大学院生命科学研究科 教授 高橋秀幸
私は、植物が宇宙環境でどのように適応し、進化していくかに興味を持っています。これまでの宇宙実験で、ハードウエアをきちんと作って環境をコントロールさえすれば、植物の種子は発芽して育ち、また、花が咲いて実がなることも確認されています。ただ、植物体が育つといっても、その程度が問題で、無重力環境というのは、植物の生育に大きな影響を及ぼします。それが結果的には、最終的な植物生産にも影響することになります。

植物は、約4億5千万年前に水中から陸地に上がり、陸上植物になりましたが、陸上植物が固着生物として生活していくと、いろいろな環境ストレスに遭遇します。そういったストレスを回避するために、植物は光、水、重力といった環境を感受し、それを利用して自分の姿勢を制御するという仕組みを獲得しました。その中で、重力によって影響される植物の成長を「重力形態形成」といい、根が下に伸びて茎が上に伸びる重力屈性、茎や根の先端がらせん状に回転しながら伸びる回旋運動、ウリ科植物の芽生えが種皮から抜け出すために働くペグといわれる突起形成などの現象があげられます。これら重力依存的な成長のメカニズムを研究するのに、宇宙環境はとても有用です。

図1 (提供:大阪市立大学)
図1 (提供:大阪市立大学)

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重力屈性とは、植物が重力に反応して、その伸長方向を変化させることをいいます。向井宇宙飛行士の搭乗したSTS-95で宇宙実験が行われ、イネとシロイヌナズナを地上で発育させた場合と、宇宙で発育させた場合が比較されています。その結果、地球上では、明らかに地上部は立ち上がって、根が下に伸長している姿が見られます。ところが、無重力(微小重力)の宇宙へ行くと、これらの伸長方向が制御されず、中には、根が地上部の茎と同じ方向に飛び出して伸びているものも見られます。(※図1)根の重力屈性の場合、重力は根の先端にある「根冠細胞」で感受されると考えられます。根冠の一部であるコルメラ細胞では、デンプン粒を含んだアミロプラストが重力によって沈みます。これによって、植物ホルモンの一種である「オーキシン」の流れが変化します。つまり、オーキシンは、一定方向に流れる性質をもち、地上部の芽や若い葉から根の方へ流れます。根の中心部を通って先端まできたオーキシンは、Uターンするように根の周辺を通って戻ります。根を傾けて重力刺激を与えると、Uターンするオーキシンは上側には行かず、下側だけに行こうとします。これによって、傾いた根の下側でオーキシンの濃度が高くなり、下側の成長が上側に比べて相対的に遅くなるために、地球上の植物の根は、下方向に伸びます。宇宙の微小重力下では、コルメラ細胞の中でアミロプラストが沈降しないために重力感受の過程が進まず、オーキシンの偏差的な分布も起こらず、伸長方向の制御が不能になると考えられます。

アサガオが茎を支柱に巻き付かせながら、上へ伸びていくのをご覧になったことがあると思いますが、この「つるのよじ登り」は回旋運動に依存します。この運動にも重力が関係しています。これまでの研究で、茎の回旋運動には重力感受細胞である内皮を必要とすることがわかりました。つまり、内皮細胞を作るのに必須の「SCARECROW遺伝子」が働かないと、アサガオは重力を感受できずに、回旋運動もつるを巻くこともできなくなることが分かったのです。この結果は、回旋運動とつる巻きが重力依存的な現象であることを意味していますが、実際に、つる植物を宇宙の無重力環境に持っていった場合に、果たして回旋運動をするのか、支柱に巻き付くかどうかを、ぜひ宇宙実験で検証してみたいと思います。

図2 (提供:東北大学)
図2 (提供:東北大学)

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図3 (提供:東北大学)
図3 (提供:東北大学)

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ウリ科植物のペグ形成にも重力が影響しています。「ペグ」は、発芽直後に、根と茎の境界域にできる突起状の組織です。(※図2)重力屈性で根は下へ、茎は上へと伸びますが、ペグで種皮を土の中に押さえつけることによって、芽生えが種皮から抜け出します。地上では、ウリ科植物の種を上下逆さまになるように置いても、ペグは必ず下方向にできますので、重力によって制御されているのだろうと考えられていました。ところが、キュウリの種子を宇宙で発芽させる実験を行ったところ、ペグが2個できました。(※図3)ペグ形成には重力を必要しないということです。もともとキュウリの芽生えは2個のペグを発達させる能力を持っていますが、地上では重力に応答し、横たえられた芽生えの上側になった部位のペグ形成を抑制しているといえます。この抑制には、先ほどお話した植物ホルモンのオーキシンが関係しています。

このように植物は重力に依存して生きています。それには、重力感受によって制御されるオーキシンの流れが深くかかわっています。オーキシンの動態制御が、無重力下の宇宙では機能せず、植物の姿勢制御や形態形成を変化させると考えられます。しかし、重力がオーキシンの動態を制御するメカニズムはまだはっきり分かっていません。それが分かれば、地球における植物の生産力を高めるだけでなく、宇宙で植物栽培をするのにも応用できるはずです。植物の機能を宇宙実験で明らかにすることは、とても重要なことです。
高橋秀幸(たかはしひでゆき)
東北大学 大学院生命科学研究科 教授
1982年、東北大学大学院農学研究科博士後期課程修了(農学博士)。1982年、Wake Forest 大学生物学部(米国ノースカロライナ州)博士研究員。1987年、東北大学農学研究所助手。1988年、東北大学遺伝生態研究センター助手。1989年、North Carolina大学Chapel Hill校生物学部(米国ノースカロライナ州)客員研究員。東北大学遺伝生態研究センター助教授を経て、 1996年に同センター教授となる。2001年より現職。
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